淡い黄色の着物。袖の袂と前身頃に桜の花を散らした模様がいかにも女の子らしい。かたらは一目で気に入った。
松陽が調達してきたものは衣類だけでなく、櫛に髪留め、香油、桃色の巾着袋に小さめのがま口財布、あと一通りの生活用品だ。
正直、かたらは戸惑った。こんなに至れり尽くせりで、どうしていいのかわからなかった。これは夢かもしれない。もしかしたら自分はもう死んでいて、ここは天国なのかもしれない、と。
夕食をご馳走になり、銀時と一緒に後片付けをして、それが終わった頃に松陽から声がかかった。

「こちらにどうど」

松陽は縁側に腰をかけて、かたらを手招いている。さすがに、もう警戒する必要はないだろう。素直に隣に座り込んだ。

「……どうですか?気持ちは落ち着きましたか?」
「…はい」

こくんと頷く。なぜか頷いたまま視線が戻せなかったので、かたらは庭先の石灯籠を見つめた。白石を照らす優しい灯火がとても美しくて、夢を見ているような感覚だった。

「そうですか……よかった」

ほっと安心したような声。かたらは咄嗟に顔を上げた。

「あのっ…こんなに良くしていただいて…ありがとうございます…っ!」
「いいんですよ。お礼なんて…」
「でもっ、わたし……っ」
「…奉公先から逃げてきたんでしょう?」
「!………はい…」
「よくある話ですが…、実際、子供が大人から逃げるというのは大変なことなんです。身体の大きさも力も違う。折檻で命を落とす子供は数多くいます」

小さき者は圧倒的に弱かった。ひと殴りされただけで、簡単に死んでしまうこともあるのだ。

「親の為己を犠牲に働く子もいれば、親に身売りされ働く子もいます。山賊や、悪い浪人にさらわれて売られる子もいます。…残念ながら、そんな世の中なんです。…でも私は、目の前に救える命があるならば、その命を救いたい」

松陽の瞳がかたらを捉えた。

「だから、君をここへ連れてきたんですよ」
「!」
「君さえよかったら、私の…家族になってもらえませんか?」

気づけば、そっと頭を撫でられている。
この人の声も、微笑みも、仕草も、この空間すべてが優しさで包まれているようで、かたらは号泣してしまった。

「あーあ、また泣いてやがる」

ふすまを背凭れにして銀時がぼやくと、松陽が無邪気な笑顔で振り向いた。

「よかったですね、銀時!妹ができちゃいましたよ!」
「ハァ!?できちゃいましたよ!じゃねーよ先生!おれぁこんな泣き虫いらねーからァァァ!!」
「だってカワイイじゃないですか!ほら!護ってあげたくなっちゃうでしょ!?」
「カワイクねーし!護りたくもねーし!!」
「アレー?顔が赤くなってますよー?」
「ちがっ別に赤くねーし!」
「これで私がいない夜も平気ですね!ふたりでいればオバケなんて出ませんよ!」

「おばけ、怖いの?」

泣き止んだ、かたらが訊いた。
一瞬の沈黙。

「べっ別に怖くねーし!おばけなんて存在しねーしィィィ!」
「銀時はね、オバケが苦手なんです」
「オイィィィ!先生いいかげんにしてくれよォォォ」

チクショー、と叫びながら銀時は逃げていってしまった。
残されたふたりは顔を見合わせて微笑む。

「かたら。今日から君は私たちの家族です。よろしく」

差し出された大きな手を握り、かたらは本日二度目の満面の笑みを浮かべた。

「泣きたいときは泣いて、笑いたいときは笑いなさい。でも…カワイイ笑顔が一番だってこと、忘れちゃダメですよ?」

胸が締めつけられて鼓動が高鳴る。今まで生きてきた中で感じたことのない特別な気持ち。
その感情が何であるかを、このときのかたらは知る由もなかった。



***



松陽はかたらを養女として迎えた。
一見、行き当たりばったりに思えるが、そこには様々な思惑があった。もちろん、救える命を救うという建前に嘘偽りはない。では何故かと問われれば、こうだ。

銀時の為に。

塾の門下生にあって、銀時にないもの。それは親兄弟だった。
塾で学ぶこと以前に、家庭で学ぶべきこともある。仲間と支え合うことも大事だが、兄弟だとまた別の角度で支え合うことができる。師を崇める前に、親を敬い、己を鍛え、子弟を護り導くこと。家族愛から学べることは沢山ある。
たとえ血が繋がっていなくとも傍にいれば、家族という形は作れるし、愛情という絆が生まれるだろう。

銀時には家族が必要だ。
他から見たら押しつけがましい理想論かもしれない。でも、そんな当たり前のことを銀時に感じてもらいたい。体験して学んでもらいたい。思考してもらいたいのだ、家族とは何か、と。
かたらを養女にとったのはそういう理由だ。
利用するようで心苦しいが、ふたりが手を取れば孤独にはならないだろう。

一線から退いたものの未だ攘夷に身を置く己は、ずっと銀時の傍にいることはできない。今でさえ平穏に暮らせているが、それがいつ壊れるかもわからないのだ。攘夷戦争が終結せぬかぎり、否、したとしてもどの道、幕府に追われる身にはかわりない。

願わくば、己の世代で戦争が終わるように。
成長した彼らが、平和に暮らせる世の中になるように。


2 / 2
[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -