翌日。

攘夷の貴公子、桂小太郎が拠点に戻ると同志たちは喜びの声をあげた。
齢十九にして大隊長を務めることに誰も異論はない。それ程、桂に対する信頼は厚いものだとうかがえた。
今は亡き恩師、松陽に憧れていた少年はその遺志を継ぎ、尚且つ自分の意志をしっかりと真っ直ぐ掲げ、人を惹きつける好青年になっていた。

銀時も桂が無事に帰ってきたことに安堵し、素直に笑顔を見せている。それを見て、思わずかたらも目元を緩めた。
記憶の中のふたりが甦り今に重なる。本当に随分と成長したものだと、しみじみと感じ入る。





夜になると、坂本が平屋の庭で焚き火を起こしていた。銀時も隣に並んで木の枝で火中の木片をつついている。

「……何してるんだ?」
「何って、見てわかんねーの?焚き火に決まってんだろ」

かたらは銀時を睨んで、坂本に視線を向けた。

「ん〜、ヅラに頼まれての。…弓之助、おまんも近う寄って温まっちょき。身体ば冷やしたらいかんぜよ」
「子供は風邪ひきやすいからなー」

銀兄に言われたくない。と思いつつかたらはその隣にしゃがんだ。
炎が安定してゆらめき、身も心もあたたかくなる。手のひらを火に当てると、同じように銀時も手を伸ばしていた。お互い横目でちらりと目を合わせ、逸らす。
かたらは何となく違和感を感じて自分の手をさっと引っ込めた。

「坂本、すまないな…」

桂の声に振り向けば、腕には何やら物を抱えていた。

「…大隊長の遺品はこれだけだった」
「戦に出ちゅうモンは大抵ほがなもんちや…」

かたらはこの焚き火が何のためかを理解した。遺品の供養をするための、お焚き上げというものだ。
桂は遺品を少しずつ火の中に入れていく。紙物は一瞬で灰になり夜空へと舞い、布物は木片と共に炭と化す。
皆で黙祷を捧げ、火が消えるまで見守った後、桂は大隊長の部屋に、銀時は自分の平屋へと戻っていった。



「…弓之助、ちっくと付き合うてくれんかの…」

坂本に言われてかたらは首を傾げる。

「…わしと夜の逢引ぜよ」
「いいよ」
「!?………ええの…?」
「散歩なら」

かたらが歩き出し、慌てて坂本もついていく。

「…どこ行くがぁ?」
「鳥居のところ」

目指すは仏堂、鳥居をくぐった先にある。
元気がない坂本をどう励ませばいいのかと、かたらは考えながら歩いていた。優しい言葉をかけるのは簡単だが、言葉は時として人を苦しめることもある。ここは慎重に行動しなければならないだろう。

そんなこんなで悩んでいるうちに鳥居を越えて仏堂の階段下まで来ていた。

「星がキレイじゃの〜」
「…そうだな」

口当て布を下げると、思いのほか空気が冷たい。それが心地良くも感じた。
石積みの階段に並んで座り、星を眺める。
夜空を見つめる坂本、その横顔がどことなく哀愁を漂わせていた。

「……夢追わぬは一生の後悔を背負う」

己の信念を貫き、確固不抜の精神を持って成し遂げよ。それは亡き大隊長の坂本への遺言だった。

「弓之助……、わしゃ宇宙へ行こうと思っちゅう…」
「宇宙へ……?」
「あの星空の向こうじゃ…」

唐突に告げられて何と言っていいのかわからなかった。

「わしにゃ〜でっかい夢がある。宇宙まで行かんと叶わん夢じゃき、行きゆうとて上手くいく保証なんぞどこにもない。…けんど、行かにゃあわからんこともある」

ふと、かたらは坂本と出会った日を思い出す。
夜の洞窟で、ろうそくの灯りに照らされながら、夢を語る瞳は少年のように輝いていた。

坂本家は元を辿れば商家出身、豪商の分家で莫大な財産を持ち、裕福な暮らしだった。故郷を出るときも表向きは武士として、本心では夢のため、小じんまりと収まるよりも外に出て大商いをしてみたかったそうだ。
しかし、そんな坂本の夢も攘夷戦争に阻まれ薄れていく。戦争がなければ、終結するならば、まっすぐ夢を追いかけていただろう。

「……商売人の血が騒ぐ…とか?」
「そうかもしれんのう…」

ひんやりと澄んだ空気に小さな溜息が消えていく。

「わしゃあ戦は好かん。…このまま天人と戦っちょっても誰も救えん、何も変わらん。…わしゃ仲間が死ぬのは見たくないちや」

かたらとて心底ではそう感じている。

「じゃから…宇宙相手に大商いばしようと思っちゅう。国を護りたいなら、まず敵の懐に入り敵を知ることからじゃ。商いを通じて天人と地球人の調和ばはかる。わしにゃあ、ほがなやり方があっちゅう気がしてのう…」
「…自分らしく進んでいければ…それが何よりだよ、辰馬…」

名を呼ぶ声があまりにもやさしい音色をしていて、坂本は視線をかたらに移した。その声色は弓之助でなくかたら本来の声。

「みんな…悲しみや憎しみばかり積み重なって、心がすり減って、鉛のような体を引きずって…それでも進んでる…」

そんな姿を見せまいと、無理をすればするほど苦しくなる。桂の心労だってそうだ。

「止まりたくても止まれないんだよね……負けたくない、自分の信念を曲げたくない」
「…今は皆が皆、同じ思想を掲げちょるが…いずれ見つけるろう、おのおの自分なりのやり方っちゅーモンがあると、…気づくときが来るはずちや」
「そう…だといいな…」

ぽふっと坂本に頭を撫でられた。励ますつもりが励まされている。

「かたらはまっこと優しい子じゃの。…おまんは自分の心配だけしちょったらええきに…」
「私もね…戦は嫌い。ここにいる理由はひとつだけ…大切な人を護りたいから。…仲間のため、国のため…そう考えても結局、私にとって一番は」
「みなまで言うな、わかっちょる。誰だって護り護られ、人は支え合って生きてゆくモンやき!」
「……辰馬…何か怒ってる?」

坂本があからさまに口をへの字にするので、何か失言でもしてしまったかと心配になった。

「やきもち焼いちゅうだけじゃ」
「やきもち?」
「あ〜…気にせんでええ。…それより何で女口調になっちゅうがかぇ?かたらちゃん」
「……何でだろうね?自分でもよくわからない…気が抜けちゃった感じ、かな」

互いに微笑みを向ける。

「…わしゃ、ひと月後にここを発つ。冬を迎える前に一度故郷に帰り仲間を募る。宇宙へ行くには船が必要じゃき、商船ば作らんとならんしの〜…やることは山積みぜよ」
「そっか……そうだね…」

寂しくなるね、がんばって、応援してる、とか頭では浮かぶのに言葉にできない。

「かたら、…おまんの仕事も今日で仕舞いぜよ。明日からヅラの補佐になるちや…今までようわしを支えてくれた。ありがとう…」
「辰馬……ありがとうを言わなきゃいけないのは私だよ……私、まだ何の恩も返してない…っ」
「礼なら身体でイヤ何でもないきね、これからはわしの代わりにヅラを支えてほしい」
「…承知致しました」
「うむ、頼むぜよ!」



帰り道は名残惜しく、ゆっくりと歩いていく。
まだ別れの時ではないのに、遠く離れていってしまうような切なさを坂本は感じていた。
かたらの細い手首を引いて、強く抱きしめて、熱い口付けを落とし、何もかも奪えたら…と脳裏で妄想するのは簡単で、実際に行動に移せるものではない。
だから、思わず口に出てしまったのだ。

「かたら……わしゃ、やっぱり銀時がうらやましい」
「どうして?」
「わしのほしいモンを持っちゅうき」
「ほしいもの?」

訊かれて坂本は笑って誤魔化す。
惚れた相手はどこまでも、にぶちんだった。それは銀時に一途だからだろう。

わしがほしいのは、おまんの愛情ぜよ。


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