高杉率いる鬼兵隊は一週間ほどの滞在のち、兵を数人補充して拠点を去って行った。
寂しくないといえば嘘になるが、かたらと高杉は互いに生き抜くと約束を交わした。見送りの際、また来ると言っていたし、この先共同戦線で戦うこともあるだろう。
その晩、かたらの忠告も空しく、坂本と銀時はふたりして飲んだくれていた。
静かになってから様子を見にいくと予想通りの光景。酒瓶が散らかっている坂本の自室、部屋の主は布団に大の字で寝ているのに、銀時に至っては縁側の冷たい床に横たわっていた。
「坂田、こんなところで寝てると風邪をひくぞ」
「ん〜……」
肩を揺さぶっても背中を丸めるだけ。
「俺の隣の部屋に布団敷いてやったから、そっちで寝ろ」
「ん〜…いい…ここでねる……」
「おい、寝るなっ……ああもう…仕方ないなぁ…っと」
一旦、銀時を仰向けにして上体を起こし、後ろから脇下に両腕を入れる。少しずつ引っ張りあげると、かたらの背中がポキリと鳴った。
「お、重いぃ……っ」
腰を痛めたら後が大変だ。それでも布団まで引きずって何とか寝かせることに成功。
ふうっと一休み、かたらは銀時の寝顔を眺めた。
入り口から差し込む月明かりがこの空間を蒼白く照らしている。少し伸びたままの白銀の髪も、やわらかな表情の寝顔も、たくましい胸板も、そのすべてを包むように。
「………っ」
急に情欲が湧いてきて、かたらの心音が高鳴る。契りを交わした別れの前夜、その甘き痛みを思い出す。
今まで切り離してきた欲望は本人を目の前にして現れた。銀時の薄く開いた唇を見つめていると衝動に駆られてしまう。その銀髪に触れながら口付けができたなら、どんなにいいだろうか。
「ふふ……おあずけ、か」
まだかたらの身体が幼かった頃、銀時は欲求を必死に抑えていた。かたらの成長を待とうと努力してくれた。それが今度は自分の番なのだ。今、そういう気持ちで触れてはいけない。
弓之助として接しなければいけない。そう分かっている。
「おやすみ……坂田…」
銀時の身体に上掛けをのせようと身を屈めたときだった。
「!…わっ」
急に腕に捕らわれ引き寄せられた。
かたらは銀時の胸に密着する体勢になってしまう。顔の位置には心の臓。トクン、トクンと銀時の落ち着いた心音が聞こえてくる。それとは対照的にかたらの心音は速まっていった。
「ちょ……さ、坂田…寝惚けてる…?」
返事はない。多分、無意識にやっていることだろう。
誰かを抱きしめる夢を見ているのかもしれない。もしそうならば、それが自分であってほしいとかたらは願う。
トクン…トクン…トクン…
鼓動が重なる。
もう少しだけ一緒に、あと少しだけでいいから感じていたい。
銀兄…
かたらにとって銀時そのものが帰る場所。
「ただいま」と言ったら「おかえり」と返ってくる。そんな日を夢見てる。
***
『銀兄、こんなところで寝てると風邪ひいちゃうよ』
『ん〜……』
『今日干したふかふかのお布団敷いたから、ちゃんと寝よう?』
『ん〜…いい…ここでねる……』
『もうっ、仕方ないなぁ……それっ!』
『…んいっ!?たたたぁぁぁああっ!かたら痛いっ!腕っ!腕もげるうぅぅぅ…っ!!』
「!!」
ハッと目が覚め起き上がる。
「……夢、か。…肩が外れるかと思ったぜ…」
銀時は冷や汗を拭った。
折角、夢にかたらが出てきたというのに何とも色気のない内容。それでも夢の中のかたらが可愛かったので文句は言うまい。
「アレ?ここ……どこだ?」
自室じゃないことに気がついて襖障子を開ける。縁側の廊下に出て、ここが辰馬の平屋だと分かった。
辰馬の隣の隣の部屋で寝ていたということは、辰馬と俺の間は弓之助ってワケだ。軽く二日酔いで頭の中がややこしい。兎に角、隣は弓之助の部屋だ。
酔っ払った自分を布団に寝かせたのは多分、というか確実に弓之助だろう。
とりあえず礼だけでも言っとくか、と銀時は弓之助の部屋を開けた。思いのほか勢いよく。
スパァン!
「オイ、弓之助おま」
「わあああぁぁぁああっ!!」
「ぶっ…ぐは……っ!?」
ぼふっ!と、やわらかい物で視界を遮られたと思ったら、ドゴッと腹に一撃を食らって、銀時は縁側の向こうに飛んでいった。
「勝手に開けるやつがあるかっ!坂田のバカっ!!」
スパァン!
襖障子は再び勢いよく閉められた。
「いてて…バカって……うぷ…吐きそ…」
「銀時〜…何やっちゅう…」
スッと隣から坂本が這い出てきた。同じく二日酔い、そのまま縁側にごろりと寝転がった。
「何って別に……開けたら怒られた…」
「あ〜…まずトントンしちょき。黙って開けたらいかんぜよ…」
銀時は投げつけられた枕を拾って縁側に座る。
「ん?何…辰馬、おめーも同じ目にあったの…?」
「………弓之助は小柄なわりにの〜そりゃ〜立派なモンを持って」
「何の話をしている?辰馬」
音もなく背後に弓之助が立っていた。
「…坂田、すまなかったな。…俺は不意を突かれると即反撃してしまう癖があるんだ」
「ああ、そうなんだ?へえー…ふーん…」
「……だから、すまなかったと謝ってるだろ?機嫌を直せ」
「直せも何も二日酔いだからね、コレ…」
弓之助の枕を敷いて銀時も横になる。ふんふんと枕の匂いを嗅いでみたが男臭くない。何か太陽の匂いがする。
「弓之助…すまんが水を頼めるかの〜…」
「はいはい」
「あ、弓之助くぅん…俺も…」
「わかってる」
やんわりと答えて、弓之助は縁側を下り井戸場へ行ってしまった。
「何か……いつもと違くね?」
「さあの〜、弓之助はいっつも可愛い…」
「イヤ、そうじゃなくて……」
「ほいだら、ええことでもあったんじゃろうて〜」
「………いいこと、ねェ…」
フッと笑って銀時は目を閉じる。
まぶたの裏に浮かぶのは夕色の…
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