帰る場所


早朝、かたらは身体の痛みで目を覚ます。
昨夜の出来事のせいで深く眠ることなどできなかった。ぼんやりと腕の痣を見つめてさする。
弓之助がかたらだという事実を高杉は気づいただろう。最早、誤魔化すこともできない。責められるのは覚悟の上、ここはきちんと説明しておくべきだと考えた。

一方で昨夜の銀時の台詞を思い出す。心配してくれたのがとても嬉しかった。高杉のところに行ってほしくないと言われたことも。
しかし、その言葉はかたらでなく弓之助に向けたものだと分かっている。こんなに近くにいるのに離れている、それが悔しくて哀しかった。まさか自分に嫉妬する日が来るなんて思ってもいなかった。

私を見てほしい。

なんて、怖くて口にすることもできない。迷惑をかけたくない、足枷にもなりたくない。こんな中途半端な強さじゃ弱いのと変わらない。
だったら、どうする?どうすればいい?

朝日が昇り始めたのを見て、かたらは思考を止めた。
顔を洗い身支度を整えて部屋を出ていく。向かう先は高杉の泊まっている客殿だった。



高杉は客殿の井戸場に立っていた。
着流し姿のまま、肩にかけた布で濡れた顔を拭いているところだった。かたらに気づくと少し驚いた表情を見せたが、次にはニッと片方の口角を上げた。

「高杉さん、…話があります」
「………朝の散歩といくか。…ついて来い」

かたらは黙って大人しく後に続いた。
客殿に近い四脚門から外に出て階段を下っていく。その途中で横に逸れて、木々の隙間を進んでいくと大きな樹木に辿り着いた。
高杉はその楠木に背中を預けて腕を組むと、指先をチョイチョイと動かしてこっちへ来い、と合図を見せている。
かたらは手前まで近づいて足を止めた。

「………っ」

話すことは決めていたのに声が詰まる。言葉が出てこない。腹を括ったはずなのに情けなかった。

「………チッ」
「!」

高杉の舌打ちにかたらはびくりとする。
堪りかねて、高杉は乱暴にかたらの腕を引っ張って楠木に押しつけた。

「オイ、ちゃんと俺の目を見ろ…」

肩を固定されて身動きが取れなくなり、高杉の鋭い目が向けられる。

「……っ」
「何だ?俺がそんなに怖ェか?」

かたらは俯きながら首を横に振った。

「どうした、震えてるぜェ?」

からかうような口調のなかに微かな憤りが垣間見える。

「何故お前がここにいる?なァ、かたら」
「……晋助…っ」

視線が交わると、高杉は指先でゆっくりとかたらの口当て布を下げた。
隠していた素顔が晒されていく。そのまま指先は輪郭をなぞり、ぷっくりとやわらかい唇に触れる。

「答えねーなら、俺の好きにさせてもらうぜ…」
「!…し、ん…っ」

顎を掴まれて、強引に唇を重ねられた。
きつく吸われて呼吸が苦しくなり、もがけば頭も身体も腕に束縛され逃れられない。舌が割り入ってきて口腔内を蹂躙していく。かたらは懐かしい感触を思い出して全身が震えた。忘れ去られていた疼きが甦って力が抜ける。気づけば高杉に身体を預けていた。

「ったく……馬鹿だ、お前は」

高杉は口付けを解いて囁くと、かたらを胸に抱きしめた。

「………ごめんなさい…っ」
「何があったか、話してみろ」





かたらは高杉に全てを話した。
銀時たちが旅立った日から、今ここにいること、その経緯を簡潔にまとめて話す。樹木の根に座ってふたりきり、高杉は黙って話に耳を傾けていた。

松陽先生の屋敷も私塾の講義室も、何もかもを天人に燃やされたこと。そのとき自分を救ってくれた先生の親友、藤咲弦之助と師弟関係になったこと。修行を経て攘夷戦争に参加したこと。その最中に師匠を失ったこと。
それから坂本と出会ったのがきっかけで銀時と再会できたこと。

「もう私には帰る家がない……銀兄の、みんなの帰る場所を私は護れなかった…」
「かたら…」
「待ってるって約束も、守れなかった…」
「…お前のせいじゃねェだろ」

高杉は向き合ってかたらの頬を撫で、涙の痕を消してやる。

「俺がお前の立場だったら、同じことしてるぜ。…会いたかったんだろ?銀時に…」

かたらは素直に頷いた。

「銀兄は私の……私の帰る場所だから…」
「…帰る場所、か。……まァ、銀時に会うこと、それがお前の目的だったとして、だ」
「?」
「何故あいつは……銀時はお前に気づいていねェ?」
「うん…バレてないみたい。きっと…銀兄のなかで私の姿は小さいままだからじゃないかな?多分…」

きっと、別れたときの姿のまま心に留めているのだろう。かたらはそう考えていた。

「お前、随分と成長したなァ。ククッ、男装してちゃあ女らしさはよくわからねェがな」
「…ねぇ、晋助はいつ私だって気づいたの?」
「最初からだ」
「え……うそ、でしょ?」
「クク…最初は目元が似てると思っただけだが、稽古試合で太刀筋の癖を見つけた。まさかと思って手合わせしてみりゃ…本人だと合点がいった訳だ」
「…晋助、怒ってて怖かった」
「俺を騙そうなんざ百年早ェんだ。…でもまァ悪かった、痛かっただろ…」
「このくらい平気。すごく痛いけどね」

嫌味を言ったら腕の痣を指でつつかれた。

「なァ、かたら…お前はこのままでいいと思ってんのか?銀時に黙ったままでよ…」
「………」
「何を言われるか、怖ェか?」
「…怖い、よ…」
「あいつはお前が一番大事だからなァ、戦に出るのは反対するかもな。お前をどこかに閉じ込めて…」
「籠の鳥ってこと?ふふ、そういえば昔そんなこと言ってたなぁ、銀兄」
「言ってたのかよ…まァ、気持ちはわからねェでもねーが…」
「ふーん、私はそんな頼りないですかねぇ?まだまだだけど、強くなったつもりだよ?」

籠の鳥にしたいのはかたらが弱いから、とかそういう問題ではない。
男の歪んだ愛情表現として、女を自分だけのものするために閉じ込める、それも籠の鳥だ。高杉はかたらが違った解釈をしているのに笑った。

「まだまだ、だな。お前は本当に……」
「何?」
「強くなりてェんなら、まずその泣き虫を治さねーと駄目ってこった」
「そう…だよね。ずっと気を張ってきたから…安心した途端コレだもんね…」

苦笑するかたらを見て高杉は思う。
ここまで辿り着くのは並大抵のことではない。戦場は常に死と隣り合わせだからだ。かたらは生き抜いてここまで来た。銀時のいる場所へと辿り着いた。
かたらにとって銀時のいるところが帰る場所だというのなら、ふたりを引き離すことなど到底できない。

「かたら……俺のところに、鬼兵隊に来ねェか?」
「!…っ」

あからさまに困った顔をするから、高杉はかたらの頭をポンッとたたいた。

「ククッ、冗談だ。…まァ、気が変わったらいつでも来い。歓迎するぜェ」
「ん、晋助ありがと…」
「…かたら、お前役者に向いてんじゃねーか?男装といい、声なんて低くて別人みてェだしよ」
「そ、そうか?」(低音)
「髪はヅラか。……取れねェ」
「い、痛いよ!引っ張らないでっ、というかヅラじゃないカツラだっ」

はいはい、と受け流す高杉はかたらの抵抗をものともせず、かつらを取ろうとする。

「コレ取れ」
「ちょっ何で取らなきゃならないの?外すの結構大変なんだけどっ」
「いいから取れ。俺ァお前の髪、触りてェんだ。…オラ早くしろ」
「うう…晋助、変わったね。…昔はやさしかったのに、何でこんな攻撃的になっちゃったの?」
「俺は甘やかさねェ主義なんだ。オラ早くしねーともう一回…」

高杉が顔を寄せてきて、かたらは間一髪手のひらで止めた。

「だめっ!」
「……フン、さっき接吻だけで腰砕けになってたやつは誰だっけなァ」
「うっ……もうやめて、私を女に戻さないで」
「女だろーが。…かたら、言っとくが俺ァ変わったんだ。正直に生きると決めた。昔でこそお前が銀時と幸せならそれでいいと、別にかまいやしねェと思ってた…」

高杉はかたらの両手首を掴んで、顔を近づける。感じる吐息に、真剣な眼差しにかたらは息を飲んだ。

「だが今は違う。力ずくでもお前を手に入れてェと思ってる。……怖ェか?俺が…」
「……怖く、ないよ」

かたらはふわりと微笑む。

「私は晋助を信じてるから」

その笑顔に拍子抜けした高杉は大人しくかたらから身を引いた。

「チッ……悪かった。…まだまだ俺も甘ェってことか…」
「そうだね、甘いねぇ」
「てめェは喧嘩売るんじゃねーよ、本当に食っちまうぜェ?いいのかァ」
「すみません、ダメです」
「じゃあよ、変わりと言っちゃあなんだが……俺が滞在してる間、手合わせに付き合えよ」
「え、いいのっ?もちろん、喜んでお受け致しますっ」
「俺が鍛えてやらァ。こっちじゃ甘やかさねェからな、覚悟しとけや」
「望むところだ」(低音)
「急に男に戻るんじゃねェ、ククッ、笑っちまうだろが」
「あはは、そんなに変?」



本心を話せば恐れていた不安も晴れ、高杉と打ち解けたことでかたらは気持ちが楽になった。
こうやって甘えられる相手、気を許せる人がいるだけで世界が違って見える。仲間に会えて、今はひとりじゃないと強く実感できる。だからこそ孤独に恐怖するのだろう。
もしもまた独りになれば、きっと孤独に耐えられない。
そうならないために今を必死に生き抜いて、大切な人たちを護り抜きたい。かたらは己の心に誓った。


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