夕飯が終わり、夜が訪れた頃。
かたらは自室前の縁側で武器の手入れをしていた。

棒手裏剣はもう数本しか残っていない。戦場で使用したらなるべく回収するようにしているが、そう上手くもいかないのが実情だった。
しかしこの間、偶然にも棒手裏剣の代わりになるものをかたらは見つけた。
広い寺院を探索中、塀の角に古い物置小屋があって、そこから出てきたのが鉄釘である。鉄釘は手のひらよりも長く、小指ほどの太さで飛び道具にはもってこいだった。これを使わない手はない。
かたらは小屋から大量に鉄釘を持ち帰った。釘泥棒と呼ぶ者もいないだろう。

ザリザリザリ…

少々さびが出ている鉄釘をやすりで丁寧に磨いていく。一本、また一本と元の輝きを取り戻す釘たち。段々とかたらは釘に愛着が湧いてきた。これは殺しの道具である反面、護りの道具でもあるのだ。

ザッザッと砂利の音が混じって聞こえ、かたらは作業の手を止めた。
誰かがこちらに近づいている。この歩みの音は坂本でも銀時でもない、知らない足音。でもどこか懐かしい感じがする。

「……?」

かたらが顔を上げると、そこに立っていたのは高杉だった。

「よォ…邪魔していいか?」
「……どうぞ」

高杉はかたらの隣に腰を下ろす。
予想外の来客にどう接していいのか分からず、かたらは無言で釘を磨く作業を続けた。高杉はそれをしばらく眺めた後、何やらゴソゴソと懐から布に包まれた物を取り出して床に置く。

「開けてみろ。そいつぁお前のモンだ…」

多分、と最後に小さく聞こえた気がした。
お前の物とはどういうことだろう。高杉に物の貸し借りなどした憶えはないし、弓之助として会ったのも今日が初めてだ。それとも、既にかたらだと正体がバレているとか、否ありえない。
かたらは高杉を見てから包みを広げてみた。

「!」

確かにそれはかたらの、弓之助のものだった。包まれていたのは棒手裏剣、五本。

「この間の戦、こいつで助けてくれたのはおめェだろ?」
「……ああ!あのときの…」

西洋風の羽織の人。あのとき一瞬でも気になったのは、高杉だと直感で認識したからだったのか。今まですっかり忘れていたが、思い出してみて腑に落ちた。

「ありがとう…ございます。…わざわざ回収して返してくれるなんて…」
「借りは返したぜ。……それでだ、」
「?」
「ちょっと付き合っちゃくれねェか」



何でこんなことになってしまったのかと、かたらは悩む。

先程、高杉が手合わせを申し込んできた。
それはとても断れる雰囲気でなく、助けを求めようにも坂本も銀時も見当たらない。要は正体がバレなければいいんだと、かたらは受けることにしたが、後悔先に立たず現象に陥ってしまった。

月明かりに照らされる高杉の背中。かたらは提灯を持って後をついて行く。
ふたりは鳥居をくぐって、仏堂へと続く階段を上った。
仏堂の扉を開き、中に設置されてある燭台のろうそくに火を点していくと、祀られている仏像が仄かに浮かびあがる。仏像を怖いとは思わないが、何か視線みたいなものを感じずにはいられない。

「いいか……俺を殺すつもりでこいよ」

言われて、かたらは唖然とした。
一体、高杉はどういうつもりで手合わせを申し込んできたのか。
防具も何も着けていない状態で、獲物は竹刀でなく木刀だった。殺すつもりでやりあえば殺すこともできるし、怪我だって免れない。

「厳しいこと…言いますね」

落ち着こう。これは心理戦でもある。

「何、おめェの強さを知りてーだけだ」
「……わかりました」

かたらは男らしく覚悟を決めた。





「はぁ…はぁっ、…く…っ」

今一歩どころか数歩足りない、追いつけない。
速さには自信があるのに、切先は高杉に触れる前に払われ、かわされてしまう。完璧に踊らされていた。これではただの指導稽古ではないか。
高杉は受けに徹していて攻めてこない。かたらは悔しくて自分が情けなくなった。こうなったらせめて一太刀かするだけでもいい、高杉の足元を掬ってやらなければ気が済まない。

「オイオイ、こんなモンか…?」
「……まだまだっ、これからだ…っ!」

何とか息が続く間に隙を見つけなければならない。かたらは連続で木刀を繰り出し攻めていった。
それを高杉はいとも簡単に捌いていくが、どうやらかたらを甘く見ていたようだ。

「!……っ」

かたらは一筋の隙を見つけ、身体のバネを利用して下段から上へ切先を放った。

シュッ…!

切先は高杉の喉元をかすめ赤い痕をつける。
やった!とかたらが喜ぶのも束の間、今度は高杉が牙を剥いてきた。

「ぐ…っ!」

攻撃を受けるたびに気力も体力もあっという間に削られる。重くて手首が限界を訴えている。
かたらはそれでも意地だけで堪えていたが、努力も空しく次第に攻撃を受け止めきれなくなっていった。

ドス…ッ!

高杉の木刀がかたらの身体を打つ。

「いっ……あぁ…っ!」

最早、反撃することもままならず弄られている状態だった。
肩に、腕に、脇腹に、太腿に、木刀の切先が容赦なく打ちつけられて苦痛の声がもれた。
どうして?どうしてここまでする必要がある?
かたらは目で訴えたが、逆に高杉の鋭く光る眼光に射抜かれる。
ああ、高杉は怒っているんだ。そう分かった瞬間にかたらの木刀は床に叩き落された。

「く、はぁっ…」

そのまま襟元を引き上げられて息が詰まる。

カラン…

高杉が自分の木刀を床に捨てた。

「………っ!」

顔が目先に近づき、かたらは身じろぐ。早く振り解いて離れなければならないのに身体に力が入らない。
スッと高杉の手が頬にかかった。
顔半分を隠す口当て布、それを脱がすつもりだろう。かたらはぎゅっと目をつむった。

「オ〜イ、ナニしてんのかなぁ〜高杉くん」

入り口からの声に高杉の指が止まる。振り向かずとも、その声と言い回しで誰なのか分かる。

「チッ…邪魔が入ったか」

かたらは解放され、足がふらつくのを堪えた。
銀時がこちらに歩いてくるのを見て少し安堵する。間一髪で顔を晒すことは免れた。

「……高杉、てめーうちのモンに勝手に手ェだすんじゃねーよ」

銀時は床に落ちている木刀に気づき、かたらに視線を戻す。服を着ているため怪我の具合がわからない。

「弓之助、大丈夫か?」
「っ……ああ」
「随分と過保護じゃねェか?」
「うるせーよ」

言いながらかたらを引き寄せようとした手は空回り。高杉によって阻止されて、銀時は顔に青筋を浮かべた。

「銀時、俺ァこいつが欲しい」
「………はぁっ!?」
「こいつを仲間に貰いたい、ってこった」
「ナニ言ってんだっ、そいつはなぁ辰馬の補佐なんだよ!欲しいなら辰馬に訊けっつーの」

銀時の言い草に高杉は少しだけ首をひねる。

「…てめェは手放しても構わねーのか?」
「弓之助がどこへ行こうが知らねーよ。…第一、本人が決めることだろーが」
「クク…違ェねーが、俺は気に入ったら縄つけてでも引っ張ってく性質でなァ…」

かたらを腕を掴む高杉。その瞳からは刺々しい鋭さは消えていた。むしろ別の意図を感じられて、かたらは高杉の手を振り払った。

「ちょっと晋ちゃんよぉ、弓之助にナニしやがった?怯えてんじゃねーか」
「…少しばかり遊んでやっただけだ。悪ィかよ…」

高杉は床に落ちている木刀二本を掴んで肩に担ぐ。
それを見て銀時はすぐさまかたらを引き寄せて体のあちこちを触りだした。

「オイ、どっか怪我してんじゃねーか?痛ぇとこあるか?なあオイ…」
「だっ、大丈夫だ!大したことはないから放してくれ…っ」

本当は痛い。木刀が当たった部分がじんじんと熱くなってきている。

「イジメですかコノヤロー」

銀時は手を放すと高杉を睨んだ。

「イジメじゃねェ、可愛がってやっただけだろ」
「それがイジメだって言ってんだろーが!」
「坂田、やめてくれ!ただの手合わせだ……高杉さんは何も悪くない」

違う、ただの手合わせなんかじゃない。頭の天辺から爪先まで弄られた気分だ。
でもこれ以上、銀時に心配をかける訳にはいかないと、かたらは平静を装った。

「銀時、そういうこった」
「……高杉、言っとくがよ…辰馬は絶対こいつ手放さねーからな」
「フン…本人が決めることだろ。……弓之助、考えておけよ。明日返事を訊かせてもらうぜェ」
「………」

じゃあな、と高杉は仏堂の階段を下りていった。
かたらは口をつぐんだまま動かない。銀時はひとつ溜息をついて、かたらの頭に手を置いた。

「おめーの好きにしろ。と言いてーところだが、正直…高杉んとこにお前をやりたくねーんだわ、俺は」
「!」
「ったく、こんな怯えた子羊ちゃんを狼に献上するワケにはいかねーよ?」
「……子羊、か。…まだまだ、俺は弱いな…」



高杉は口にこそしなかったが、眼で語っていた。
何故ここにいるのか、と怒りをぶつけてきたのだろう。やはり気づかれてしまった。見抜かれてしまった。

私はただただ恐怖する。非難されるのが怖かった。そんな弱い人間だった。


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