拠点にしていた寺院は無残な姿になっていた。
焼け跡に残っているのは炭とかした建物の枠組み、樹木の残骸、仏堂に祀られた像すら原型をとどめていない。
焦げた臭いが鼻をつく。かたらは涙を堪えた。実際この目で見なければ、こんな哀しみは湧かなかっただろう。
ここで過ごしたのはたったの一年。それだけでも、かたらには沢山の思い出ができた。きっとこの先、一生忘れることはないだろう。

仲間が地下倉庫で持ち帰る物資を選りすぐっている間に、地中に埋めた私物を掘り返す。運よく缶箱は爆弾の直撃を免れ、中身は無事だった。
かたらはそこから蝶模様の髪留めを手に取って、後頭部に結わえた髪紐に重ねつけた。これは十三の誕生日に晋助からもらった物だ。
次に夕色の刀袋に包まれた懐刀を取って、胸元のさらし布の内側へとしまい込んだ。これは松陽先生の遺品、名を夕霧、かたらの嫁入り道具だった。
その二つだけはしっかりと身につけて、他のものを風呂敷にまとめ背中にくくりつけた。

同じように持ち出した物資を分担し背負う仲間たち。滞りなく作業が終わり、かたらを含む十三名は来た道を戻り始めた。





後をつけられていると感じたのは、しばらく歩いた頃だ。

「敵の数は十もないと思います…」
「十ないって言ってもねぇ…こっちも十ちょいの人数だからなぁ…」

後方にいるかたらと班長のおじさんは歩きながら会話をする。敵に気づいたことを、気づかれないように…

「…しかも、戦慣れしてない奴が多いし…荷物は重いし…」

班長はガシガシと頭をかいた。荷物は簡単に捨てることができる。だが、命はそう簡単に捨てられないものだ。

「どうします…?」
「…できれば戦いたくない…戦わずに逃げ切れる算段は……、ある」
「……?」
「この先にある枝道、右手に行けば谷川をまたぐ吊り橋がある…」
「はい」
「右に曲がったら全速力で橋を渡る…全員渡ったら橋の縄を切る……どうよ?」
「…簡単に言いますが、もし…」
「全員渡る前に追いつかれたら、か?…そんときゃそんときで俺が何とかするさ…」
「そんなことになったら…私も残って戦いますから」
「おぉ強気だねぇ…さすが、白夜叉の妹君と言ったところか…」



皆に作戦の旨を伝え、決行の岐路まであと少しだった。なのに、ここへきて敵の動きが変わるとは…

「……囲まれた…!?」
「おいおい…奴さんたち、痺れを切らしたかぁ?…マズイなこりゃ…」

尾行は攘夷軍生き残りの潜伏先を突き止めるためだろう。しかし、そんな面倒なことをしなくても捕虜にして吐かせれば楽に済む。そう考えたのか…

「来る…っ!」

悩んでる暇はなかった。かたらは棒手裏剣を構え敵対する。振り向いた一瞬で敵を把握、連打して牽制をかける。
同時に先頭が吊り橋に向かって走り出した。

「嬢ちゃん、お前も行きな!ここは俺が食い止めるからよぉっ」

班長が刀を抜くのを見て、かたらも刀を抜いた。背負った荷物も投げ下ろす。

「言ったでしょう!私も戦うって…!」



吊り橋を渡れたのは十三名のうち七人のみ。かたらと班長以外にも、四人の若者が戦闘に加わった。

「かたらさんっ…吊り橋の縄、切りましたよ…!」

その中には、かたらを慕っている護衛組の少年もいた。

「!…ありがとう…っ」

橋向こうに行けば安全だという保障はない。けれど、逃げる時間はここで稼げる。



刀の摩擦音があちこちで鳴った。
それも長くは続かない。仲間の悲鳴。じわじわと嬲られている。班長が鬼のような形相で刀を振り回し、負傷した仲間をかばっていた。
刃を跳ね返された少年の体が宙に飛び、大樹に叩きつけられる。

「…このガキは甘そうだ…これを捕虜にしよう…」

天人は少年の足首に刃を突き立てた。

「ひっ…や、やめ…ぁあああぁぁぁ…っ!!」
「侍の男というものは、すぐ舌を噛み切って自害するが…意志の弱いガキには無理だろう」



ザシュッ…!

敵の一人を切り捨てて、かたらは少年の元に向かう。怒りで全身が総毛立ち、考える前に突っ込んだ。

キンッ!!

最初の一撃から、刃を数度交える。
敵の閃光が髪をかすめ、夕色の一房が散った。かたらは避けた勢いで後方に回転して離れる。

「ほう…強いな……強いガキほど、嬲り甲斐があるというもの…」

この場に立っている味方はかたらひとり。残る敵は三人。

「はぁっ……はあっ……、っ」

唾を飲み込んで呼吸の乱れを抑える。怒りに身を任せれば、自滅を招くと知っている。

カチッ。

間合いを取りながら刀を構え直す。この刃こぼれでは次の一手で折れるかもしれない。もしそうだとしても、どうにか敵を仕留めなければならなかった。
ここで自分が倒れれば、天人たちはまだ息のある者に止めを刺し、捕虜として少年を連れて行くだろう。

「こいつ……女だ…」
「女か……どうりでイイ匂いがするわけだ」
「なら、…殺す前に楽しまなきゃあ勿体無いよなぁ?」

天人が何を言ってるかなんてどうでもよかった。まずは場所を移動させることが先決…

「……っ」

かたらは踵を返して走り出す。

「ハハッ、逃げられると思うなよ…!」

この天人は体格も大きく力もある。それに素早い。一人が率先してかたらの行く手を阻んできた。

ヒュッ!

横一線に刀を振るって一旦退けたものの、背後にまた一人。

キィンッ…!

振り向きざまに繰り出した刃は呆気なく折れた。

「く…っ!」

だからといって屈しない。かたらは懐に飛び込んで、残った刃先を敵の首に突き立てた。

「グ、ガァ…ッ」

これで敵はあと二人。
早く、早く走って間合いを取らなければ…早く…早くっ



ドッ……!



「!?」

体の中で鈍い音がした。
左脇腹に一筋の刃が突き出ていた。それがズリュッ…と背後から引き抜かれ、かたらは前のめりに膝をつく。

「これで…大人しくなった…」

刺されたところから血が流れ出す。

「馬鹿者、腹を刺したらすぐに死んでしまうぞ?」
「う、っ……く…ぅ」

かたらは立ち上がり、震える足に力を入れた。

「こういう場合、まず足を…」
「っ!」

足払いされて地面に倒れ込む。ゴキン…ッ、右足首に衝撃が走った。

「っあああぁあぁ…っ!!」

悲鳴がこだまのように響き渡る。それが自分の声だとは到底信じられなかった。

「おお……イイ声で鳴く…」
「殺された同胞の分も、たっぷりと可愛がってやろう…」

死ねない、こんなところで死ぬわけには…
かたらは這いずって立ち上がる。片足を頼りに、山林の竹を掴みながら前方へ進んでいく。

「あきらめのワルイ…女だ…」

背後に下卑た笑いがついてくる。

「おい、どこへ行く……そっちは崖だぞ?」

その通りに、竹林を抜けた先は崖だった。
切り立った岩壁の下には谷川の急流が見え、正面向こう側までの距離は遠すぎる。吊り橋もない。

「…慰み者にされるくらいなら、飛び降りて死にたいか?」

ここから飛び降りて、助かるだろうか…
かたらは崖縁に生えている青竹を掴み、寄りかかる。不思議と、恐怖も絶望も感じなかった。

「ククク…それも見ものだが、つまらない」

真後ろの声に振り返ると、かたらはにこりと笑って見せた。

「!……恐怖で頭がおかしくなったようだな…」

天人の腕が伸び、手が触れる前にかたらは動いた。


「ぅぐ…っ!?」


ブシュウゥ…ッ、噴き出た鮮血がかたらの顔にかかる。
先刻、ただ這いつくばっていただけじゃない。気づかれぬよう、折れた刀の切先を袂に忍ばせていた。それを下顎から一突きにして、腰の短刀を奪い取る。

「きっ…キサマぁあああっ!!」

最後に残った一人がかたらに向かって攻撃を繰り出してきた。

ビュンッ!

空気を切り裂いた一撃を避けることができたのは、足を踏み外したから…

ガッ…!

かたらの投げた短刀が敵の額に突き刺さった。

これでお仕舞い…

地面から足が離れ、ふわりと宙に舞う。

一瞬の浮遊感。

それはまるで、あの時と同じ…
ふたりがひとつに重なって、溶け合った瞬間に似ていると思った。



銀兄……わたし…



あなたに出逢えただけで



それだけで



じゅうぶん幸せだった



シアワセだったんだよ…



銀兄……



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