狼と子羊


初夏の陽気は心地良いはずなのに、鍛練場の隅、木陰でぐったりしている男が二人いた。

「あ゛〜…気持ちわりぃ〜…」
「頭がガンガンしゆう……昨日、飲み過ぎたのう…」
「俺ダメだわ今日、部屋で休むわ……朝は無理ぃ…」
「駄目じゃあ、わしが休むぜよ……銀時、後は任せるきに…」
「あのさぁ…別に俺らいなくてもいいだろ?弓之助に任せときゃいいんじゃねーの?」
「そうもいかんのじゃ……弓之助は人見知りやきね…かわいそうちや」
「………んじゃ、俺寝るから」

部屋に戻ろうとする銀時の腕に坂本は縋りついた。

「駄目じゃあァァァ!わしも人見知りなんじゃあァァァ!!」
「うっせーな!頭痛ぇから騒ぐんじゃねーよ!おめー、人見知りも何も知り合いだろーが」
「銀時、おんしゃ小んまい頃からの知り合いろう!一緒にいとおせ、頼むぜよ〜」
「あ゛〜…へいへい、わーったから黙ってろ」

銀時と坂本はそのまま寝転がる。昨夜、悪乗りして飲み過ぎたため、かなりの二日酔いのようだ。

「あいつら……大丈夫か?」

かたらは遠くから二人に視線を向ける。
今日は客人を招いての稽古試合だというのに、この有り様。大隊長が長期不在でいつ戻るかわからないのをいいことに、やりたい放題である。
補佐としてもっと厳しく接するべきだと思っても、軽く受け流されてしまう分、坂本のほうが一枚上手だった。かたらはその悔しさをバネに素振りを繰り返し、試合に備える。



鬼兵隊、というのがこの拠点に来ると聞いた。
攘夷志士、高杉晋助を筆頭とした、若者で結成された義勇軍だ。

鬼兵隊は結成してまだ日は浅く、仲間も少ない。
そのため、休戦中にあちこちの拠点を回って兵を募っているそうだ。募るというよりは引き抜き行為らしい。稽古試合と称して良い人材に目をつけ、言葉巧みに勧誘して連れて行ってしまうとか。
拠点に住む部隊側にとっても優秀な志士を失うのは痛い。だからこそ試合に勝たなければならない。勝って優勢を保たなければならないようだ。
どの道結局は、部隊に残るか、義勇軍に入るかは勧誘された者次第なのだが。

かたらは複雑な心境であった。
高杉に会えることがうれしい反面、怖かった。高杉は人の本質を見抜く眼力のようなものを持っている。
ふとした仕草から、呼吸から、眼の色から全てを見透かすように心を読まれる。下手をしてもしなくても正体がバレてしまう可能性があるのだ。

なるべく接触は避けたいと、かたらは坂本に訴えた。にもかかわらず、稽古試合に出ることになったのは銀時のせいだった。
大将の銀時が二日酔い、その代理に弓之助が指名されたのが事の始まりである。





予定通り、鬼兵隊はやってきた。
といっても隊総出ではなく、高杉を含め六人だ。

「よう、世話になるぜェ」

大人に成長した高杉は野生的な雰囲気を醸し出していた。
以前よりも目付き顔付きは鋭く、口元は不敵に笑んでいる。西洋風の羽織を身に着けて、堂々と腕を組んで立つ姿にかたらは感動した。
ちらりと一瞬だけ高杉が視線を向けてきて、ヒヤッとする。まさか、こんな一瞬で正体がバレるはずがない。

「高杉〜久し振りじゃのう!元気そうでなによりじゃ〜アッハッハッハぉぼろろろr」
「辰馬てめっ、何吐いてんだァァァ!こっちまで気持ち悪くなるうぅぉおぼろろろr」
「ちょっ、あんたら何して…っ!」

最悪すぎる。
坂本のゲロに銀時がもらいゲロ。かたらはすぐさま二人の背中をさすった。

「オイオイ、大将が二日酔いたァ恐れ入るねェ」
「高杉…すまんがのう、今日の大将はこいつやき…」

坂本はかたらの肩に手を置いた。

「あ?……このガキが大将だと?」
「オイ高杉、言っとくけどなぁ…こいつは強ぇからな…」

銀時も同じように反対の肩に手をのせて、かたらは二人に挟まれた状態だ。上司ふたりが情けなくて逃げたくなったが、文句を言っている暇もない。
かたらは握手を求めるべく高杉に手を差し出す。

「藤咲弓之助です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む」

至って簡潔に高杉は答えた。



本日の稽古試合、第一回戦は勝ち抜き戦と決まった。
かたらは高杉が大将でないことに安心した。どうやら主催者の坂本と高杉は見送りらしい。
それぞれ選ばれた五人が防具を身に着け準備をする中、鍛練場には見物客もとい同志たちが集まってきたが、誰一人騒ぐ者はいなかった。

かたらは仲間の四人に声をかけた。
皆、自分より年上だが、ここでは年齢は関係ない。強く器量のある者が上に立つというのなら、大将は堂々と構えていなければならない。
必ず勝つ気構えで望め。負けても恥じることはない、自分の持てる力を最大限に出せばいい。かたらは気合いを入れた。
この四人も若く、かなりの腕が立つ。それでも戦いの感性、その実力はかたらのほうが強い。だからこそ、銀時はかたら扮する弓之助を大将に選んだのだ。

試合は勝ち抜き戦。
勝者がそのまま試合を続け、勝ち抜いた方が勝ちとなる。勝負運が良ければ大将まで回ってこないが、悪ければひとりで数人の相手をしなければならなかった。

「先鋒、前へ!」

審判の声がかかって先鋒役が前に出る。



高杉が選りすぐってきた精鋭、その強さに周りの見物客がどよめきだした。
こちら側が不利な状況に追い込まれている。
先鋒が一敗、次鋒で一勝一敗、中堅も同じく一勝一敗、副将が一敗。残るは大将のかたらのみになった。

「高杉…おんしゃ、こんなツワモノどこで拾うてきちゅうがか〜」
「フン、小動物じゃあるめーし拾ってくるかよ。…ありゃ俺が育てたんだ」
「ほうほう、さっすが高杉じゃ!銀時も見習ってくれんかの〜」
「遊郭ばっか行ってるおめーに言われたかねーよ」

機嫌が良かったのか高杉はクククと笑った。

「さて、大将のお手並み拝見といこうや」

坂本と銀時は顔を見合わせてから、視線をかたらに移した。
相手は中堅、かなりできる男だ。そして、かたらが勝ったとしても、その後の副将と大将戦がきついものになるだろう。
体力を消耗しないよう早く勝ち取っていかなければ、この勝負こちらが負ける。



後悔しないためには全力で挑むことだ。
かたらは周りの雑音を消して、全神経を集中させた。
一瞬よりも速く相手の太刀筋を見極めて隙を突く。それは天性の素早さが具わっているからこそできる業だった。

「勝負あり!!」

中堅から二本勝ち取り、続く副将戦も集中して勝つことができた。
残るは大将だ。

「始めっ!」

相手は上段に構えた。それを見てかたらは中段から平正眼の構えにゆっくりと変化させる。
じりじりと間合いを調整する。
攻撃は最大の防御、上段に構えるということは力で押してくるはずだ。身体の小さなかたらを叩き潰すつもりだろう。
なめられているのか、それとも恐れての先攻か。
来るっ!

「……っ」

重い。ミシミシと竹刀が鳴る。
返しが遅れて次の一手がまたしても上段から振り下ろされた。
負けじとかたらも受け止めるが力負けして避けきれず、相手の竹刀は頭の面を叩きかすって肩に落ちる。

「一本!」

面を取られた。
二本目に入る前に大きく息を吸って少しずつ吐き出す。そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがある。かたらは竹刀を構えた。

「始めっ!」

勝てない勝負はしない、それは力比べに限ってだ。
相手は先程と同じように力で押してきた。まったく芸がない。勝負に芸など必要ないが、面白さは欲しいものだ。
かたらは受け止めながら上手く身を引いて、その力を半減し相手の体勢を崩す。
もちろん隙は見逃さない!

「一本!」

胴を取った。
これで五分と五分、次で勝敗が決まる。

「勝負!!」

三本目になって相手は力技を捨ててきた。かたらはうれしくなってそれに応える。
バシッ、バシッ、と返しが繰り返されて鍔競り合い。視線が交わって、どちらともなくフッと笑んだ。
お互い身を引き、構えなおす。

これで決めるっ!

かたらは上段から来た攻めを気合いで払い回し、そのまま喉元に向かって突きを繰り出した。

「………っ!!」

両者の動きが止まり、かたらは静かに呼吸を整える。

決まった……っ!あれ…決まった……はず…?

周りの反応が聞こえないのは何故だろう。
しん…と全ての者が息を止めている、まるで夢のなかにいるような錯覚。



「しょっ勝負ありィィィ!!」

束の間の静寂を破ったのは審判のうわずった声と、それに続く周りの歓声だった。
一気に現実に引き戻され、思わずかたらはよろける。その腕を取り、支えたのは相手の大将だ。

「負けちまったけどよ、楽しかったぜ」
「こちらこそ、礼を言う。良い試合でした」

両者、礼をして場から身を引くと、いの一番に銀時が駆け寄ってきた。にこやかな笑顔でかたらの背中をたたく。

「すまねーな、大将!…よくやった、あんがとよ」
「…もう、あんたの代わりはやらないからな。…というか元気そうだな、二日酔いはどうした?」
「あ〜……、吐いたら楽になった」
「………」

終わってみれば、実に楽しい試合だった。
こうやって誰かと、強い者と手合わせできるのは喜ぶべきことだ。自分を鍛え、高みを目指すなら相手が必要、誰しもひとりでは強くなれないのだから。


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