万事屋 銀ちゃん
見上げた看板にはそう書かれていた。一階には『スナックお登勢』という看板と置き提灯、暖簾が出ている。

「見ての通り、旦那の家は二階でさァ」
「…運ぶのが大変ですね…」
「腕を持って引きずるか…足を持って引きずるか……よし。葉月、お前は左足持ちな」

そんなことをしたら階段にあたまガンガンの刑になってしまう。

「かわいそうですよ。ふたりで片腕ずつ背負いましょう、ね?」
「…チッ、おねーさん面しやがってェ…俺に指図できるのは俺だけでィ」

と言いつつ、素直にかたらの提案したやり方で玄関まで背負っていく。無用心なことに家の鍵はかかっていない。ふたりは中に入ると板の間に男を下ろした。

「電気はー…ここか」

パチッと玄関の灯りがついて、沖田が板の間に土足で上がっているのに気づく。

「沖田隊長、土足はやめてください」
「いっけね、忘れてた」(棒読み)

かたらは男のブーツを脱がし、隅に揃える。玄関には他にも靴が置いてあった。小さなカンフーシューズと中くらいの草履だ。

「この人には家族がいるんですね」
「家族っつーか、ここで働いてるガキが二人な」

かたらも自分のブーツを脱ぎ板の間に上がる。

「…では、静かに寝床まで運びましょうか」
「だりーから足引っ張ってくか……ってクサッ、足くっさ!」

沖田は一度持った男の足をダシッと床に落とした。

「え、そんなにくさいですか?」
「…お前、鼻悪い?」
「嗅覚は普通ですよ。…でも、なんだろう…このにおい、嫌いじゃないような…」
「足のにおいフェチってやつか、引くわー」
「違いますっ」

ガタッ

『!?』

急に奥の襖が開いて、ふたりは振り向く。そこに立っていたのはメガネをかけた少年だった。

「ナマモノお届けに上がりやした〜代引きで頼みまさァ」
「!…沖田さん…と、誰ですか…?」
「あの、勝手にお邪魔してごめんなさい。はじめまして、わたしは葉月と言います。巡回中、この方が路上で寝ているのを見つけたもので…」

この方とやらは床に寝転がったまま、目を覚ます気配もない。

「わざわざ送ってもらって申し訳ないです。僕は志村新八と言います。葉月さんの噂は姉の妙から聞いていますよ。真選組初の女隊士で土方さんの婚約者だとか…」
「おいメガネ、今なんつった」

聞き捨てならない、と沖田が食いつく。

「え?土方さんの婚約者だって、姉上が言ってましたけど…」
「葉月が土方の婚約者ァ?バカ言うな、こいつは俺のメス豚でィ」
「ちょっと沖田さん、サド発言やめてくれませんか」
「そうですよ沖田隊長、わたしと副長のことはどうでもいいじゃないですか。それより早く、この人を布団に運びましょう。ここに寝かしてたら風邪ひいちゃいますよ」
「…ホントすみません、うちのバカ社長が迷惑かけてしまって…後で必ず礼に行かせますから」

頭をさげる新八少年に、かたらはにっこり微笑みかける。

「礼なんていいんですよ。庶民を護り、助けることが警察の仕事ですから」
「………っ」
「…おい童貞メガネ、何赤くなってやがんでィ」
「どっ、…女性の前で童貞とか言うのやめてください…っ」
「童貞に童貞って言って何が悪い。つーかお前も言ってるし」

かたらは沖田と新八の間に入って視線を送る。

「ケンカはだめです。…さ、運びますよ」

三人で運べば重さなど大したものではない。あっさりと男を布団に寝かることができた。

「着物、脱がしましょうか?」
「後は僕がやるんで大丈夫です」

そう言ったそばから沖田が何かやっている。

「えっとォ…財布財布…っと」
「ちょっ、何してるんですか、沖田さん…」

男の着流しを剥いでわさわさと財布を探し、手に取る。

「何って送り賃に決まってんだろィ……チッ、小銭しかねーや」
「どこのチンピラァァァ!?」

沖田が財布を畳に投げ捨てたので、カードやら何やら中身が散乱してしまい、かたらはそれを拾い集めた。免許証にキャッシュカード、レンタルショップの会員カード、キャバクラのカードもある。

「…名前が銀時だから銀ちゃん、なんですね」

かたらは名刺を取って見つめた。男の名は坂田銀時、万事屋のオーナー。何でも屋の社長さんということか。

「あの、よかったら一枚もらってやってください」

拾ったものを新八に渡すと、名刺だけ返された。

「困ったことがあれば、電話一本で伺います。そうだ!お礼に一回無料…いえ、格安でお仕事引き受けますよ」
「困ったこと…ですか…」

考え込んでも、今のところ困っていない。

「いつでもいいんで、困ったときに連絡してください。僕、待ってますから」
「…新八くん、ありがとう。困ったら電話するね」
「オイ、何でも屋なら何でもやってくれんだろーなァ」

沖田の黒い笑みに新八は顔を引きつらせた。無理難題をふっかけてくるのは目に見えている。

「まずは相談、内容次第です…」



***



「……アレ?…なんで俺、布団で寝てんの…?」

昼過ぎに銀時は目を覚ました。
のそりと起き上がって客間兼居間のソファーに移動する。頭はガンガンと二日酔いで気持ち悪い。

「新八ィ…お水ちょーだい…」
「はいはい」

新八はコップに水を汲んで銀時に手渡し、向かいのソファーに座る。

「もう、いい大人が泥酔するまで飲むんじゃありません。人に迷惑かけて恥ずかしいと思わないんですか?」

銀時はお叱りもかまわず、ゴキュゴキュと水を飲む。恥ずかしいもなにも、何も覚えていない。泥酔とはそういうもので、たまには記憶失くすほど飲みたいときだってあるのだ。

「つーか俺、…どーやって帰って来た?」
「真選組の…悪魔と天使が運んできてくれたんですよ」
「悪魔と天使?…あいつら全員悪魔だろーが」

真選組の知り合いで、親切に酔っ払いを家まで送り届けてくれる人…土方…はないとして、沖田くん、それともジミーか?銀時は痛い頭をひねった。

「公に発表してないから、銀さんでも知らないと思いますけど…最近、真選組に女隊士が入ったんですよ」
「女隊士ィ?…真選組って女人禁制じゃなかったっけ?」
「一人だけ特別に、警察庁長官・松平公が決めたらしいです。その人は一度、姉上の店にも来てて…僕は姉上から話を聞いて知ってたんです。銀さんを運んできたのは沖田さんと…」
「その女隊士ってワケかィ。…お前には天使に見えたってェ?」

フッ、とあざ笑う銀時。助けてもらってこの顔である。

「例えを笑わないでください。ドス黒い沖田さんと違って、心やさしいお姉さんって感じで…だから、悪魔と天使って言ったんですよ、僕は」
「ふーん…ぱっつぁんの好きなおねーさんタイプってか。……何?お前まさか惚れたの?」

図星も図星、新八の顔が耳まで赤くなった。

「…惚れっぽいのは自覚してるんで、ツッコまないでください。それに…僕がどうこうできる人じゃないって分かってます。でも本当に…お姫様みたいに美しい人だったんですよ」
「お姫様ァ?…バッカ、外見はキレイでも、身体はもう汚されちまってるって」
「……ソレ、どういう意味ですか」

嫌な予感しかしない。けれど訊いてみた。

「だってよー、男の園に女ひとり…オオカミの群れに羊一匹放り込んでみろって、間違いなく食われるから。上手そうな肉は食われちまうの。どうせアレだよアレ、みんなの肉○器に…」
「ちょっとォォォ!アンタの思考が一番汚れてるでしょーがァァァ!!」
「っ…うるっせーな、頭に響くから大声出すなってェ…」

一方は二日酔いで頭を押さえ、一方は青筋を浮かべつつ怒りを抑える。
新八は要点だけ話すことにした。

「それでですね、僕……お礼に一回格安でお仕事引き受けます、って約束しちゃったんです…」
「勝手に約束して、会う口実作りやがって……童貞が」
「……とにかく、困り事ができたら電話くれると思うんで…銀さん、ちゃんと対応してくださいね。頼みますよ」
「ハイハイわーったよ。…そいつの名前はなんてーの?」
「葉月さんです。下の名前は…聞きそびれちゃいましたけど」
「葉月さんねェ…」

興味なさ気に呟く銀時。その理由は真選組を毛嫌いしているからだ。

「銀さんも一目見れば分かりますって。絶対、胸がドキッと高鳴るはずです」
「思春期のガキじゃねーんだから、そう簡単に一目惚れしてたまるかっての。どんだけ美人だろーが、そう簡単に俺のハートは奪えやしねーよ。俺ァ結野アナ一筋なんですぅー」
「アンタ…まだあきらめてなかったんですか…」


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