明かせぬ理由


あの白銀の髪は紛れもなく銀時だ。
目の前が霞んで、泣くまいと堪えた。銀時が生きている、それだけでどれほど嬉しいことか。

「辰馬、俺のことは黙っておいてくれ。正体を明かす訳にはいかないんだ。頼む…」
「わかっちゅうよ。おまんは弓之助、今はそれ以外の何モンでもないきに」
「…ありがとう」

石積みの階段下まで行くと、銀時が駆け寄ってきた。もちろん坂本に向かってだ。
それは駆け寄るというより、突っ込むのほうが正解だろう。

「辰馬アアアァァァ!!」

ドガッ!
銀時は坂本を蹴り倒すと、そのまま胸倉をつかんで揺さぶった。

「辰馬、てめっ今までどこほっつき歩いてたァ!?勝手にいなくなりやがって!バカ本がァァァ!」
「イタッ、イタタタッ!銀時、痛っ…やめっ」

見るに見かねて、かたらは助け舟に入った。心の準備などする暇もない。

「怪我をしてる!手荒な真似はやめてくれ」

こちらに振り向く銀時にドキリとする。というか、こんなに眼を飛ばされたのは初めてだった。

「あ゛?…誰だコイツ?」
「アタタ…わしの恩人じゃ。名は弓之助っちゅうよ。わしの怪我は大したことないきに、気にせんでええ」

銀時は坂本の手を引いて立ち上がった。

「すまねー、どこやられたんだ?」
「あばら三本折れただけじゃき。動けなんだところを弓之助が手当てしてくれたちや」
「このチビが?」
「コレ銀時、わしの恩人に何ゆうちょるか〜!確かに小んまいけんども、今日からわしらの仲間じゃき、仲良う頼むぜよ。…弓之助、こっちの白髪頭は坂田銀時ちゅう名前じゃ。小隊長をやっちゅうよ」
「白髪じゃねーよ」

かたらは銀時に向き合って手を差し出した。

「藤咲弓之助だ。よろしく頼む」
「…挨拶するときぐれーそれ取ったらどうだ?顔が全くわかんねーんだけど」
「銀時、弓之助は忍者みたいなもんじゃき、このままでええんじゃ」
「忍者…だと…? お前、伊賀者かっ!」

忍者に興味を示したのか銀時は手を取って握手を交わしてくれた。
久し振りに触れた銀時の手は以前よりも大きく、指も太くなっている。身長も更に伸び、筋肉質な肢体は雄々しく見える。もうすっかり成人男性の体付きだった。

「…残念だが俺は伊賀者ではない。俺の師匠の父親は伊賀の抜け忍だったらしいがな」
「その師匠から習った忍術は伊賀流だろ?」
「まぁ…そうだが…」
「すげェェェ!俺、忍術見たことねーんだわ。お前、暇なら見せてくんねーか?」

いつの間に銀時は忍者好きになったのだろうか。まさかこんなに食いついてくるとは思わなかった。

「いや、俺はまだ半人前であるからにして…」
「別に半人前だろーがかまわねーよ。いいだろ?減るもんじゃねーし」

ずいっと銀時がかたらに身を乗り出したので、坂本は間に入って牽制した。

「ダメぜよっ!」
「ハァ?…何でだよ」
「弓之助は今日からわしの補佐じゃからのう、おんしの相手なんぞしちゅう暇はないきに」
「補佐!?」

訊き返す銀時を無視して、坂本は階段を上るようにかたらを促した。

「オイコラ辰馬、大隊長じゃあるめーし、お前なんぞに補佐が必要かぁ?」
「必要じゃ。丁度、秘書が欲しかったところじゃき」
「ああ、アレだな。遊郭通いと飲み過ぎをどやす女房役なら必要かもしんねーな」

うんうんと頷く銀時。
遊郭通いと飲み過ぎ、と確かに聞こえた。かたらはジロリと横目で坂本を見る。

「アハ、銀時は冗談ばかりゆうて困った奴じゃのう!アッハッハッハッ」
「本当のことだろーが。ったく、苦労するぜ?藤……アレ名字なんだっけ?」
「弓之助でいい。…若いうちの苦労は買ってでもしろ、っていうだろ?まぁ、嫌になったら辞めるし」
「ダメぜよ!わしゃ弓之助がええんじゃ、弓之助が女房なんじゃあァァァ!」
『うるさい!』

パアンッ。
かたらと銀時は同時に坂本にツッコんだ。



寺の入り口、四脚門をくぐって見た光景にかたらは息をのんだ。
想像以上に寺院の敷地は広く、遠く奥に見える本堂、それ以外に建物がいくつもあった。

元々歴史ある寺院で、戦争勃発時、攘夷思想だった住職やその弟子たちが志士に協力し、拠点として提供したのが始まりらしい。今はもう住職も戦死して主のいない廃寺だが、それでも威厳ある佇まいに、雰囲気に、かたらは魅了された。

「広いのはええが、それに見合う人数が揃っちゃーせん」

石畳を歩きながら、坂本が簡単に境内の説明をしてくれた。
四脚門近くの建物が客殿と言って、他の拠点から来た同志の宿になっているそうだ。
続いて石畳を曲がって、右にあるのが納経所、ここは炊き出し等の調理をする食堂に改築されている。左にあるのが宝物殿、宝物はなく武器倉庫として使っているとのこと。

境内の中央より右側に中庭、ここは志士たちの鍛練の場になっており、今も夕飯前に一汗かいている者がちらほらと見受けられる。
中央より左側には鳥居が立ち、その先には神仏を祀る仏堂があった。仏堂はたまに作戦会議室として使われるらしい。
そして、中央より奥の本堂へと続く階段の両脇にある建物、それらが隊長格の居住区だった。

「階段を挟んで右の平屋がわしの寝床じゃ。弓之助は空いちょる部屋を使うてかまわんきに」
「で、左のが小隊長たちの平屋だ。俺はあっちで寝てる」

銀時が親指で示す。
正直、部屋が離れているのは助かった。常に一緒の行動などしていたら、いつボロが出るかもわからない。坂本が言っていたように、気を張り続けて生活するのは精神的に疲れるものだ。

「ほいで、階段上って一番奥の本堂とその左右にある建物が一般志士の寝床になっちゅうよ」

坂本が指差した本堂はここから少し距離があった。階段も長い。かたらは改めてこの寺院の広大さを感じた。

「井戸もこじゃんとあるきに、水には困っちょらん。食料も今のところ足りちょるしのう。…ただ、問題は武器じゃのう。質のええ丈夫な刀が足らんのじゃ。昨日みたいな小戦も刀が弱ければ人も折れる。どこの部隊でも、おまんのように戦場から遺品を集めちゅうがのう、ええモンがないきに刀を打ち直すのもままならん。結局、武器が一番金がかかるちや」

中隊長たる坂本の悩み。補佐となるからには一緒に悩み、考えなければならないだろう。

「そうか……しかし辰馬、腕のある刀匠に頼るのもいいが、刀の消耗は遣い手の技量によって決まるものだろ?…死に直面した戦場で冷静に刀を振るえ、というのも無理かもしれないが…」
「んなこたァ、わかってるけどよ。刀が脆くちゃ話になんねーだろーが」

銀時が仏頂面で口を挟んできたので、かたらは話を切り返した。

「何も刀だけが武器じゃない。金のかからない武器だって作ろうと思えば作れるんだ。俺はそうしてる」
「ガキが一丁前に…」
「ほうほう、面白そうじゃのう!弓之助は色々と意見を出してくれそうじゃき、先が楽しみな女房じゃあ!」

アッハッハッハッ、と笑ってその場を誤魔化して、坂本はかたらを平屋に引っ張っていった。

「オイッ、辰馬…」
「銀時、話は後じゃ。わしゃ疲れた、夕飯までちっくと休ませてもらうぜよ〜」
「………っ」

銀時はチッと舌打ちして自分の平屋に向かう。
何かが腑に落ちない。面白くない。
辰馬と弓之助とやらは昨日出会ったというのに仲が良いのだ。いくら恩人といっても、命の恩人ないし、肩入れしすぎではないのか。こっちは一晩戻らなかった中隊長殿を心配していたというのに。
銀時は子供のように拗ねていた。



平屋の玄関を無視して、坂本は直接縁側に上がった。
この建物は平屋造りで横に長細い、言わば長屋のような構造だった。左側の玄関口以外は、端から端まで縁側になっている。何かあればすぐに外に飛び出せるし、出入りも簡単だ。

「わしの使うちょる部屋はここじゃき。おまんの部屋はわしの隣でええがか?」

坂本は全部で四つある部屋のうち、玄関寄りの部屋を使っていた。

「……さっき、空いている部屋ならどこでもいいと言ってなかったか?…俺はあんたの隣は嫌だぞ」
「はて、言うたかのう?…ちなみにあっちの端は大隊長の部屋じゃき無理じゃ」
「………」
「さらに、その大隊長の隣もダメじゃ。会議室として使うちょるきに」
「………」

結局あんたの隣しか空いてないじゃないかァァァ!
かたらはツッコミたい気持ちを抑え、部屋の襖障子をやや乱暴に開けた。

「!…以外に広いな…」

奥の押入れを除いても八畳はあるだろう。中は少々煤汚れているが掃除すれば問題ない。

「井戸はそこの植木のとこじゃき、水は飲んでも大丈夫じゃ。さてと、わしゃちっくと寝るぜよ。一段落したら起こしとおせ」

そう言って坂本は自分の部屋に入っていった。
急に静かになって気が抜けそうだが、そんな暇はない。かたらは掃除をするべく荷物を一旦廊下に置いて、羽織と防具を脱いでから井戸に向かった。
井戸から水を汲み桶に移して、濡れ雑巾で部屋中を拭けば、何てこともない一時もしないうちに掃除は終わりだ。


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