うっすらと目を開けた。
すべてが霞んでいる。まるで朝靄の中にいるような感覚だと、かたらは思った。

視界が白いのは、うつ伏せに寝ているから。ここは治療台の上なのだろう。
背中の傷はどうなったのか。痛みは然程感じられず、熱をもっているのかどうかもわからなかった。それでも首が苦しいので、反対側にゆっくりと慎重に向き直す。

首を動かせたことにホッと一安心。横目で視界を探ると、またもや白いかたまりが見えた。それは昔からよく見知っているもの。
手を伸ばして触れたくとも、腕は動いてくれなかった。

「…坂田……ごめ…ん……」

かわりに唇からこぼれた言葉。
腹に力が入らないせいでいつもの低い声が出せず、ただのか細い女の声になっていた。

「坂田……ごめんね…」

無茶をしたことに後悔はしていない。けれど、銀時を怒らせてしまった。
あれは怒るというより悲しみのほうが強く見えた。あんな悲痛な表情をさせたのは自分のせい。自然と涙があふれ白布を濡らしていく。

「坂田なんて呼ぶんじゃねーよ」
「!……っ」

急に白い毛玉がうなるように喋った。

「…もう、てめェを偽る必要はねーぜ」

銀時がむくりと顔を上げる。

「ぎ、ん…」
「もう疲れただろ?……俺は疲れた…」

言いながら指先でかたらの涙を拭う。

「…俺ァずっと、気づかねーフリしてた。お前のために黙って…イヤ、おめーが偽るから俺まで偽る羽目になっちまったんだ」

やっぱりバレていたのかと、居た堪れない気持ちに襲われて、かたらは声を絞り出した。

「ご…めん…なさい…」
「謝んな。…お互いバカだった、っつーことで痛み分けにしといてやる」
「……っ」
「それに、おめーはしばらく怪我人だ。そいつが治るまでは優しくしてやる」
「……銀に、い…」
「ん?…背中、痛むのか?…もう少しすりゃ、班長先生が痛み止め打ってくれるからよ」

かたらはじっと銀時を見つめる。
今、何を伝えるべきか考える。言いたいことが沢山ありすぎて頭の整理ができない。

少しの沈黙、それを先に破ったのは銀時だった。

「悪かった……って俺が謝ると、お前は自分を責めんだよな…」

独り言のようにぽつりと呟く。

「護るつもりが護られて…そんなことが何回もあって……思い知った」
「……?」
「お前がここまで強くなったのは、…強くなろうと努力したのはよ……俺の隣に立ちたかったから、そうだろ?」
「………」
「自惚れてるって?…そうさせてんのはお前だろ。お前、俺のこと大好きだもんなぁー」

にやり、とやさしい嫌味を言う。
それが嬉しくてかたらは素直に微笑んだ。

「うん、…大好き…」
「……はいはい、わかってます。んな直球に言われると恥ずかしいだろ、俺が」

懐かしいような言葉のやりとり。
それだけで十分に互いの気持ちを確認できる。

「私ね……護られてばかりだったから、今度は…私が銀兄を助けて…護ってあげようって、…護りたいって思ってた…」
「そうか…」
「強くなれば…銀兄の傍に…近くにいられる……だから、私…っ」

涙が止まらない。

「だって…わ、私の…帰る場所、は…」
「もういい、無理して喋んな。…おめーは強くなったよ。陰で何度も俺を助けてくれたじゃねーか。…言っとくけどな、全部気づいてたからね、俺は」
「……ほん、とに…?」
「ああ、嘘じゃねーよ」
「……そっか…」

かたらは揺らぐ視界を閉じた。
銀時の言葉で、今までの努力が、苦労が報われていく。

「あとな、引っ叩いたのは謝る。あれは俺が悪かった……見当違いもはなはだしいってな」
「?」
「お前を責めるのも違う、自分を責めるのも違う。…俺らが庇い合って、どっちが傷ついても結局…同じことだからな」

ふたりでひとつ。
片方の痛みはもう片方の悲しみになる。そして、その逆もまた然り。

「怪我したって助かりゃいいんだ…生きてりゃ上出来。嫁入り前の体に傷があろうとも、お前を嫁にもらうのはこの俺だからな」

安心しろ、と真剣に言う銀時の頬が少し赤くなっていた。照れを隠す必要もなかった。

「とにかく今は寝てろ。話は戻ってから聞いてやるから…それと、元気になったら覚悟しとけよ?」
「ん…わかった…覚悟しとく、ね…」

かたらはできる限りの笑顔を見せた。
そんなことを話していると、すぐにでも目の前の銀時に触れたくなる。
それが叶わないならせめて…

「…ね、銀兄……私の名前、呼んで…?」

弓之助じゃなくて、本当の名前を…

「…名前なんてよぉ、これから嫌というほど呼ぶことになんだろーが」
「だめ…今、聞きたい…」

銀時は観念して小さく息を吸った。

「……かたら」
「うん、…なぁに?」
「なぁに?じゃねーよ」
「銀にぃ…もういっかい……」

名前を呼んでもらえた幸せに、かたらの意識がまどろんでいく。
体は重く沈むのに、心は喜びに浮上して、そんな感覚がどこか懐かしかった。


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