桜が咲いた。
町の小さな診療所。病室から中庭の桜を眺め、美しい淡紅色に心を奪われる。
「小さい木でも、たくさんの花が咲くんだね……きれい…」
かたらはうっとりと窓枠にもたれている。
「あーあー花見酒で一杯やりたい気分だわー…かたら、酒持ってきて」
銀時のだるそうな声に振り向く。
ここは診療所の狭い個室。銀時は寝台に横になっている、いわゆる入院患者だ。退避場所の村から町に下りる途中、歩けなくなった。限界を超えて戦い続けたせいで腰の調子もかんばしくないようだ。
「………」
「何、その目。…つーかさぁ、一杯くらいいーだろよ」
「…なんか今、未来が見えた気がする…銀兄が飲んだくれて、もっと酒を出せーって妻である私に暴力を」
「オイふざけんな、俺がお前に暴力振るうワケねーだろぉー?」
「酒に溺れて、まるでダメな夫になるかも」
「ならねーよっ!」
かたらは笑って銀色のもじゃもじゃをなでる。
「冗談だよ。…ただ、体が良くなるまでお酒は禁止。そう言われたでしょ?」
「…仕方ねーな…んじゃ、アレだ。お前、アレだよ?ホラ…」
銀時は動かせる左手でかたらの手を引っ張った。
「アレってなに?」
「だからホラ、俺、今腰が痛くて動かせねーだろ?だからぁ、お前が上になって」
パシッと銀時の手が払われる。
「……銀兄のばか…ヘンタイ…っ」
「おーおー赤くなっちゃって……そーゆう欲しそうなカオしてるお前もヘンタイ」
「っ………」
「一杯がダメなら一発で」
「銀兄ってほんっとヘンタイ、サイテー、もう知らないっ」
かたらは銀時から離れて戸の前に立った。
「ちょっ、かたらちゃんん!?ゴメンて、謝るから戻ってきて、行かないでェェェ!」
その叫びにくるりと向き直す。にっこり満面の笑みを見せると、銀時がポカンと目を丸くした。
「………かたら…?」
「アレ…してあげたいけど、今日はだめ。これからお出かけだから…明日までおあずけ、ね?」
「!………」
怒ってないと知るやいなや、今度は不満げに唇を尖らせる銀時。かたらは枕元に戻って、その唇に…
ちゅっ
と、軽く口付けを落とし、病室を後にした。
「晋助、…起きてる?」
「……ああ…」
銀時と同じ診療所、別の病室にいる高杉を訪ねる。
「今から任務だから、ちょっとしか話せないけど…」
「任務…?」
「元拠点に行くの。地下倉庫に残ってる物資を回収するんだよ」
拠点の寺院は爆撃を受け、今は焼け野になっている。しかし、先日偵察に行った者によると地下倉庫は無事だったようだ。
「回収班のお手伝いと護衛なんだけど、…私もね、私物を土の中に埋めてあるから、ついでに回収したくって」
「…俺も銀時も役立たず、ヅラは会合でいねェ……」
「なぁに?三人のうち、誰かが私を護ってないと心配なの?」
「……俺の部下、連れてくか?」
「あはは、そんな過保護にされたら困るよ。それに、小太郎がこれ以上鬼兵隊に借りを作りたくないって言ってたし」
高杉は「フン」と鼻を鳴らし上体を起こした。左目には大きな眼帯、それを包帯で固定している。左はもう使えないが、右の視力は戻りつつあった。
顔はしっかりとかたらの方を向いている。
「晋助…私が見える…?」
「…ぼやけてよく見えやしねェ…もっとこっち来い」
かたらは寝台に腰をかけて、顔を近づけた。
「もっとだ」
「……これ以上近づいたらキケンだよね?というか、散々してあげたのに…忘れちゃったの?」
「あー…よく…覚えてねェ…」
「そっか、よかったぁー、覚えてたら恥ずかしいからね、私が」
「よし、再現しろ」
「えっ!?…ぜ、絶対しませんんー」
動揺して返すと、高杉は不服そうに吐息をもらす。
「……口寂しくてなァ…どうにも…」
「じゃあ、晋助にも飴買ってきてあげようか?なんの味がいい?」
「オイ、バカと一緒にすんじゃねェ…俺ァ甘いモンより苦いモンがいい」
「苦いもの?」
「飴より煙草。…そうだなァ、喫煙道具でも揃えてみるか…」
「晋助が煙管とか吸うの?…想像できないし…体に悪いし…お母さんは絶対ゆるしません」
「知るか、俺の勝手だろーが」
銀時も、高杉も、子供のように思えてくる。
「はいはい」
かたらは黒紫の髪を撫でた。銀時と違う手触り、これもまた愛おしく思う。
「それじゃ、私行くね…」
腰を上げると、高杉に手を掴まれた。ほんの少しの間があって、言葉が絞り出される。
「……気をつけろよ、かたら…」
「うん、行ってきます」
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