先の戦から拠点の寺院に戻り十日程。
かたらの傷口も順調に塞がり、合計三十針にも及んだ縫合の抜糸も無事に済んだところ。
若さのおかげか回復は早いが、まだまだ安静を保たなければならない時期で、普通に動くことも、腕を動かすこともままならない状態だった。

しかし、じっと横になっているのも退屈なもの。
かたらは今朝方の診察時、専属医師の班長に頼んで、境内を散歩する許可をもらうことに成功した。

「あん?散歩に連れてってほしい?」

朝遅く訪ねてきた銀時に付き添いをお願いする。

「うん。…ちゃんと班長先生に断ってあるし、下半身は何ともないんだから散歩くらい大丈夫」
「大丈夫っつったって心配なモンは心配だろーが。…まぁー少しだけなら付き合ってやっけど」
「銀兄、ありがと。…それで、私の部屋から口当て布とかつらを取ってきてほしいんだけど…」

「何で?」

銀時の強い口調にドキリとする。

「…何でって、…男装…するから」
「んな必要ねーから」
「で、でもっ…ここでは男として」
「ったく、ほんっとバカ。もう偽る必要なんざねーんだよ。二度も言わせんなタコ」
「うっ…銀兄、口悪い……優しくするって言ってたのに…」
「甘えてんじゃねーぞ。こちとら我慢、我慢でまいってんだからよぉー」

「がまん?」

小首を傾げるかたらに、アレとか、コレとか、ナニを我慢してるとか、口にしたら切りがないのでやめておく。

「つーか、…お前のことはもう仲間に話してあんだよ」
「………え?」
「弓之助っつーのは本当は女で、しかも俺の妹、って皆知ってんの」
「………ええっ!?」
「まぁー安心しろ、俺の妹に手ぇ出す命知らずはいねーからよ」

いたらブチ殺す、と物騒な台詞を吐いている銀時にかたらは唖然とするしかなかった。

「…んで、おめーはここじゃ紅一点になるワケだからぁ、多少はヤラシイ目で見られるだろーが我慢しろな。俺も百歩譲って我慢する。…イヤ、でも視姦されんのはちょっとなぁー」

それもブチ殺すか、とひとり頷いている。

「あの、銀兄……それって、ここにいても…銀兄の傍にいてもいいってこと…?」
「あ?何を今更…俺の傍にいてぇなら傍にいりゃあいい。どうしたいか自分で考えろっての」
「………」

かたらは俯いてじっと黙り込む。

「……アレ?かたらちゃん、ソコ考えなくてもいいよね?答えなんてわかりきってるよね?」
「銀兄ってば自惚れすぎ。子供みたい。もっと素直に言えばいいのに……俺の傍にいてほしい、とか。もう離さない、とか」
「…おめーも十分自惚れてんだろ」
「銀兄ほどじゃないですぅー。…もうっ、着替えるから手伝って」

動かせる右手を伸ばし、枕元に置いてある風呂敷包みを指先で器用に解いていく。

「んん?その服、何?どーしたの?」
「昨日の夜、辰馬にもらったの。お見舞い品だって」

袴一式、着流しに羽織、寝間着の浴衣、肌着やら髪紐まで揃っている。着物は男物だが、ちゃんとかたらの背丈に合うものを選んであるようだ。

「辰馬のヤロー…帰りが遅いと思ったら、お前んとこ寄ってたんだな…」

悔しくもあるが、心遣いに感謝しなければならない。
銀時は着流しを手に取り、かたらの患者衣の上に着付けていった。





境内の木々も紅葉盛り。
歩く石畳の上には沢山の落ち葉が積もっている。
危ないから手を貸すと言う銀時の申し出を断って、かたらは慎重に足を進めていく。左肩甲骨骨折のため左腕は三角巾で吊るした状態、右腕も背中の傷のせいであまり動かせない。手を繋ぎたくとも怪我に負担がかかってしまうだろう。

ゆらゆらと、銀時が束ねてくれた夕色の髪が揺れる。
すれ違う者、皆が視線を向けてくるのでかたらは気恥ずかしくなった。

客殿を出て、食堂になっている納経所の横を通ると、何やら和気藹々と皆が落ち葉、枯れ枝を一箇所に集めている姿が見える。
訊けば近くの農家から大量にさつま芋を仕入れたそうで、これから焚き火で焼き芋を作るらしい。あとで客殿にも届けますよ、と自然に声をかけられてつい嬉しくなってしまう。

次に鍛練場。
銀時とかたらを見るなり群がってくる仲間たち。
早く治して稽古つけて下さい、また手合わせしてくれよ、と沢山の励ましと温かい言葉をもらった。

皆、戸惑いなくかたらを受け入れてくれる。女だとしても認めてくれる。
弓之助として築いた関係はそのまま続いていくのだ。それがどんなに喜ばしいことか、かたらは笑顔で感謝するしかなかった。



だだっ広い境内、やっとのことで桂大隊長のいる平屋に辿り着く。
かたらは縁側に腰をかけて小さく息を吐いた。背中の痛みで深呼吸できないのが難点である。

「ヅラー、開けてもいーか?」

コンコン。
銀時が襖障子を叩いた途端、ぬっと桂が顔を出す。

「銀時!丁度良いときに来た。先刻、偵察班から知らせが入ってな…ん?かたらっ!?」
「ちょっと散歩がてらここまで来ちゃった」
「お前…動いて大丈夫なのか?」
「うん、歩くのは平気だよ。…それより何か問題があったの?」
「ああそうだった、ふたりとも中に入ってくれ」

縁側の段差に苦戦するかたらを手伝って、部屋に入ると坂本もいる。

「かたら、よう似合っちゅう」
「ありがと」

かたらに贈った着物の色は自分が選んだもの。我が目に狂いなし、と坂本は満足気に顔を綻ばせた。

「雲行きが怪しくなってきた…」

ふたりが座布団に座るやいなや、難しい顔をして桂が呟く。

『?』
「空に不穏な動きがある、と連絡を受けた。近く、上空に天人の船が飛んでいる…と」
「今更、空飛ぶ船なんざ珍しくもねーだろ」

桂は首を横に振る。

「その船は客船でも商船ない、小型の船。三日前は遠くに見えたものが昨夜は近くまで来ていたそうだ」
「偵察船かもしれない、ってことだよね」
「偵察飛行っつったら、…ここいらの地形調べて戦の算段でも立てるつもりかぁ?」
「そうかもしれん。…何かしらの目論見があるのは確かだな」
「小太郎、他の部隊から連絡は?」
「まだ入っていない。本陣からの知らせもない故、こちらから伝書使を出しておいた」
「奴ら、とうとう業を煮やして強襲する気かもな…」

もしそうだとしたら、雲行きが怪しいどころか血の雨が降ることになる。
攘夷戦争が始まって既に十余年。
侍と天人、今まで流した血が同じ量だとしても、現在こちらは資金も人手も足りていない状態だ。
対して天人側は広い宇宙から幾らでも兵士を補充できる。その気になればすぐにでも、すべての攘夷軍を殲滅できるだろう。

「兎にも角にも、警戒を強めねばなるまい」

今は情報を待つだけだ。

「…ここを出て行く身だけんども、わしも出来る範囲で支援するがでよ」

皆の視線が坂本に向く。

「坂本、貴様は自分のことだけ考えれば良い。要らぬ心配はするな!」
「密偵でもしてくれるってか?」
「やめろ銀時、そのようなこと頼めるわけなかろう!」

銀時は怒る桂の頭を小突いた。

「バーカ、冗談に決まってんだろ」
「う…冗談でも口にしてはならんことがっ」
「小太郎、落ち着いて」

かたらは右手で桂の拳を押さえてから、銀時をじろりとにらむ。
坂本がいなくなる、そのうえ天人の不穏な気配。桂の不安に追い討ちをかける真似はよくない。

「…まっこと、すまんのー…」
「謝らないで、辰馬。…この先、確かに不安だけど…私たち、きっと乗り越えてみせる。だから、小太郎の言うとおり…辰馬は自分の成すべきことを最優先しなきゃ、ね?」
「かたらもヅラも優しい子やき、わしゃ嬉しいぜよ。宇宙での商い、早う軌道に乗っけて後方支援しちゃるき、待っとってほしいちや」

少し寂しげな笑顔を見せる坂本。
坂本とて、先の不安があるし、置き去りにする仲間を心配しているのだ。その気持ちを無下にはできないと、桂は降参する。

「…致し方あるまい、気長に待つとしよう」
「アッハッハ、ほがな風に言われたち、何が何でも成し遂げて見せるしかないの〜」

生まれ持っての陽気な性格。こうやって場の空気を明るくできる優しい男。
この血塗られた戦場にはそぐわない。否、そぐわないのではなく勿体無いというべきか。

誰よりも、未来という先を見据え、空の大海に旅立つ男なのだから。


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