いつの間にか夕暮れ時刻。
小机の上に箱提灯が置いてあったのを思い出して、かたらは燭台のろうそくに火を点した。

廊下の荷物を部屋に入れて整理する。
荷物といっても戦場で持ち歩ける物は少ない。自分が身に着ける防具と武器はさておき、衣装は忍装束以外だと、薄手の稽古着しか持っていない。下着の類も少ない。
戦場で頂戴した羽織は洗濯しなければ使えないし、ここは後で坂本に頼んで寝間着でも借りるとしよう。
他に持っている物は財布、携帯救急箱と裁縫箱、手拭い布とさらし布。松陽先生から頂いた櫛と遺品の懐刀、高杉からもらった髪留めくらいだった。

私物の整理を終えて、押入れから布団を出して敷いておく。少し湿気っぽいが今夜は我慢して明日干すことにしよう。
かたらは襖障子を閉めると忍装束を脱いだ。
水桶の手拭いを絞って身体の汗を拭き取っていく。本当は温かい風呂に浸かりたい。でもたとえ、この寺院のどこかに風呂があるとしても、性別を偽るかたらには使用できない。どうしても入りたければ町の銭湯まで出かけるしか方法がないだろう。

そもそも、こうやって部屋を与えられ厚手の布団で寝られること自体が久し振りなのだ。坂本に会って、銀時と再会できた。これ以上何を望めというのか。何も文句は言えまい。
かたらは稽古着に着替えて布団に寝転んだ。仰向けに足を伸ばして天井を見つめる。
手は胸の上、首にかけてあるお守り袋を握りしめた。

「銀兄…」

別れてから二年と少し経っていた。
二年あれば人は変わる。自分がこうして変わったように。

銀兄のなかに私は生きているだろうか。私のことを想って、今も変わらずに愛しているのだろうか。





何やら騒がしくて目が覚めた。
箱提灯のろうそくが消えており、部屋の中は真っ暗だった。どうやら寝過ごしてしまったらしい。
壁一枚隔てた坂本の部屋からは呂律の回らない声が聞こえてくる。正直、酔っ払いには関わりたくないので、かたらは二度寝することにした。

一時過ぎて次は静寂の中、目が覚める。
静かになったということは酔い潰れて寝てしまったのだろう。
かたらは部屋を出ると隣の様子を覗き見た。襖は開けっ放しで灯りがもれている。

「弓之助か…」
「!…辰馬、起きてたのか」

坂本は足をふらつかせながら廊下まで出てきた。部屋の奥には酔って気持ちよさそうに寝ている銀時の姿がある。

「晩酌にちっくと飲んだだけじゃき。…おまん、腹空いちょるか?ホレ、おまんの分の夕飯じゃ」

言いながら食事の盆を引っ張ってきて縁側に腰をかけた。同じようにかたらも隣へ座る。

「ありがとう」

かなりの空腹だったので、すぐさま頂くことにした。

「弓之助は可愛いのう…」
「っ……酔っ払って何を…」
「…わしゃ銀時が羨ましいぜよ。…こがーに美しい女子に想われちょるのが…」

完璧に女として見られている。かたらは後ろにちらりと目を配った。銀時は熟睡しているようだし、会話は聞こえないだろう。

「銀時が故郷に残してきちゅう妹……ほりゃ、おまんのことじゃろ?」
「!………」

かたらは食べる手を止めた。

「たま〜に銀時は酔うと妹の自慢しちゅうよ。よく寝言でおまんの名を口にしちょった。…さっきもそうじゃ」

口の中のものを飲み込むと同時に、生温かいものが頬を伝った。

「かたら」

坂本が本当の名前を呼んだ。振り向きたくなかったのに、反射的に顔が動いてしまった。

「泣いちゅうがか…」

スッと、目元の涙を指先で拭ってくれる坂本が、記憶の中の銀時に重なって見えた。
それを振り払うようにかたらは顔を逸らす。

「すまない…。俺のことなんて、忘れてるんじゃないかって思ってたから……」
「男は忘れたくても忘れられん生きモンじゃ。大切な人じゃったら尚更忘れん。好きな女のことは常に思っちゅう。おまんらは十分想い合っちゅうやか。あ〜あ〜ごちそうさん」

辰馬は頭をガリガリと掻いた。

「しっかし、バレんもんじゃのう。一目見ておまんを見抜けんとは、銀時の目は節穴じゃな」
「二年も会わなければ無理もないよ。二年前の俺は背も低くて胸もまな板だったし…体格だけ見れば別人に見えるだろうな…」
「ほうほう、よぉ成長したもんじゃの〜」
「身体はね。でも、顔と髪の色だけは隠さないと…」
「……おまんはいつまで弓之助でおるつもりじゃ?」

かたらは俯いたまま小さな溜息をついた。

「わからない。…戦争が終わるまで……銀兄の戦いが終わるまで、かな…」
「そうか。明かすつもりはないんじゃな…」
「……辰馬、…訊いてもいいか?」

坂本は黙って頷いた。

「ひとり故郷に残された女が…ずっと帰りを待ってると、約束したのに…会いたいがために戦場に来てしまった。…再会したとき、辰馬だったら…どうする?…どう…思う?」
「………」
「………あの、無理に答えなくていいから」

こんな質問しなければよかったと、かたらは後悔した。
坂本に訊いたところで何も変わらない。銀時と坂本は違う人間なのだから、答えを求めるのは間違っている。

「すまない…やっぱり今の質問は忘れてほしい」
「わしじゃったら…」

そっと肩を掴まれて振り向くと瞳がぶつかった。
坂本はやさしい目をしていた。まるで、愛しい人を見つめるように。

「ただ抱きしめちゃる。……言葉なんぞいらん、言葉なんぞ二の次じゃ。ここまで来ちゅうはそれなりの覚悟がある、共に戦う覚悟があるきに会いに来ちゅう訳じゃ。じゃったら、わしゃ共に生きるぜよ。共に戦い抜くぜよ、この戦を…」

坂本はニッと笑って、かたらの背中をたたいた。

「辰馬……」
「いかん、わしも酔いが回ってきちゅう。弓之助、また明日にするかの、今日はここまでじゃ」
「ああ…ありがとう。……おやすみ、辰馬」
「おやすみい〜や」

坂本の背中を見送って、かたらはひとり目を閉じた。

共に生きる。共に戦う。
共に生きるということは、共に戦っていくに等しい。言葉にすれば簡単なものだ。でも、なんと理想的な答えだろうか。
いつ命を落とすかわからない日々を生き抜いているからこそ、傍にいたい。
足手まといにならないように強くなりたい。強くありたい。

私はただ、あなたを護りたいだけ。たったそれだけのこと。


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