父と兄たち


庭先の楓がほのかに色づいてきた秋の初旬。かたらが家族に加わって、ひと月程経った。
日課といえば食事の手伝いに後片付け、掃除に洗濯、庭の手入れに植木の水やり等だ。まだ幼く、本格的に一人ではこなせないため、どれもお手伝い、補佐的な役割になっていた。
早く大人に、早く一人前に家事ができるようになりたい。頑張れば頑張った分だけ松陽が褒めてくれるからだ。
そして雑用以外に、かたらにはもうひとつ大事な日課があった。
それは松陽が母屋の離れで開いている私塾である。

最初の頃はもちろん、かたらは塾に参加させてもらえず、庭隅からこっそりと講義室を眺める日々が続いた。
門下生は銀時(十二歳)と同じくらいの年齢か、それより年上の男子しかいないようで、自分と同じ女子は見当たらなかった。外見が女子のような男子はいたが。

しばらくして次第にかたらの行動は大胆になっていった。
遠目だと松陽の声がよく聞こえないからと縁側まで近づいてみる。それで講義の声は聞こえるようになったが、段々と物足りなくなり、ついには開けっ放しにしてある襖から顔を半分出すという子供らしい行動の末。
覗きは即効にバレた。松陽がかたらに気づかない訳がなかった。
結局、そのときは大騒ぎになって、松陽が門下生らにかたらを紹介する羽目になってしまったのだ。



「志定まれば、気さかんなり」
「………?」
「人は目標が決まれば、意気が高まり、その実現に向けて全力を尽くすことができます。かたら、君には志がありますか?」
「こころざし…?」
「何かを成し遂げる決心、と言いましょうか」
「決心……」
「まあ要するに、やりたいことがあるならハッキリと言いなさい!ってことです」
「!………わたしもっ……わたしもみんなと同じように、勉強したいです…っ!」

松陽は怒りもしなかった。
むしろ、頭を撫でて褒めてくれたのだ。よく言えました、と。家族として、師として、ちゃんと受け止めるから遠慮せずぶつかってこい、と。



***



そんなこんなで、かたらは講義室の一番後ろ端っこに座って講義を受けることを許された。隣には義兄の銀時もいる。
ちらりと銀時を見れば、居眠りしてる。まあ大体いつもぽけ〜っとしているのだが。
白銀の髪がふわふわだと、心もふわふわになってしまうのだろうか。なんというか、捉えどころがなく、何を考えているのかさっぱりわからなかった。
わからないといえば、講義の内容。
正直、九歳のかたらには難しいものだった。松陽から貰った教本も読めない漢字だらけで、さっぱりだ。こればっかりは誰かに教えを乞わなくてはならなかった。



講義が終わると自由時間となり、皆思い思いの行動をとる。
家の仕事を手伝うために早々と帰宅する者、そのまま座って勉学を続ける者、母屋の道場を借りて剣術修行する者。皆が夕暮れ時まで自由に過ごす時間だった。

「銀にい。…今日はここ教えてほしいの」

かたらは教本の最初のほうの頁を開いて指で示した。

「ここ、読めない。何て読むの?」

銀時は頭を掻きながら教本を覗き込む。

「……………」
「……………」

沈黙。
読めないなら読めないと素直に言えばいいのに。口に出すと機嫌を損ねてしまうので、かたらは心の中でツッコんだ。

「まったく!そんなものも読めんのか?銀時!」

『!!』

いつの間にか、腕を組み仁王立ちを決め込んでいる男子が目の前にいた。

「あ?なんだよ、ヅラ小太郎」
「ヅラじゃない桂だ!まったく貴様というやつは!情けないにも程があるぞ!」
「うっせーな。こんなもん読めなくたって生きていけらァ」
「人に教えるということは、自分も初心に戻って勉強するということだ。つまり復習を兼ねているのだぞ!妹と共に精進せねばならん!」
「無理。おれ教えるの苦手だしィ」
「そんなことを言っておったら、いつまで経っても先へ進めんではないか!」

ヅラと呼ばれた男子、名を桂小太郎と言う。
線が細く、中性的な顔立ちをしていて、艶のある長い黒髪を後ろで束ねている。そんな容姿のせいで、かたらは初対面のとき女子だと勘違いして桂を怒らせてしまったことがあった。性格はというと、見た目と違って男らしく頼りになる印象だ。でも天然が玉に瑕、らしい。
桂は溜息をついて、ふたりの前にどしっと座り込んだ。

「何?おめーが教えてくれんの?」
「致し方あるまい」
「よかったな、かたら。ヅラが教えてくれるとよ。そんじゃ、おれ帰るわ」

立ち上がろうとした銀時の腕を桂がつかんで止めた。

「なんだよ?」
「なんだよじゃない。貴様も残って勉強しろ、バカ銀時。それにどこへ帰るというのだ。貴様の家はここであろう」
「うぜーな。おれはいいんだよ!頭脳派じゃなくて肉体派だから!」
「文武両道という言葉を知らんのか貴様は。…まあいい、とにかくそこになおれ銀時。俺がかたらをみるついでに貴様の面倒もみてやろう」
「おめー何様ァァァ?…ああ、ヅラ様か。ちっ、めんどくせーなァ」

銀時が座りなおすを見届けて、かたらは頭を下げた。

「ヅラにい、よろしくお願いします!」
「……おい、ヅラ兄ってなんだ。ヅラじゃない小太郎と呼べと言ったであろう?」
「ご、ごめんなさい…っ!小太郎…お兄ちゃん…?」
「くっ(感動)…どうだ?かたら。こんなちゃらんぽらんの兄は捨てて、俺の妹にならんか?」
「えっ??」
「ヅラ、ふざけんな。おめーの妹になったらおめーの天然バカがうつっちまうだろーが」
「貴様のバカよりは断然マシだ」
「あんだとコラ!?」

火花を散らしふたりの口喧嘩が始まってしまい、かたらはたじろいだ。まだ、今の自分ではこのふたりを止められない。誰か助けて、と心の中で念じることしかできなかった。

「こっちに来い。俺が教えてやる」
「!」

助け船の声に振り向けば、瞬時に腕をつかまれ引っ張り上げられた。そのまま教壇手前の机まで腕を引かれ、座布団に座らされる。後ろの銀時と桂はといえば取っ組み合っており、かたらが連れて行かれたのに気づいていない様子。

「あのバカふたりに任せておけねェからな」

そう言って片方の口角を吊り上げてニヤリと笑った目の前の男子、名を高杉晋助という。
銀時曰く、性格の悪いヤツ。先生の前では良い子ぶって、裏では生意気な態度をとっているらしい。今のかたらには、銀時と比べれば高杉のほうが大人しくて真面目にしか見えなかった。

「晋助お兄ちゃん、ありがとう」
「俺のことは兄ちゃんって呼ぶんじゃねェ。晋助でいい」
「うん」
「基礎から教えてやるから、きっちりと頭ン中に詰め込めよ」
「はい!晋助せんせぇ、よろしくお願いします」
「おう(感動)…じゃあ、この字の読み書きからだ」
「はいっ」

「あ゛っ!?晋助てめっ何勝手にかたら連れてってんだよ!」
「晋助!横入りとは卑怯だぞ!かたらは俺が面倒をみる」
「あん?てめェらに任せられるかよ。ヅラは銀時の面倒だけみてろよ」
「いや、貴様が銀時の面倒をみるがよい!かたらは俺に任せろ」
「いやいや、バカはバカ同士で仲良くやれよ」

「………なにコレ、泣いていい?」
「銀にい、元気出して。一緒に勉強教えてもらおうね」
「……ウン」

なんて温かい空間。この心地良い場所で、やさしく接してくれる人がいる。
平穏な日々。ささやかな幸せがいつまでも続きますように。


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