林に入り、銀時たちは緩やかな渓流沿いを下っていく。
野営場所に向かう負傷者は何気に多い。自力で歩く者もいれば、友に支えられ歩く者もいる。死に直面している怪我人だってかたらだけではない。そんなことは百も承知、わかっているが優先させねば気が済まない。

「…銀時、おんしゃ…いつから気づいとったんじゃあ?」

坂本は斜め後ろを走りながら訊いてみた。

「あん?…こいつがかたらだってぇ?……いつだっていーだろ…!」

答える気がないのか、余裕がないのか、銀時は口をつぐむ。
もしかして、最初の段階で弓之助がかたらだと気づいていたのではないか。坂本はそう思った。

「そうじゃのう、いつだってかまわん……今はかたらの治療が先やき」



救護班の野営場所に着くと、そこは新たな戦場と化していた。
運ばれてきた怪我人の手当てに追われ、看護人が慌ただしく動き回っている。そんな現場に気圧されている暇はないと、坂本は目当ての人物を探した。
周りを見渡し、奥側の布張り天幕からその人物が出てくるのを見つけて駆け寄る。

「班長殿っ!」
「!…坂本殿、白夜叉殿まで…如何なされました?どこか怪我でもなされましたか」
「わしらじゃのうて、こっちの若いのを診て頂きたい」

坂本は銀時を屈ませて、かたらを固定していた布を取る。血塗れた姿を見れば出血量の推測は容易いだろう。

「…弓之助君…!」
「!…班長殿、弓之助を知っちゅうんですか」
「ええ、…とにかく中へ運んで下さい、すぐ処置に入りましょう!」

言って班長は助手の看護人を呼ぶ。

「ほれっ、銀時早う入りぃ」
「……っ」

かたらを天幕の中へ運び、空いている台へうつ伏せに寝かせると、班長と助手が医療器具一式を傍らに置いた。

班長はかたらの衣装にハサミを入れていく。
助手の青年がかたらの腰に巻いてあるものを外して銀時に手渡した。背中下から腰周りにかけての大きな革帯。武器一式はともかく、道具箱には大きな爪痕がついている。

「どうやら、それのおかげで傷の数が減ったようですな…」

忍装束も、その下のさらし布も取り払って、消毒液をかけて古い血を流し落とす。
かたらの背中には横二本の長い爪痕。

「静脈性出血と言えど、こう広範囲だと出血量も多い…」

傷口を洗浄し、損傷の程度を確認する。

「…ですが、助かりますよ」
『!』

もちろん、まだ手放しでは喜べないが、信頼している仲間の医師の言葉に安堵を隠せない。

「運よく脊椎損傷を免れています。…左肩甲骨の骨折、筋肉や皮膚の細胞組織の損傷は治りますからね」
「ああ、よかったやかぁ…」

坂本はほうっと息を吐いて銀時の腰をたたいた。

「ただ、後遺症がないとも限りません。…それだけは覚悟を」
「分かり申した。班長殿、よろしく頼みますゆえ、何卒……あっ!」

肝心なことを話すのを忘れていた、と坂本は焦る。

「あの、班長殿ぉ……実は弓之助は男じゃのうて女子やき、…できれば今は内密に…」
「心配いりません。それに体付きを見れば判りますよ」
「……では、一旦わしらは失礼します。一段落したら来るき、弓之助を頼みます」
「ええ、承知しました」
「…ほれ、銀時行くぜよっ」

坂本はぼんやりと動かない銀時の腕を引いて天幕を出ると、近くの樹下に座らせた。

「かたらには班長殿がおる、心配はいらん」
「………」
「おまんはさっきから黙っちゅうが……わしに話を聞いてほしいのか、ひとりにしてほしいのか、どっちじゃ?」
「………」
「…体張っておまんもかたらを護った、かたらもおまんを護っただけじゃき、傷負うは覚悟の上」

銀時は俯いたまま、伸びた銀の前髪に隠れその表情は見えない。

「かたらは一番大事なもんを……銀時、おまんを護りとうてここにおる。こがな戦場に身を置く理由なんぞ、おまんの傍にいたいからに決まっちゅうろう…」
「辰馬、もういい……ひとりにしてくれ…」
「!……っ」

力ない声に返す言葉もない。坂本は黙って背中を向け歩き出した。



***



秋の日は釣瓶落とし。
辺りを照らす夕日もじきに沈む。

桂部隊は滞りなく戦場処理を終え、拠点に戻る手筈を整えていた。行きは良くとも帰りは難儀、負傷者を支えながら二日はかかる算段である。
ともあれ今夜は救護班のいる川下を野営地とし、一泊することに決まった。

桂が大隊長としての仕事をこなした頃には夜も更け、戦で疲れた仲間たちはぐっすりと休んでいる。
見張り人に労いの言葉をかけて救護班のところに向かうと坂本を見つけた。

「おおヅラ、お疲れさん」
「坂本、すまないな……銀時は…」
「中におる。かたらの傷口の処置も無事に終わっちゅうし、これで目が覚めれば安心ろう」
「…そうか」
「中に班長殿もおるき、話したらええ」

桂は勧められるままに天幕に入った。
広めの即席小屋には数人の重傷患者が横たわっており、それぞれ点滴を打たれ眠っている。

「…班長殿、失礼させてもらう」

静かに声をかけると班長が振り向いた。

「桂殿、お疲れ様です」
「いつも世話になり感謝する……皆の具合はどうだろうか」
「落ち着いてきたところです。今は痛みを和らげる薬を投与したので眠っていますが…」
「班長殿、皆の早期回復の手助け…よろしく頼みます」
「ええ、手を尽くしましょう」

桂は少し安堵の息をつき、かたらと銀時の姿を探す。
それを察して班長が小屋の奥、白い布で仕切られた一角に桂を案内した。

「!…かたら…っ」

治療台にうつ伏せに寝ているかたらに近寄れば、その傍らに銀色の頭があった。

「…どうやら白夜叉殿も寝てしまったようですね」

戦で疲れた体が睡魔に勝てるはずもなく、すうすうと寝息を立てて台の隅に突っ伏している。
班長は銀時の肩に毛布をかけて、かたらに視線を移した。

「弓之助君は背中の傷が塞がるまでは安静にしてもらいます。ひと月は様子を見ることになりましょう」
「そう…ですか…」
「後遺症の有無で今後の身の振り方が決まるのは…ここにいる皆同じですがね」

外傷の程度や、治癒しても何らかの機能障害が残る可能性を危惧する。それが原因で戦から身を引く者も多かった。

「元々、男子と偽り戦に出ていた身……戦えぬとなれば女子に戻ってもらうまでです」

言って桂はかたらの頬をそっと撫でる。

「弓之助…否、かたらは銀時の妹…俺にとっても大切な妹です。戦場に身を投じてほしくない…しかし、兄妹離れ離れにするのも心苦しいのです…」
「桂殿、…傍にいなくとも共に戦うことはできますよ。我々のように…」

班長が微笑むと目尻のしわが深くなった。

「?…班長殿、それは一体…」
「弓之助君は将来、…医師になりたいと言っていました。すでに医学知識も十二分にもっています」
「!」

かたらが医学に興味があるのは知っている。だからこそ桂は三年前の誕生日に医学の教本を贈ったのだ。
でも、医師になりたいという言葉を直接聞いたことはなかった。

「弓之助君さえ良ければ、救護班に身を移すのも良いでしょう。足りないものは実技経験ですから、彼…いえ彼女の勉強の場になりますし…」

なるほど、と桂は無意識に小さく頷く。

「我々も勉強になるのですよ。弓之助君の医学知識は幅広く…薬師(くすし)としては完璧と言える腕前ですからね」
「そう…でしたか。俺もこの部隊に戻ったばかり故、班長殿と交流があったとは露知らず…」

薬師としての開花は亡き恩師の親友、藤咲弦之助のおかげなのだろう。桂が考え込むと、班長は優しく言葉をかけた。

「桂殿、この話は弓之助君が元気になってからにしましょう。あなたもお休み下さい」
「申し訳ない。…班長殿、しばしの間、兄妹を頼みます。拠点に着くまで銀時をこちらの護衛に付ける故、手伝わせてやって下さい」

頭を下げて天幕を出ると、桂は坂本の座っていた場所に向かう。
十数歩進んだ先の樹木に寄りかかっている姿が見えて、待っていてくれたのかと何故か安心した。

「坂本、向こうに戻るぞ。……おい、坂本…?」

返事がないのでしゃがんで見れば、小さないびきをかいているではないか。

「何だ…お前も寝てしまったのか…」

桂はふっと苦笑する。
起きていたなら、かたらのこと、この先のことを話したいと思っていたが、その必要はないと考え直す。

かたらのこれからは本人が決めること。
それに、坂本はあと二週間もすれば去っていくのだ。
それぞれの志に水をさすつもりはない。止める権利などないし、夢ある道を羨んだりはしない。

自分にだって夢があるから。
亡き恩師の果たせなかった道を、血を流してでも切り開いてみせる。
本当の夜明けを見るまでは、この歩みを止めてはならぬ。そう自分の魂に誓っているから。


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