ゆら ゆら ゆら 
視界がゆれる、体がゆれる、まるで揺り籠のよう…
やさしく、深く、その愛に満たされ落ちていく…深愛に溺れ、海に沈んでいく…



身体を繋げる行為は何のためにあるのか…それは愛の延長線上にあるものか、ただ肉欲を貪り快楽を得るためか、それとも子孫を残そうとする本能だろうか。

『亡霊は大人しく死に逝け…』

かたらにとって銀時に抱かれることは己の存在を確かめるためだった。今ここに生きている実感を、銀時なら与えてくれると信じて縋った。そして昔の恋人だった銀時に対しての、侘びの意味もあった。愛しい人でさえ思い出せない、そのことが申し訳なかった。
でも、そんな考えが無意味だと思い知る。銀時はかたらに生きている実感以上のものを与え…その心をその身で以って、全身全霊で愛を伝えてくれた…だからもう何も余計なことを案ずる必要もなくて、迷わずその愛に溺れることができた…



無数の水滴に打たれ身を清めても、繋がった火照りは消えない…かたらはキュッと栓を捻ってシャワーを止めた。体を拭きながら浴室を出て、布団にいる銀時が寝ていることを確認する。その安心しきった幼子のような寝顔に思わず笑みが漏れてしまう。できることならそのくるんと跳ねた銀髪に触れながら、ずっと寝顔を見ていたかった。

もうすぐ夜が明ける…早く屯所に戻らなければならない。
かたらは湿った衣類を着て身支度を整えると、手早く銀時の洋服をハンガーに掛け、軽くしわを叩いて伸ばした。ズボンの尻ポケットから財布を取り出し、ついでに自分の万札を数枚挟んで卓に置いておく。宿代はこれで大丈夫だろう。
次に着流しを吊るして同じくしわを伸ばしていると、袂に何か入っていることに気づいた。指先で摘まんでみれば、それは古びたお守り袋だった。

『そのお守り袋……銀時も同じモンを持っていた』

高杉晋助の言っていた通りに、かたらとお揃いのお守り…裏には刺繍で銀時という名が縫われていた。持つ手が震え、かたらは息を呑む。じっと見ていると布団から布擦れの音がした。銀時がムニャムニャと言葉にならない寝言を言って寝返りを打つ。

「…んん……かたら……」
「!!………っ」

起きてしまうと思い、あたふたと慌てたかたらはとにかく急いで帰らなければと宿を出ていった。事後の恥ずかしさで気が動転したともいう。
外に出ると雨は止んでいたが、朝靄がひどく視界が悪かった。けれど屯所へ戻るには丁度いい…濃い霧は隠れ蓑になるだろう。



自室へと入り襖を閉めて、かたらは大きく息をついた。誰にも見つからなかった安堵と、無事にここへ戻ってこれたこと…そして先程まで銀時と情交を結んでいた心身の火照りを鎮めるために、またひとつ深呼吸する。
とりあえず隊服に着替えよう…胸元から小物を取り出すと、お守り袋が二つ出てきた。

「!?…どうして……!」

どうやら慌てて出てきたために銀時のお守りを袂に戻し忘れたようだ。
しかし、これをどうやって返したらいいのかと、かたらは頭を抱えた。直接渡せば過去の恋人が銀時だという事情を知ったことになるし…黙ってそっと返したとしても不自然だろう。本人が落として無くしたと思い込まない限り、もうどうにもならないかもしれない。それか開き直って返して、また新たな契りを交わすか…
どちらにせよ既成事実というか、恋人という関係になったことは確かで、これからは恋人として銀時との交際が始まるのだ。もうこの古びたお守りも必要ないのかもしれない…そう思うと無性に中身を見てみたくなった。

『お前の持ってるお守り、相手も同じモンを持ってる……婚約お守りとか言ってたな』
『婚約お守り…』
『覚悟があるなら、そのお守り袋を開けてみろ。中に入ってる縁結びの護符に相手の名前が書いてある、らしいぜ?ま、古ィーから文字なんぞ消えてるかもしんねーけど』

前にそう言っていた銀時の台詞を思い出す。たとえ文字が消えていても構わない。かたらはお守り袋を開けて中身を確認することに決めた。

先に着替えを済ませ、卓に置いた二つのお守りを交互に見つめる。開けるならまず自分のものから…かたらは袋の紐を解き、口を開いて護符を取り出した。薄い板で作られた護符は表を見ても、裏を見ても、文字らしきものは何も残っていなかった。予想通りとはいえ少し残念な気持ちになって護符を戻す…すると、袋の底に何か詰まっているのを感じた。指を入れ摘まんでみると…髪が出てきた。

「!!……っ」

それは紐で括られた短い銀色の髪…どう考えても、紛れもなく銀時の髪だった。
すうっと涙が頬を伝って落ちた…何故、泣いている?どうしてこの銀髪を見て涙が溢れる?切なくて、苦しくて、愛しさが募るような…これは過去の記憶、その感覚なのだろうか。愛しい人の一部を肌身離さず持ち続けていた…そのことに愛の深さを知り、情の濃さを感じた。
そして、銀時のお守り袋もまた同じだった。護符の文字は消えていて、袋の底にあったものは小さく束ねられた夕日色の髪…間違いなく自分の髪だった。

二つのお守り袋…それは銀時と過去の自分にとって何物にも代え難いもので、離れていてもふたりを繋ぐ絆なのだ。それを勝手にもう必要ないなどと、誰が言えるだろうか。

『クク、哀れだな…お前も、銀時も…いつまで狐と狸の化かし合いを続けるつもりなんだろうな……まァ精々時間を無駄にするこった…何の道、俺は先に行く』

ふと高杉の声が頭を過ぎる…その台詞の意味は分からなかった。記憶が戻らなければ真相なんて何も掴めなくて、それなら一層のこと何も知らないままでいいと、かたらは高杉の影を振り払った。
この先、記憶が戻らなくても…これから先は銀時に尽くし、銀時と共に生きていく…そう決心して唇をきゅっと結ぶ。もらった愛を愛で返すために、わたしは生きよう。あなたのために、わたしのために…





「朝帰りなんてはしたないですよ、銀さん」
「銀ちゃん、ひどいアル!朝ご飯の当番、銀ちゃんだったのに!おかげで卵かけご飯しか食べてないネ!」
「イヤそれお前がいつも出すメニューだろーが」

午前十時、玄関を開けた途端に子供たちがバタバタと廊下に出てきて文句を言う。銀時はブーツを脱ぎ捨て板の間に上がった。

「飲み歩くのも結構ですが、夜はちゃんと家にいてくださいよ。次やったら、かたらさんにチクりますからね!」
「イヤ別に飲んでねーし、かたらと一緒にいたし」
「!…かたらと一緒にいたって、どういうことアルか?銀ちゃんとかたら、らんでぶーアルか!?」
「銀さん、まさか…かたらさんと密会って…まさか…っ」
「オイオイ如何わしい詮索してんじゃねーよ童貞エロメガネ」

後ろで喚く新八は無視して、居間のテーブルにコンビニ袋を置くと神楽がすぐさま飛びついて食べ物を漁り出した。

「わあ〜ケーキ!!銀ちゃんコレ食べていいの!?食べてもいいよねっ??」
「俺の分、残しとけよ」
「やっぱり何か嬉しいことがあったんじゃないんですかぁ〜?」
「新八、お前は食うな」

騒ぐメガネは無視して、和室で着替えた銀時は着流しの袂からお守り袋を取り出して…お守りを取り…

「!?……アレ?ない?……アレェ??何でねーの!?」
「どうかしたんですか、銀さん?」

襖の隙間から新八が顔を覗かせた。

「イヤ…お守りがねーんだわ……」
「お守りって、かたらさんとの婚約お守りのことですか?銀さん、箪笥にしまってあるって言ってましたよね」
「イヤ最近は持ち歩いてんだわ…」
「…本当に持っていったんですか?」

いつも仕舞っている箪笥の引き出しを開けてもお守り袋は無かった。確かに出掛ける前に袂に入れた筈で…

「素面の状態だから間違いねーよ…確かにここに入れたんだってェ…」
「…あの、ちょっと見せてもらっていいですか?」

着流しを新八に渡すと、何やら袂を伸ばしたり縫い目を引っ張ったりしだした。

「ああ、……ホラここ、穴が開いてますよ」
「!?…何…だと……それじゃあ…落としたってェのか…?」

銀時は白目で固まった。それもその筈、あのお守りはかたらの形見として大事に仕舞っておいた物…それを身に着ける意味は今存在しているかたらと再びお揃いの物を持ち、繋がっていたいからだった。
新八は銀時の肩をポンと叩いて励ました。

「今日は仕事も入ってないし、これから探しに行きましょう。みんなで手分けして探せばすぐに見つかりますよ」
「……ウン」
「それじゃ、銀さんの行動範囲を教えてください。かたらさんとどこへ出掛けたんです?」
「っ………」
「…あの銀さん、言えないってことはやっぱり……」

サッと顔を伏せる銀時を見て事情を察した新八はにっこり笑った。銀時とかたらの仲が進展しているなら、それはそれで喜ばしいことだ。

「まあ、ふたりとも大人だから色々ありますよね!それでも、大切な物を落としたんですから、僕たちにも協力させてください」
「ぱっつぁん……」
「銀ちゃん、私たちに任せるヨロシ!とりあえずどこのラブホに落し物尋ねればいいアルか?銀ちゃん恥ずかしいと思うから、私が代わりに電話して訊いてあげるネ!」
「ちょっと神楽ちゃん!少しはオブラートに包んで言わなきゃ、銀さんが恥ずかしい思いするでしょーが!」
「イヤ銀さんもうすでに十分恥ずかしいんですけど…」

結局、お守り袋は見つからなかった。
しばらく落ち込んでいた銀時も、夜かかってきたかたらからの電話の後、上機嫌になった。何を話したのか知らないが、枕を抱いて幸せそうに眠る銀時を隣で見ていた新八(お泊り)はフッと複雑な笑みを浮かべた。正直、羨ましかった。


4 / 4
[ prev / next / long ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -