とある獣の懊悩


「なぁー、さみーから部屋に戻ろーぜぇー」
「んー…私、もう少しここで待ってる。銀兄は先に戻ってて」

拠点の入り口、寺院の四脚門にて立ちすくむふたり。銀時はあまりの寒さに身を縮めている。それもその筈、一月も半ば過ぎ、一年で最も寒い真冬の時期である。
尚且つ、この雪…

「…こんな雪降ってちゃ来ねーって、待つだけ無駄だってぇー」
「……来る。ぜったい来るもん」
「もん、って……あのねぇ、俺ァお前が風邪でもひいたら困るから言ってんの!」
「銀兄こそ風邪ひきやすいんだから、戻ってなよ」
「あぁん?お兄ちゃんに向かって何、その態度…ったく、人が心配して」
「もうっ、ごちゃごちゃ言うんだったら向こう行ってて!私は待ってるんだから!」
「反抗期っ!?」

ぷっと誰かが吹き出した。
振り向けば、門番が兄妹のやりとりを聞いて笑っている。

「………もういい。風邪ひいても看病してやんねーから」

銀時はフンっと鼻を鳴らして境内に入っていく。後からクシュンっと聞こえて、かたらは溜息をついた。風邪をひきそうなのは寒さに弱い銀時のほうで、強い自分は至って平気。
だから、最初からひとりで、ここで待つつもりだった。なのに、心配だからと、勝手気ままに付いてきたのは銀時だ。

憤る後ろ姿を見送って、かたらは再び視線を門の外へ向ける。
正午から降り始めた雪は足元を覆うほどに積もってしまった。やっぱり、銀時の言うように来ないかもしれない。

それでもいい、と思った。たまにはこうやって、待ちわびる気分を味わうのもいいだろう。
さながら、遊びに来る孫を待つおばあちゃんのように、ずっと会えずにいた恋人を待つように…

かたらは今、高杉を待っていた。

正確に言うと、鬼兵隊の総督、高杉晋助を待っていた。
今後の方針、もしものときの対処法、書面で決められない細かい事を話し合うため、数日間逗留することになっている。



しばらくして雪が弱くなった頃、かたらは門番と協力して石積み階段の雪かきをした。長い階段の上から下までの除雪、それが終わって四脚門に戻り、振り返ると階段下に人の姿が見えた。
菅笠に合羽をまとった男が三人。真ん中を歩いているのはきっと、高杉に違いない。

真ん中の男は門前まで来ると目を見開いた。
そこに夕日色を見つけたからだ。

「……かたら…」

「晋助……っ!」

かたらは顔いっぱいに嬉しさを表して高杉に駆け寄った。

「わざわざ、お出迎えたァ嬉しいねェ」
「雪の中お越し頂きありがとうございます、お疲れさまですっ」

鬼兵隊ご一行様に挨拶をすると、左右の者が物珍しそうにかたらを見た。女子がいるとは目の保養になるものだ。
高杉は身につけていた菅笠と合羽を脱いで随伴者に手渡す。

「よそよそしい態度はやめろと言った筈だ……俺ァ、もっと色のある言葉が聞きてェんだが…」
「そんなのっ…無理です。……わ…っ!」

ふわりと高杉の腕がかたらを捕らえた。まさか、こんな人目のあるところで抱擁されるとは思ってもいなかった。

「背中はもう平気か?」
「う、うん…大丈夫…」
「……そうか…」

愛おしそうに背中をさする高杉。
その気持ちは嬉しい。けれど、かたらは見られていることが恥ずかしくて硬直したままだった。

「………あの、……晋助…?」

いつになったら離してくれるのだろう。
横目に入った門番さんが明後日の方を向いていた。気を利かせたのか、あきれて目も当てられないのか、どちらかわからない。

「…晋助…さん…?」

何気にぎゅうっと強い力で抱きしめられていて、かたらは身動きができなかった。

「あー…もう少し…あと少し待て…」
「…待て、って」

どういうこと?
かたらが顔を上げると、高杉は遠い目をしていた。そして、ククッと含み笑い。その視線の先に何があるのかと思い、かたらはゆっくりと境内を振り返る。

そこには物陰から顔半分だけ出して、じいっとこちらをにらんでいる銀時がいた。


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