貴公子の帰還


かたらがこの拠点に来て半年が過ぎていた。
相変わらず天人との戦は続いているが最近は規模が小さく、言わば膠着状態にある。これを嵐の前の静けさと感じる者も少なくなかった。

境内の木々も周りの山脈も色づき始め、そろそろ本格的な紅葉を迎えようとしている。
そんな時期に中隊長の坂本宛てに書状が届いた。吉報なのか凶報なのか分からないが、何でも早急に目を通す必要があるらしい。
坂本が机に向かったのを見て、かたらは昼食を取りに食堂へ出かけた。



二人分の食事を盆に載せてかたらが部屋に戻ったとき、坂本は頭を抱えて机に突っ伏していた。
いつもと違う沈んだ雰囲気が重苦しい。かたらは盆を隅に置き声をかけた。

「凶報、だったのか…?」

坂本はこちらに顔を向けると頷いて、書面を前に広げた。

「……大隊長が死んだ。…こりゃあヅラからの手紙じゃき」
「ヅラ…!…小太郎からの?」

この字は確かに桂の書体だ。几帳面さが表れている字は昔と変わらない。

「……死因が書いてないが、一体何があったのか…」
「わからん……詳しい話は会ってするがやき」

書状には宿屋と思われる名前と住所、明日正午にて待つ、と書いてあった。

「弓之助、おまんも一緒に行くぜよ。わしゃちっくと銀時に話してくるき、おまんは先に支度ばしちょき」
「今から町へ出るのか?」
「そうちや、余裕を持って行動したほうがええ」

そう言って坂本は出て行った。
大隊長が死んだ、そう聞かされてもかたらにはピンと来ない。
この半年間、一度も大隊長に会ったことも話したこともなく、どんな人柄かも知らない。それ故、かたらに喪失感が湧かないのも当たり前なのだ。
しかし、坂本たちは違う。大隊長は共に戦ってきた仲間だ。悲しくない筈がない。
仲間を、大切な人を亡くす悲しみなら皆、痛いほどわかっている。それが戦地に赴く者の定めだからだ。





夕暮れの日差しが窓から入り込んで、かたらの地毛を照らしている。
どちらも夕色、きらきらとやさしく淡く幻想的に輝いていた。
今、かたらは待ち合わせとは別の宿の二階、一角の部屋で窓から夕空を眺めている。拠点を出たのが早かったため町に着くのも早く、坂本に勧められて宿の風呂を借りて戻ってきたところだ。
ふたりで一部屋を借りたと言っていたのに坂本は部屋におらず、かたらはひとりきり。坂本のことだから、遊郭にでも行っているのかも知れない。こんなときこそ、慰めてくれる人が必要だろう。
障子を背凭れにまどろんでいると眠気に襲われて、かたらは目を閉じた。





「弓之助、ほがなところにおったら風邪ひくぜよ」

言われて目を開ければ、既に日は沈んでいて外は真っ暗だった。
かたらは小さくクシャミをして腕をこすった。確かに体が冷えている。それを見て坂本が窓と障子を閉めてくれた。

「…今夜は酒に付き合うてもらおうかの」

座卓を見れば一升瓶が置いてあった。

「酒を買いに行ってたのか?」
「こん酒が手に入りにくくてなぁ、こがな時間になってしもうたんじゃあ〜」

てっきり遊郭だと思っていたので不意打ちだった。仕方ない、とかたらは笑みを浮かべてみせる。

「…わかった。今夜だけは付き合ってやる…」

しばらくして宿の仲居が夕食を運び、どうぞごゆっくり、と頭を下げて出ていった。
部屋の箱提灯に照らされてふたり。お互いに酒を注ぎ合い、無言で献杯をしてお猪口を傾ける。
のどにぴりりとした刺激が走ってかたらは顔をしかめた。

「辛口じゃから、お子様のおまんには合わんかもしれんのう」
「合う合わないじゃなくて、俺は元々酒は飲まないし、弱いんだ。だから少ししか付き合えないぞ?」
「ええきに、ちくちく飲んだらええ」

笑顔で酒を注いでくる坂本に酌を返しながら時を過ごす。
この辛口の清酒は生前、大隊長が好んで飲んでいた銘柄だそうだ。かたらが尋ねるまでもなく、坂本は大隊長のことを話してくれた。
男も惚れる男、皆を惹きつけて士気を高め引っ張っていく姿には誰もが憧れを抱いたと言う。
故郷を出て攘夷に参加するも、己の信念を見失い彷徨っていた坂本を拾ったのも大隊長だったそうだ。

そんな大隊長が桂を補佐にして遠く北の拠点へ行くことになったのは、かたらが来る以前の話。
北側では天人との激しい攻防戦が続き、多くの攘夷志士の命が散り、上に立つ指導者は粛清の憂き目に晒されるという事態が起こっていた。
処刑された者のなかには大隊長の双子の兄がいたらしい。その亡き兄の遺志を継いで大隊長は北へ上ったという訳だ。
後のことを坂本に託して。

「わしが大隊長に就くはずじゃった……けんど、わしゃ昇進話を蹴った。わしにゃあ大隊長なんぞ無理じゃ」
「無理?…自信がないのか?」
「……理由は他にあるきに、内緒ちや」
「まぁ…上に立つ者は半端な覚悟では務まらないからな。背負うものも大きく重いだろう…」
「ふむ、覚悟……わしもそろそろ腹を決めんとならんかの…」
「?…何を決めるんだ?」
「内緒ちや。…ほれほれ、飲め飲めっ」
「ちょ、無理だから!これ以上飲んだら…っ」

坂本に話をはぐらかされつつ飲まされて、かたらは顔を赤く染めていった。





「ひっく、昔ねぇ、お酒を銀兄と一緒に飲んだことがあってぇ、ちょっと飲んだだけなのにぃ気持ち良くなっちゃってぇ、色々やらかしちゃったらしいのぉ…ひっく」
「何したがかぇ?気持ちええこと〜?」
「知らない、憶えてないのぉ…でも後でぇ銀兄に…ひっく、絶対酒は飲むなって怒られたぁ…」
「そうじゃの〜勧めたわしが悪かったの〜!ほがーに色っぽい顔をされたら堪らんきに!アハハ〜」

かたらは酔っ払うとねっとりと絡んでくるようだ。
実際、銀時が怒った理由は酔っ払って他の男、高杉とか桂にベタベタと甘えたからだった。

「しっかし、こがーしちゅうとまっこと、女子じゃの〜」
「!?…女扱いしないれって言ってるれしょ?わたしは…男なのぉ!」

最早ろれつが回らず、言ってることが支離滅裂になっている。

しばらくしてかたらが酔い潰れ眠ってしまうと、坂本は布団まで運んであげた。
めったに拝めない夕色の地毛を手櫛で撫でて整える。こうやってゆっくりとかたらに触れるのは初めてだった。それを名残惜しくも中断して、坂本は隣の布団に入る。
室内灯が仄かにゆらめきながらふたりを照らしていた。ゆらゆらと影が動く、それが自分の心を表しているようだ。

「かたら……わしにゃあ夢がある。夢のために切り捨てんといかんもんがこじゃんとあるちや」

天井を見つめる瞳の奥に広がるのは宇宙。坂本が思い描く未来がそこにある筈なのに。

「覚悟が決まらんがは何故ろうなぁ…」

顔を横に向けて問いかけても答えはない。
すうすうと寝息をたてるかたら。その頬に、唇に触れたいと心底思った。

「いかんの〜…何を考えとるんじゃわしは。アハハ、銀時に殺されるきに」

いつの間に、この女子に心奪われていたのか。それは考えるまでもなかった。

「…まっこと、一目惚れとは怖いもんじゃの〜」


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