「坂本、貴様にひとつだけ言うならば……健闘を祈る」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜよ」
「…あと、女遊びも程々にな。あと、酒は飲むとも飲まるるな、だぞ。人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む。貴様はバカ飲みして失敗するクチだろう?否、酒は飲むべし飲むべからず、とも言うか…しかし、酒は」
「ヅラ〜おまんの言いたいことはわかっちゅう。酒も女も程々にするき、心配せんでええ」

ニッと歯を見せて笑う坂本に、つられて桂も溜息混じりに苦笑する。

「そうか……ならば、達者でやれよ」
「おう。…また会おう、ヅラ…」

言ってくるりと踵を返し、坂本は平屋を後にする。
ヅラじゃない桂だ、と最後にいつもの口癖を背中に受けた。その台詞、次はいつ聞けるだろうか。

十一月中旬、早朝。
坂本辰馬は今日、この拠点を去りゆく。
己の成すべきことを成すために、この国の、より良い未来を作るために旅立っていく。

長く世話になった寺院、朝日に照らされる境内の風景を目に焼きつけながら石畳を踏みしめる。
この地で過ごした沢山の記憶はきっと色褪せないだろう。流れる血の怒りと悲しみも、積もる傷の苦しみも、仲間と共に乗り越えた。春夏秋冬を生きる喜びも、四季折々の楽しみ事も、仲間と共にあるからこその恩恵だった。

たとえ仲間と道を分かつとも、切れない絆がある。だから、迷わなくていい。振り返らずに前へ進んでゆけばいい。
寺院の入り口、四脚門まであと少し。ふと自然に客殿の前で足を止めてしまった。

「かたら……」

早々心に小さな迷いが生まれ、坂本は苦笑しつつ再び歩き出す。
かたらと銀時には早朝の出発だからと、別れの挨拶は昨夜のうちに済ませてあった。もう言葉は十分に交わした。心残りはない…



…本当に?

心の問いにハッと顔を上げると、門前にかたらが立っていた。



「辰馬…」

束ねずに流したままの夕色の髪が、ふわりと風になびいた。
後ろには門柱に寄りかかる銀時の姿。眠そうな眼で見守っている。

「私が…辰馬が生きている間は一緒に戦う、って言ったの憶えてる…?」

唐突な質問だった。

「死がふたりを分かつまで共にいよう…愛を誓うた日のことかえ?」
「…いつそんなこと誓ったっけ?」

正確には坂本がかたらを部隊に勧誘したときの話だ。
一緒に戦うのは坂本が生きている間だけ、かたらはそんな台詞を口にしていた。

「嘘じゃあ、憶えちゅうよ…忘れるわけがなかぁ」
「…何度仲間ができても、その度に失って…また同じことの繰り返しだと思ってた…」

沢山の命を見送ってきた悲しみと恐れ、それ故の不器用な台詞だったのだろう。

「けど、今思うことは違うから…新しい約束、してもいい?」
「!……おう」

坂本は大きく頷く。

「遠く離れていても、心は共にある。…志に生きること、忘れないで……私も忘れないからね」
「…初志貫徹、共に戦おう……わしらの約束ちや」

互いの右手をぎゅっと握って、名残惜しく手放した。

「辰馬…今までありがとう。…元気でね…」
「かたら、銀時……おまんらも元気でやっちょきやぁ」

銀時を見れば、手をちょいと上げて答えている。

「ほんなら…」

最後にと、かたらを真っ直ぐ見つめて、坂本は背を向けた。
こうやって心から見送ってくれる人がいるのは幸せなこと、ただそう思えばいい。

もう振り返らず、前に進んでゆこう。



一歩、一歩、階段を下りていく大きな背中が遠くなる。堪えていた涙がかたらの頬を伝って落ちていった。

「ま、元気でやってりゃあ何れどこかで会えるさ…」

ぽんっと銀時に頭を撫でられて、慰められる。
それでもかたらの視線はじっと坂本から動かなかった。見えなくなるまで見送るつもりだった。

「………」

坂本と出会わなかったらどうなっていただろう?

銀時とも再会できず、いつかは戦場で朽ち果てていたかもしれない。志半ばを彷徨って失って、絶望に染まったまま亡霊のようになっていたかもしれない。
傍に支えてくれる人がいなければ、戦場では精神を磨り減らすばかりだった…

心は暗く重い、そんな疲れ果てていたときに坂本と出会って救われた。捜していた銀時にも会えた。

こうして出会えたのも必然的な運命だと、そう信じたい。
坂本はひとつの希望を取り戻してくれた、云わば暗夜の灯。かたらは感謝してもしきれない、割り切れない想いを募らせていく。

長い石積み階段を下りた坂本は山道に入っていった。じきに見えなくなるだろう…

「………銀兄、ごめん…っ」

爆発的だった。気持ちが抑えきれず足が勝手に動き出した。

「かたらっ!?」

不安定な足取りで階段を駆け下りて、坂本を追いかける。

ありがとう、そんな言葉だけでは表せない想い。
それをどうしても伝えたくて、どう伝えればいいのか分からずにかたらは衝動に身を任せた。

「辰馬っ!……辰馬ぁ…っ!!」
「!」

振り向きざまの坂本の胸に飛び込んで、右腕でしっかりと掴まえる。

「……まっこと、…おまんは恐ろしか女子じゃあ……振り返らんと決めちょったのに…」
「…だって…わ、私っ…うぅ…」

もはや涙で言葉も紡げない。そんなかたらを坂本はやさしく抱きしめ返した。
空気を読んだのか、銀時は階段の中腹に座り込んでいる。最後のひと時を餞別にくれるのだろう。

「かたら……わしが銀時をうらやましいと言うたこと、憶えちゅうがか?」
「んぅ…憶えてる…」

今度は坂本からの問いと答えだった。

「最後やき、理由ば教えちゃる」
「り、ゆう…?」
「…おまんはわしが心から惚れた女子じゃ…しかし、おまんの心は銀時が持っちゅう。わしが銀時を羨むんは、おまんの愛情を持っちゅうがやき…それが理由ちや」
「!……」
「じゃから、散々好きだ愛してると言うてきたのは、冗談のようで冗談じゃなかった訳やかぁ。これで仕舞いやき、今一度言わせてほしい…」

坂本の意を酌み、かたらは涙に濡れた顔を上げた。

「かたら、おまんを愛しちゅう……返事はいらん、その言葉だけ受け取ってほしい…」
「…辰馬…っ」

かたらは再び坂本の胸に顔を埋めてしゃくり出す。

「迷惑かけてすまんのう……最後の最後におまんを困らせるつもりはなかったがやき…」
「ち、違うの……うれしいんだよ?…こんな、私を…好きになってくれるんだもん…っ」
「惚れた女子が独り身じゃったら強引にもなっちょったろうが、……銀時がおらんかったら、わしゃあ本気でおまんを落としちゅうところじゃ」
「……」
「けんど、銀時がおらんかったら…おまんと出会うこともなかったろう…」

男子と偽り、戦場までやってきたのは銀時に会うため。かたらが銀時に一途なのは痛いほどわかっている。

「私だって…銀兄がいなかったら、辰馬と出会えなかった…!」
「おお…わしらは銀時に感謝せんとならんのう…」
「うん…」

体を離し、互いに微笑み合った。もう何のわだかまりもない、心からの笑顔だった。

「さ、わしゃ行くぜよ。心晴れて清々しい気分ちや…これから何もかも上手くゆく気がするき!」
「辰馬、ちょっと待って…」

かたらは身につけている襟巻きを解き、坂本の首に巻いていく。右手しか動かせない上、かなりの身長差があって苦戦している。
坂本は少し身を屈ませ顔を近づけた。

「風邪ひかないようにね……あと、…私も辰馬のこと大好きだよ」

返事はいらないと言ったのに…

「……おまんはまっこと、末恐ろしい女子じゃあ」

言うがいなや坂本はかたらの唇を奪った。
人を惑わした罪に罰を、というより、あの夜にもらい損ねた餞別を頂こうと思った。

「んっ、…たつ、まぁ…っ」

もっと長く味わいたかった口付けは僅か五秒ほど。
殺気立った銀時が階段を下りてくるのが見え、坂本は素早くかたらから身を引いた。

「ちょ、てめっ、かたらに何してんだ辰馬アアアァァァ!!」
「銀時、許せ!アッハッハッハッハ」
「アッハッハじゃねーぞコラァァァ!シッシッ!お前なんぞさっさと行っちまえいっ!」

坂本は満面に笑みを浮かべて「ほんなら、さようなら〜」と大きく手を振り、ふたりに背を向けた。

「辰馬、てめー次会ったとき血祭りにあげてやるからなァァァ!!」

遠ざかる背中から笑い声が聞こえたが、やがて姿は見えなくなった。



「ったく、油断してた俺がバカだったぜ…」

言いながら袖口でかたらの口元をゴシゴシと拭く。

「んんっ…ちょっとやめて、銀兄っ」
「つーか怪我してるとはいえ、お前も油断しすぎなんだよ、このボケがっ」
「ぼっ、……もういい、銀兄なんか大嫌い」

かたらはむくれて階段を上り始めた。
本当は怒っていないが、わざと怒ったフリをする。心情はとても晴れやかだった。

坂本と笑顔で別れることができてよかったし、愛してると言われたことも正直にうれしかった。
その想いに応えることはできなかったけど、大好きという言葉、気持ちに嘘偽りはない。

四脚門をくぐったところで、後ろにいる銀時が口を開いた。

「……お前さ……あいつに惚れた、とか?…ないよ…ね?」

ことのほか弱々しい口調だったので、かたらは思わず吹き出しそうになる。

「銀兄、……やきもち?」

くるりと振り向けば、銀時の頬がほんのり赤くなっていた。

「…そーやって俺をからかうような発言ばかりしてっと、あとで痛い目に遭いますよぉー?」
「遭いませんんー…ぅいっ……あれ?…やだ、背中の傷が…」
「まさか……開いたとか言うなよ」
「……かもしれない」
「ホレみろっ、さっそく痛い目に遭ってんじゃねーかァァァ!」
「うう……っ」



ひとりの仲間を見送った。
それは寂しいけれど悲しくはない。

ひとつの希望を見送った。
願わくば、明るい未来が訪れますように…


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