コン、コン。

朝方、部屋の襖障子を叩く音に振り返る。

「…かたら、少々話があるのだが…入れてもらえんか?」

スッと隙間を開けて外をのぞく。

「小太郎、本名で呼ばないで。かたらじゃない、弓之助です」
「…ならば俺も言わせてもらうぞ。小太郎じゃない、桂さん、だ」
「失礼しました。桂さん、お入り下さい…」

かたらは自室に招き入れると、座布団を出して勧めた。桂は礼を言い静かに腰を下ろす。

「……かたら、お前」
「弓之助、です」
「…ふたりきりのときくらい、本名で呼んでも良いだろう?そう不機嫌になるな」
「別に不機嫌じゃないです。私は心配なの」
「案ずるな、俺はボロは出さん。銀時の前でかたらと呼ぶこともなかろう」
「ん〜…大丈夫かなぁ…」

桂はハハ、と笑ってからコホンと咳払いした。

「…お前に贈りたい物があるのだが…」
「私に?」
「先日、誕生日を迎えただろう?その祝いに、と思ってな」

言いながら、かたらの背後に移動する桂。おもむろに懐から櫛を取り出して夕色の髪をとかし始めた。
痛んだ髪は所々櫛の目に引っかかり、それを丁寧に解していく。

「毛先が絡まってて、ひどいでしょ?」
「…ああ」
「少し伸びちゃったから切ろうと思ってるの。…長いとかつらの固定が上手くできなくて…」
「そのうち、かつらなぞ必要なくなる。お前アレだぞ?そんなん被ってるとハゲてしまうぞ?」
「うっ…それは心配事のひとつなんだよねぇ」

桂はとかし終えると小瓶を取り出した。これには髪油が入っている。
手のひらに数滴垂らし両手でのばして、かたらの髪に馴染ませていく。

「!……この匂いは……花の露…?」

『花の露』とは昔、かたらが愛用していた香油の名前だった。

「懐かしいだろう?…この微かな花の甘い香り、お前といえばこの匂いだ…」
「松陽先生が選んでくれた香油だから、…ずっと同じものをつけてたんだよね…」

かたらは先生に助けられた日を思い出す。
風呂から上がり、新しい着物を与えられた後、今の桂と同じように先生が髪に香油をつけてくれた。
懐かしき優しい記憶。かたらにとって、この匂いこそ先生を思い出すものだった。

「お前ももう十六だ。年頃の娘らしく華やかに暮らすこともできたのに、よもや戦地に身を置くとはな…」
「ふふ、そういう楽しみは取っておくの。いつか…戦争が終わったら思う存分、女の子らしくするよ?」
「…そうか…ならば俺も楽しみにしておこう。……ほら、綺麗になったぞ」

桂は嬉しそうに夕色の髪を撫でる。
ぱさついていた髪がしっとりと艶やかになって、かたらも手櫛で感触を確めた。

「すごいっ、これで髪がまとまりやすくなったよ」

結局、綺麗にしてもその上にかつらを被ってしまうのだ。
それでも毎日手入れをすれば髪の痛みも治るだろう。苦笑しつつ桂は小瓶を手渡した。

「使ってくれ。…否、使ってほしい…」
「ありがとう、小太郎。…でも、匂いが…」
「元々この香油の匂いは強いものではない。少しつける程度でその上、かつらを被るのなら問題なかろう」
「そ、そうかなぁ?…わかった、なるべく使うようにする」

ありがとう、とはにかむ姿はまごうことなき乙女の姿。
なのに男装した途端、別人になるのだ。役者も顔負けの演技。変装も面白そうだと桂は思った。

「…では今日の予定を言い渡すぞ、弓之助とやら」
「ぷっ、とやらって…あははっ」
「コラ、かたら…あっ間違えた弓之助だった」
「もうっ桂さん、しっかりして下さい。ボロを出されたら困るんです、俺が」
「大丈夫だ、心配するな。…ではいいか」

かたらは大隊長・桂小太郎の補佐として今日、新たな始まりを迎えた。
心機一転、頑張ろうと密かに誓ったのは坂本のために、桂のために。そして何より銀時のためだ。





桂との話を終え身支度を整えると、かたらは朝稽古をすべく鍛練場へ向かった。
その途中、めずらしく銀時と出くわす。

「あ、弓之助…」
「今日は随分と早起きだな、坂田。…朝稽古か?」
「違ェーよ。早く目ェ覚めちまったから、食堂に食いモンあさりに行ってたの」
「なら、今から一緒にどうだ?」
「ヤだね、俺ァ昼稽古派なんだよ。知ってんだろが…」
「はいはい、どうせ部屋に戻って二度寝するんだろ?…じゃあな」
「うるせーよ」

言い合って、双方すれ違う。
そのすれ違いざまだった。

「……!」

銀時はゆっくりと振り向いた。けれどもう、そこに姿はなく…

「…この匂い……」

微かな香りだけが鼻に残る。それはとても懐かしく、愛おしい…


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