時のうつろい


北風の冷たさが骨身に沁みる今日この頃。
十二月に入り、冬の気配が段々と色濃くなっていく。

偵察船の件で一時騒然となった桂部隊だったが、現状は落ち着いていた。
あの後しばらくして、他部隊からも同じように偵察船を目撃したとの連絡を受けた。それも山地に拠点を置いている部隊ばかりが目撃している。
強襲を予見して、町や村の近くに拠点を移す案も出たが、本陣からは動くなと指示が来た。こちらとしては動きたくとも先立つ資金がない。それに何より民間人を危険にさらす訳にはいかないだろう。

今のところ天人側に動きはないが、このまま膠着状態が続くのかどうか、先が見えなかった。
ただ、いつ襲撃を受けても耐えられるように備え、防壁を整え、警戒を怠らず、冬を過ごし春を待つこととなった。



シュッ…

久し振りに投げた棒手裏剣は木製の的に当たったものの、力なく地面に落ちた。

「んー…当たっただけでも良しとするかぁ…」

かたらはひとりごちて、次弾を手に構えた。
負傷してから一ヶ月、傷も癒え、ようやく本格的な運動療法を始められる。
そして、今日からは客殿ではなく、平屋の自室で養生することになったのだ。心喜ばずにはいられない。

「オイオイ、戻って早々無茶すんじゃねーぞコラァ」

干していた布団を部屋にしまって、銀時は縁側に横になった。かたらの部屋掃除を手伝うついでに自室の掃除もやったので、少々疲れて一息つく。

「銀兄、ありがと。お疲れさま」
「おう、後で礼はたっぷりともらうからな」
「はいはい、中隊長殿」
「中隊長っつーか、斬り込み隊長だけどな」

坂本が去り、銀時は中隊長を引き継いだ。自室も坂本が使っていた部屋である。
銀時といえば最近は真面目になり、仲間の武術指導も積極的にこなしている模様。しかし、それは裏で桂大隊長が銀時の尻を叩いているからだ。

「腕が重いなぁ……たった一ヶ月でも、筋力って衰えるものなんだよね…」

一頻り、手持ちの棒手裏剣を投げ終えて、かたらも一息つく。焦りはないが、いかに日々鍛練することが重要なのかを思い知らされる。

「つーかさぁ、まずは足腰から鍛え直したほうがいーんじゃねーの?」
「どうして?」
「背中だって完治したワケじゃねーだろ?運動療法つったって、初っ端から腕に負担かけてどーするよ」
「うん、それはわかってるけど……どうしても投げたくなっちゃって…」
「腕前ってぇのはそう簡単に落ちねーよ。…ま、そーだな…明日から一緒に…走り込みでもすっか?」

まさかのお誘い、その気遣いに目を丸くするかたら。

「…んだよ、不満か?俺と一緒は不満なのか?」
「ち、違うよ!銀兄がやさしくて、ちょっとびっくりしただけだからっ」
「それはそれで心が痛いわ…ったく、俺ァいつだってやさし〜だろ〜?」

その口調に今度はジト目を向けるかたら。

「…んだよ、その目は。いいんですかぁーそんな態度で?」
「なんか…下心が見える気がする…」
「下心ぉ?お前は人の好意を無下にする気かぁー?あ〜あ、せっかくお前のために一番風呂、予約しといたのにな〜」
「!?……一番風呂って……お風呂っ?」

かたらが食いついてきて銀時は内心ほくそ笑む。風呂好きなのは百も承知だ。

「そだよ〜お風呂だよ〜」
「えっ?風呂場はあるけど使ってないって辰馬が言ってたよっ?」
「実はぁー、冬の時期だけ活用してるんですぅー」
「ほんとにっ!?入るっ!私、入りたいっ!」
「ちょっ、落ち着けって、風呂は逃げねーから!…いてっ、髪わさわさすんなってコラ」

子供のようにはしゃぐかたらが何とも微笑ましい。まるで昔に戻ったような錯覚、銀時は胸が熱くなるのを感じた。

「…んじゃ、夕飯食ってから連れてってやるな」
「うんっ、ありがと。銀兄、大好きっ」
「…ったく、現金なやつぅ」





「かたらー、湯加減はどーだ?」

ガラリと少し開けた戸の隙間から伺う声。向こう側の銀髪が湯気で霞んでいる。

「うん、丁度良い温度だよ〜」

かたらの声が浴室に響く。寺院の風呂場は以外に広く、造りは町の小さな銭湯と同程度だった。
ゆったりと身を沈め、至福のひと時。
いつもは火鉢で沸かした湯をたらいに移し、髪や体を洗っていた。夏場なんかは井戸場でこっそりと水浴びしてた。
だから、全身湯につかること、それだけでもかたらにとっては癒しであった。

念のため、窃視行為ができないように入り口は銀時が見張ってくれている。
こうやって性別を偽る必要がなくなって、ありのままに行動できるのは何と気楽だろうか。

ちゃぽん…

ゆらゆらと波紋が広がるのをじっと見つめる。温かくて心地良い、身も心も絆されて、何だか涙が溢れそうになった。

『何だお前…風呂に入れて泣くほどうれしいのか?』

ふと、頭の中に幼い銀時の声が聞こえ、懐かしい光景がよみがえる。今から約七年前、かたらが銀時と出会った日も、今と似たような状況だった。

過去を想えばとめどなく、記憶は思考回路を駆け巡る。
小さな女の子は弱くて泣き虫で、変なところで強がって意地張って、本当につらいことを話さずに隠していた。心の傷が壁を作り、偽りの笑みを浮かべていた。
そんな女の子、もとい自分を変えてくれた人が銀時だ。生きている実感を、身をもって教えてくれた。

では、今の自分はどうだろう?
男装して本来の自分を偽り、あまつさえ一番大事な人を欺き(バレてたけど)、強くなっても結局は泣き虫で…

「はぁ……私、成長してないなぁ…」

どことなく、昔と同じことの繰り返しのようで情けなくなってくる。

「え?何言ってんの、かたら。おめーは成長したよ?」 
「!!」
「特におっぱいとか、おしりとか、体付きがエロいことになってんじゃん」

突然の声に横を向けば、銀時が裸足で浴室にしゃがみ込んでいる。

「なっ、なんでこっちに来てるのっ!?銀兄のばかっ、のぞかないで!」

かたらはバシャリと水音をたてて胸元を隠す。

「なーに言ってんだ、いいだろ別に減るもんじゃねーし。つーか昔、散々ハダカ見せ合った仲じゃねーか」
「もうっ、いいから早く出てって!」
「ちょっ、お前、な〜に?何恥ずかしがってんの〜?」

にやり、と口元をいやらしく吊り上げる銀時。それすら懐かしく感じてかたらは困惑する。
見られて恥ずかしい訳ではない。銀時に抱かれているときの感触を思い出し、体が反応してしまった。そんな自分が恥ずかしいのだ。

「はいはい、わーったよ、大人しく待ってる。ま、ゆっくりつかってろな」
「ん……」

銀時の背中を見送り、ピシャッと戸が閉まるのを確認。途端にかたらの頬が赤く熱くなった。このほてりは単に湯にのぼせたからではない。

もしかしたら…もしかするかもしれない…、とかたらは考えた。

そう、もしかしたら…というか、今夜は確実にそういう行為をするかもしれないと思ったのだ。
きっと銀時も期待しているだろう。かく言う自分自身も期待していない訳じゃない。
しかし、待ち望んでいたことなのに臆する胸のうち、ドキドキとそわそわが半分ずつ占めている。

もしかしたら、ハジメテのとき以上に緊張しているかもしれない。


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