護るべき人


陽も出ぬ早朝、山霧に包まれて時を待つ。
十一月初旬のある日、桂率いる部隊は山腹に身を潜めていた。

拠点よりそう遠く離れていない土地、そこに天人が侵入し、何やら基地を建て始めたと情報が入ったのが十日前。別部隊の偵察隊が見つけ、即刻知らせを回してくれたおかげで準備は万全。他の三部隊との共同戦線を張ることになった。
敵の基地はまだ建設中、爆発物も仕掛けやすい。それを夜のうちに別部隊がやってのけ、後は日の出と共に爆破起動するだけ。それが襲撃の合図でもある。

次第に山霧が上昇し視界が晴れていく。
遠く向かいの山頂に夕日のような空が広がって、すうっと太陽の縁が顔を出した。


ドオオォォォオオン……ッ!!


地鳴りが響き、けたたましい鳥の鳴き声がこだまする。

「皆の者、進めっ!」

大隊長の声が届かなくとも、やることはわかっている。同志たちは斜面を下り、一斉に向かっていった。
銀時と坂本はそれぞれ先陣を任されており、すでに姿は見えない。

「…どうやら向こうも戦に備えていたようだな」

基地周辺、後方から大勢の天人が現れ雄叫びを上げている。見た限りの数だと、こちらの全部隊合わせた兵の数が勝っているだろう。

「かたら、俺から決して離れるな。…行くぞっ!」
「弓之助だって言ってるでしょう!桂さんっ」

後陣も続いて出ていく。
こちらから仕掛けた戦、必ず勝ちを取らねばならぬ。桂たち後陣は大きく旋回し基地の裏手を目指し進んでいった。





敵の強さは中程度といったところか、しかし安心はできない。天人の傭兵民族のなかに、まれに恐るべき戦闘力を持っている種族が紛れていることは多々あるのだ。
桂たちは刀を振るいながら裏手に回りこんだ。爆破された建物の残骸で足場も悪いが、そんな悪条件にも慣れている。

「ヅラァ!久し振りだなァ」
「!……高杉っ」

敵を粗方片付けた頃、鬼兵隊の頭首から声がかかった。高杉は刃についた血を払い、こちらに歩いてくる。

「ヅラァじゃない、桂だ!」
「無事の帰還で何より。……弓之助、元気にしてたかァ」
「はい、高杉さんも元気そうで何よりです」
「高杉、弓之助に触れるなっ」

桂はかたらの鎖頭巾に手をのせようとする高杉の腕を掴んで止めた。

「!…ヅラは知ってんのか…」
「弓之助がかたらだということは承知している。知らぬは銀時だけだ」
「あいつ…まだ」

高杉の言葉を遮るように遠くから悲鳴が聞こえた。

『!!』

何事かと視線を向ければ、鬼兵隊の一人が息を切らして駆け込んでくる。

「高杉さんっ!…はぁ…て、手に負えないっ敵が…っ」
「強敵出現か…!」

ニッと口元は笑みを作るが目は笑っていない。高杉は仲間を助けるべく走っていってしまった。
かたらは桂を見上げる。

「よし、俺たちも行こう。合流はその後だ」
「はいっ!」



その敵の身の丈は軽く大人二人分を超えていた。ずっしりと横にも広い。一見、動きが鈍そうに思えるが予想は裏切られる。俊敏に動き回り、味方が次々と倒されていく。
巨体天人の両手には大きく鋭い鉤爪が装着されており、近づけばその爪に引き裂かれるだろう。迂闊に手が出せない上、突進されてはひとたまりもない。

見れば、背後に回った高杉の一撃さえ撥ね退けている。
かたらは腰の武器箱から棒手裏剣を取り、構えた。防具に包まれた巨体、狙える急所は顔のみ。

「………っ」

やはり、こうも俊敏な対象物だと狙いが定まらない。かたらは次の行動に移った。

「桂さん、俺が囮になります!その隙に攻撃を」
「囮だと!?お前にそんな危険なこと」
「いいから任せて下さい!」
「かたら、待てっ!」

制止を振り切ってかたらは走り出す。
少し近づいたところで棒手裏剣を数手放つ。これは敵の気を引かせるためだ。

「!」

巨体はかたらを見つけると獲物と決めて突進してきた。その振動が足元を揺らすがしっかりと踏ん張る。敵が正面を向いた今が勝負の時だ。

シュッ…!

かたらは狙いを定め、力いっぱい棒手裏剣を投げる。それが目を貫くのを確認する前に次弾を続けて放った。
しかし、そいつは痛がる素振りもなくかたらに迫る。

「…くっ…!」

腰から引き抜いた刀であの鉤爪を払えるとは思えない。もう避ける術もない。

『かたらっ!!』

桂と高杉の声が重なり、

ドスッ…!

肉を切り裂く音も重なった。

高杉は巨体の右腕を、桂が左腕を切り落とす。かたらは瞬時に跳躍して巨体の胸に乗り首を貫いた。

ドオォォン…

巨体天人が土煙を上げて倒れると、同志たちの歓声に包まれる。

「ククッ…無茶しやがるぜ…」
「かたら!お前、どういうつもりだっ!お前に何かあったら俺は」
「倒せたんだから文句言わないで下さいよ、桂さん」

言いながら、かたらは目元に飛んだ返り血を袖で拭う。

「高杉さんもありがとう、助かりました。隙を作るつもりが結局、作ってもらったのは俺でしたね」
「オイ、そのよそよそしい態度どうにかなんねェのか」
「今は弓之助、ですから」
「おいっかたら、俺の話を聞け」
「かたらじゃない、弓之助って何回言ったらわかるんですか!」
「なっ…!」

桂は口を開けたまま固まった。それを見て高杉が代弁する。

「まァ、言わずともわかってんだろーが、…おめェに何かあったら銀時に顔向けできねェってこった」
「……」
「どうせ命張るなら大事なときにしろや」
「……はい」
「ん、今日はやけに素直じゃねェか…」

コホン。桂は咳払いして二人の世界を壊した。

「弓之助とやら、そろそろ行くぞ。ここで足を休めている暇はない」
「はい」
「俺たち鬼兵隊も正面に回る」

高杉はてきぱきと指示を出し、数人引き連れて桂たちの後をついて行った。


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