『晋助は焼かないんですか?やきもち』
『……はい?』
急に振られた問いに耳を疑った。
聞き間違いじゃなければ、松陽先生はこう訊いたのだ。やきもちは焼かないのか…と。
何に対して?誰に対して?
『言わなくたって、わかりますよね?』
道場の縁側、先生と並んで休憩中。
視線の先にはかたらと銀時、兄妹で打ち込み稽古をしている姿。
『恋、ですかぁ…』
『先生、何を言って』
『銀時が羨ましいって、顔に書いてありますよ?』
『っ…!?』
言われて思わず手拭で頬を隠してしまった。
『はは、冗談です』
『!……先生、俺をからかうのはやめて下さい…っ』
先生は悪びれず微笑む。
『いいじゃないですか。十五歳、青春を謳歌することも大切です。恋もその内』
『恋なんて…俺は…』
否定の言葉が続かない。先生の前で嘘などついても意味がなかった。
『私は銀時が羨ましいです。…しばらく家を出ている間に、あんなにかたらに慕われるようになって……正直くやしいです。焼いちゃいますよ』
『……クッ…ク』
先生のやきもちがあまりにも可愛くて、笑いがもれてしまう。
『やきもちも愛情表現です。ただ、強すぎる嫉妬は己を見失うだけでなく、人を傷つける…』
『俺は…そんな感情に振り回されるつもりはないです』
『そうでしょう…しかし、嫉妬心も悪いばかりじゃない。そこから向上心が生まれ、人は努力をするからね』
先生の言う嫉妬心というのは何も恋愛に限らない。
例えば、銀時が稽古で技を習得し先生に褒められたとする。それを見て嫉妬するなら、負けじと努力をするだろう。その逆も然り、現にそうやって競い合ってきた。
『でも先生、…色恋は一方通行ってワケには…』
『鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす、というように…黙っている者の方が切実だったりします』
『……』
『言わぬが花、それもいいでしょう。でもいつか、切羽詰ってしまうときが来るやもしれません』
無意識か、意識的にか、視線はかたらを追いかける。
『恋は思案の外、ってヤツですか?…俺はそんなことには…ならないです』
何故か自信を持って答えることができなかった。
『ふふ、晋助はやきもちを焼くより…誰よりも大切にする気持ちで接してくれてるから、私も安心です』
それでも、先生はやさしい声で語りかけてくれる。
『…晋助、かたらのこと…大事にしてあげて下さいね…』
はい…
目を覚ますと、いつもと違う天井が見えた。襖障子から差し込む光が眩しくて、高杉は目をこする。
「………」
軽く身なりを整えて部屋を出ると、視界の端に夕色が映り込んだ。
見れば、かたらが銀時の部屋の前に立っている。これから銀時を起こすのだろう。
と思ったら、高杉に気づいて振り向くかたら。互いに少しずつ歩み寄った。
「…晋助…おはよう」
「おう…」
「き、昨日のこと…覚えてる…?」
ぎこちない笑みを浮かべながら訊いてきたが、もちろん高杉の記憶はハッキリとしている。
「さあな…どうだか…」
フッと笑って手を伸ばす。だが、かたらの髪に触れるつもりが空回ってしまった。
「っ……」
「…オイ…逃げるこたァねーだろ?」
「だ、だって…っ」
隙を見せるなと言ったのはそっちでしょ?と目で訴えている。
「…そりゃあなァ、ふたりっきりのときのハナシだ。…人目があるときゃ襲わねーから安心しろや」
「人目?……っ!」
「ねー…ふたりして何の話してんのー?ねぇー…」
ゆらりと、かたらの背後に立つ銀時。二日酔いのせいで顔に生気がない。
「…ふたりっきりのときって何?…襲うって何?」
「ぎ、銀兄…あのねっべつに」
「てめーら…まさか…俺が酔っ払って寝ている隙に…まさか…っ」
銀時がぷるぷると体を震わせるので、かたらはその腕を掴んだ。
「なっ、なに言ってるの!?なにもない、なにもないよっ?」
「オイかたら、…んな焦ったら逆にアヤシイだろーが。…それに、何もなくはねェ」
『!?』
「クク…冗談だ、気にするな」
言って高杉は縁側を下りる。
目を見開く兄妹があまりにも可笑しくて、心の中では大笑いだった。
「高杉、客殿に戻るのか?」
井戸場から桂がやってきた。
「…ああ」
「それにしても朝から騒々しいものだ。…あのふたり、また喧嘩か…」
平屋の廊下で言い争ってるかたらと銀時。桂はあきれて溜息をつき、じろりと高杉に視線を移す。
「高杉、貴様何をした?」
「……さあな」
「大方、原因は貴様であろう?銀時のやきもちは昔からひどいからな…」
「焼き餅焼くとて手を焼くな、ってな。…俺ァ、やきもちなんてみっともねェ真似はしねーよ」
「うむ。嫉妬も度が過ぎると何れかたらに嫌われるぞ…と、あいつに言いたいところだが、かたらが銀時を嫌いになるなぞ有り得んな…」
「フン…どうだかな」
高杉は桂に背を向けて歩き出す。少しかたくなった雪をザクザクと踏み進みながら、思考を巡らせる。
『…晋助、かたらのこと…大事にしてあげて下さいね…』
昔の夢。
あの後、しばらくして松陽先生は旅立ち、帰らぬ人となった。今思えば、死を予感していた台詞回しだった。
かたらも、銀時も、先生の忘れ形見。どちらも大切で、壊すことはできない。
大切な人だからこそ、傷つければ、己も傷つく。
人を傷つけるのが怖いのか…己が傷つくのが怖いのか…
檻の中、獣の懊悩は終わらない。
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