夏の魔物


真夏の夜、午後八時…を過ぎて八時半、月明りに光る銀髪を生ぬるい風がふわりと撫でていく。八月に入って毎晩続く熱帯夜には辟易するが、恋人に会えるならこの不快な暑さも何のその、灼熱だろうと極寒だろうと耐えて待つつもりだ。

今、銀時は真選組屯所の裏門近くの壁に凭れ、かたらを待っていた。いつもなら待ち合わせ時刻より先にかたらがこの場所に立っているのに、今夜はまだ来ていない…何か問題でも起こったかと少し心配になってきたところだ。かたらのことだから遅れるなら遅れるで連絡を寄こすと思うが、携帯電話を持たない銀時が家を出てしまえば連絡のつきようがなく、行違いになった可能性もある…だからといって屯所を訪ねる訳にも、忍び込む訳にもいかず、ただじっと待つしかなかった。

暫くした頃、ギイイ…と裏門を開く音が耳に届き、銀時は咄嗟に角に隠れた。もし、かたら以外の隊士に目撃されたなら面倒だし、とりあえず曲がり角から覗いてその姿を確認しようと…

「!!」
「不審者はっけーん」

顔を出した目前に沖田がいた。



「葉月、厠に行きてェなら行ってこい」
「え?…あの、別にそんなつもりは…」
「さっきからそわそわして落ち着かねェみてーだが、どうかしたか?」

土方の部屋で雑務処理(残業)の最中、心ここにあらず状態のかたらを見て土方は怪訝そうに尋ねた。

「…いえ、…その……何でもありません…」

かたらは目を泳がせてサッと斜め下に俯き、黙ってしまった。どう見ても何かあるに決まっている。仕事上なら隠し事は一切しない筈だから、おそらくプライベートで何かあったのではないか…と土方が推測すれば、頭の中に浮かぶのは銀髪でふてぶてしい面の男である。

「プライベートな問題に口を出すつもりはねーよ。ただ、何か困ってんなら話くれェ聞くぜ」

最近、裏門で密会するかたらと銀時の姿を見たと山崎から報告を受けている。別に銀時がかたらを連れ去る訳でもなく、ただ少し会話して別れる程度だから黙認しているが、もし隊の規律を乱すようなことになったら副長として注意せねばなるまい。

「…副長、…あの…わたし……実は」

かたらが何か言いかけたそのとき、襖をトントンと叩く音がしたと思えば無遠慮に開けられて、そこに立っていたのは一番隊隊長・沖田総悟だった。

「土方さーん、裏門に不審者がいたんで連れてきやしたァ」
「不審者だと?」

まさか…と思ったらそのまさかで、沖田の隣には手錠をかけられた坂田銀時の姿があった。土方は目を細め、すぐさま言い放つ。

「総悟、リリースしてこい」
「へーい了解」
「あああの副長っ、わたしが呼んだんです!今夜、銀時さんと会う約束をしていたんですっ…だから不審者じゃありません…!」

かたらが珍しく焦りを見せた。横目で銀時を盗み見て頬をほんのり赤く染めるその姿に土方は確信する。もうすでにこのふたりはできているのだ。銀時さん、などという名前呼びも多分そういうことだろう。

「だそうでさァ…土方さん、どうしやす?」
「…とりあえず……葉月の部屋で待たせとけ、それでいいな?葉月」
「は、はい…」
「了解しやしたァ」

襖がピシャリと閉められ、土方がかたらに視線を向けると、かたらはばつが悪いと思ったのか俯いてしまった。

「葉月…俺ァ別に怒ってねーし、今更何とも思わねーから安心しろ。お前らの仲がどうであれ気にしねェ…むしろ応援してやりてェくらいなんだ」
「!…副長……」
「もうアレだろ?…お前らは交際…してんだろ?」
「…はい……」

恥ずかしそうに頷くかたらを見て、土方はふっと溜息まじりに口元を綻ばせた。

「だったら堂々と隠さずに胸張ってりゃあいいんだ。…大体、コソコソ裏門で話すだけじゃ物足りねーだろ?息抜きにお茶でも昼飯でも晩飯でもいいから出掛けたって構わねーよ。…アイツになら…安心してお前を任せられるしな…」
「副長…銀時さんのこと、認めて…」
「イヤ認めてなんかねーし!…俺が認めたのは副長としてお前らの交際を認めたってことだ。いいか、隊の規律を乱すようなマネは絶対すんじゃねーぞ。それと、仕事に差し支えることのないように、分かったか?」
「はい!」
「今夜だけは特別に屯所内での面会を許可してやる。さっさと用件を済ませて帰すように、以上。もう九時だ、続きは明日でいいからお前は上がれ」
「はいっ!副長、ありがとうございます…わたし、がんばりますから…!」
「え、あ……うん、がんばってね」

かたらの笑顔に何だかやるせなくなって土方は脱力する。本当は少しだけ未練があって、悔しい感情もある。でもそれ以上に惚れた女の幸せを願う気持ちが大きいから何とかなっている状態だ。とにかく今は煙草でも吸って雑念を払うしかない。土方は一本くわえて火を点けた。



コンコンと自室の襖をノックしてかたらが部屋の中に入ると、銀時は座卓前の座布団にすわっていた。急いで傍に寄り正座して頭を下げる。

「銀時さん、ごめんなさい…お待たせして申し訳ありませんでした」

言って顔を上げれば銀時の腕に引き寄せられ、吐息が触れるほどに距離が縮まる。

「だからァんな大げさに謝んなっつーの、遅れたこたァどーでもいいんだ…それより、聞いてないんだけど?」
「?」
「部屋がアイツの隣って何なの?それに…」

クンクンと首元に鼻を押しつけてくる銀時にかたらは焦って身じろいだ。

「っ、あの銀時さん…わたし…汗かいて…」
「イヤ汗とかそれ以前に煙草の臭いしかしねーから…別の男のニオイとかスゲームカツクんだけど?仕事上の付き合いで仕方ないとはいえスゲームカツクんだけど?」
「それって…焼き餅、ですよね…?」
「そうそうどーせヤキモチだから、男の嫉妬は醜いって自分でも分かってっから」

銀時の言い草に思わず微笑んでしまった。子供みたいに拗ねても素直なところが可愛くて、それが母性本能をくすぐる。普段は頼り甲斐あって男らしいのに、たまに見せる子供っぽい部分…このギャップがたまらなく好きだったりするのだ。

「…何笑ってんだよ、かたら」
「いえ、うれしくて……焼き餅をやいてくれる人がいるって、すごく幸せなことなんだなって…」

そう返せば、ギュッと抱きしめられて鼻先がくっつきそうになった。

「腹立つからキスしてもいい?」
「!……」
「ダメって言われてもすっけど」

その口付けを拒める筈もなく受け入れてみれば、あっという間に脳が蕩けて力が抜けてしまう。次第に濃厚になる口での交わりは愛欲に火を灯す。銀時の手がブラウス越しに胸に触れ、指で先端を探るように弄ってくるから、かたらは小さく喘いでしまった。

「ん…あぁ…っ…」
「声出していいの?お前の上司に聞こえちまうかも…それとも隣で如何わしいコトしてます、って教えちゃう?」
「!…っ……」
「なぁーんてな、冗談だから」
「……銀時さんて…いじわるです…」
「んな色っぽい顔でにらまれても全然怖くないしィ、むしろもっと苛めたくなるっつーか…」

そういう銀時のほうこそ男の色気全開で、さっきまでの可愛さがもう行方不明である。かたらはむくれて唇をきゅっと結んだ。

「あー…俺が悪かった、つい調子に乗っちまった…」
「ふふ、わたしもつい流されてしまったのでお相子です」

どちらからともなく離れ、コホンと咳払いする。ふたりきりの空間で意識してしまうが故に落ち着かない。

「…あーそういやコレ、見ちゃったんだけどさァ」

唐突に沈黙を破って銀時は座卓に置いてあった小冊子を手に取った。その表紙には「真選組遠泳大会!一泊二日慰安旅行のしおり」と書かれている。

「あの、銀時さん…見なかったことにしてもらえますか?一応そういう行事は外部に漏らしてはいけない決まりなんです」

日程が敵に知れたら屯所が手薄なのをいいことにテロを起こされる危険性があるのだ。銀時が情報を売るとは思わないが、念のため言っておかなければならない。

「別に漏らすつもりはねーけどさァ…コレ、お前も行くんだよな?」
「もちろん行きますよ、副長補佐ですから」
「で、お前も遠泳大会とやらに参加すんの?」
「一応、そのつもりですけど…」
「へえー…男だらけの中に女ひとりで、しかも水着で…それがどういうコトか分かるか?」
「?」

小首を傾げてみれば、銀時がカッと目を見開いた。

「常日頃から女に飢えた男共に!いつも以上に!ギラギラとしたイヤラシイ目で見られるってコトだぞ!?分かってんの??」
「まさか、そんなことありませんよ?みなさん、ああ見えて紳士ですから」
「いーや男なんてみんな変態だからね、紳士とか言ってもそれは変態紳士だから!お前はこれまで男に囲まれ馴れ合ってきたから感覚が鈍ってるっつーか、危機感が麻痺してんの!」
「もう、また焼き餅ですか?心配しなくても大丈夫です」
「かたら、俺はなァ…」
「それよりお土産、何かリクエストありますか?名産品のお菓子は必ず買うとして、あとは海産物でしょうか…そういえば神楽ちゃん海藻類の乾物とか好きでしたよね。それと干物とかも食べてくれるかな…」
「あの、かたら…」
「とにかく、いっぱい買って帰りますから、楽しみに待っていてくださいねっ、銀時さん」
「…お、おう……」


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