暗夜の灯


ひとつ、ふたつ、星が増えていく。
そのうちにあっという間に夜空は星屑だらけになった。

私用でしばらく町に出ていた坂本は提灯もさげずに拠点への道のりを急ぎ歩く。背負った荷物はかたらへの土産、もとい見舞い品。それを早く渡したくて、もとい早くかたらの顔が見たくて足を弾ませていた。

長い石積み階段を上り、門番と合言葉を交わして、寺院の四脚門を通ってすぐ側の客殿へと直行する。戦後の客殿はしばしの間、重傷者の看護部屋として使われており、かたらもそこに世話になっているのだ。
坂本は救護班長に断ると、かたらの休んでいる個室部屋を訪ねた。

コンコン、と戸を叩く。
返事がないなら寝ているのだろう。とりあえず部屋の中に入ることにした。

「かたら………寝ちゅうがかぇ…?」

覗き込めば横向きに眠っているかたらの姿。夕色の髪が垂れ、顔半分を隠している。
坂本は指先でそっと髪を拾い耳にかけてから、その寝顔を眺めた。薄暗い室内灯でも生気ある顔色だと判ってホッと胸をなでおろす。

今のかたらはどこからどう見ても可憐な少女。
なのに、清楚のなかに潜む色気を感じてしまうのは、自分の欲がそうさせているからだろう。

「………」

自然と、体が勝手に動き出して少しずつ距離を縮めていく。こんなに間近で、息が触れ合うのは初めてだった。吸い寄せられるように唇と唇が微かに触れる。

「……っ」

何をためらう必要がある?銀時はいないし、かたらも寝ている。
ただの接吻くらいどうということはない。餞別にもらったと思えばいい。この機を逃せば次はないだろう。宇宙に出てしまえば、もう二度とかたらに会えないかもしれない。触れることも叶わないかもしれない。

恋い焦がれる故に生まれる心の葛藤。それは己の弱さ。
坂本はふっと自嘲の笑みを漏らし、かたらから身を引いた。

『辰馬どの、恋すれば人は強かになりましょうが、時に弱く臆病になるものです』

ふと馴染みの遊女の言葉を思い出す。

『たとえ報われぬ恋でも、叶わぬ恋でも、横恋慕だろうと関係ありませぬ。恋は恋、想いは自由…』
『ほんなら、わしゃどうすればえいがか?当たって砕けて笑って誤魔化す?…ほがな格好の悪いことはご免ぜよ』
『想いを告げるか秘めるかは、辰馬どのが決めること。砕けたとて誰かが骨を拾いましょう』

振り返れば何度も砕けている事実。
かたらと出逢った最初からこれまで、坂本は幾度となく愛を囁いてきた。無論、それを冗談と取られているのもわかっているし、本気と言えばかたらが困るのも目に見えている。

しかし、あと三日しかないのだ。
三日後の朝が別れの日。長く居ついたこの場所と仲間の元を離れる日。

「……かたら」

せめて、最後くらい男らしくハッキリと、本気の想いを告げてもいいのではないか。
坂本はかたらの頬に触れ、やさしく撫でる。

「ん……」
「かたらちゃん、起きたぁ?」
「んう……ぎんにぃ…?」

かたらは重い目蓋を少しだけ上げ、幼子のように甘えた声を出した。

「…銀兄じゃのうてすまんの〜、辰兄ちゃんじゃ」
「辰にぃ…?」
「そうそう、辰兄ちゃん。…ふむ、こがな妹がおったら溺愛するがも無理ないのう」
「あ…辰馬……帰ってきた…?」

次第に瞳を開いて目を覚ます。

「おまんの顔が見とうて直行しちゅう。…傷の具合はどうながや?」
「うん……順調、だよ…」
「そう聞けば安心ちや。早う治して元気にのうてほしい」
「ん……ありがと、辰馬…」



結局、その夜は言えず仕舞い。本人を目の前にすれば、恐れをなして逃げる心。自分らしくない、そう感じながらもあきらめて、想いを封じることにした。

暗く沈んだ戦の世界。
途方もなく血塗れた世界に途方に暮れていた己。闇を払えど飲み込まれ、夢も希望も忘れかけていた。
そんな暗闇の中、突然現れた光。弱々しく、時に強く、その光明は辺りを照らしてくれた。

今はただ、暗夜の灯に出逢えたことに感謝する。


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