僅かな月明かりを頼りに、かたらはろうそくに火を点す。この洞窟は奥行も然程ないため、小さな火でも十分だ。
男は上体を起こして、こちらを見つめていた。

「具合はどうだ?」

訊きながら、かたらは頭部を覆っている鎖頭巾と口当てを脱いだ。

「おまんのくれた薬が効いたみたいじゃのう、随分と楽んなったが。…ところで、おまんの名は何と言うがかえ?」
「………藤咲…弓之助」

かたらは師匠が与えてくれた偽名を口にした。

「弓之助?はて、女子にしちゃ珍しか名前じゃの〜」
「……あんたの名前は?」
「わしは坂本辰馬じゃ。辰馬と呼んでもろーてかまわんきに。ほんで、弓之助はどこの所属部隊のモンじゃ?どこから来たが?」
「…遠く西から転々とここまで来た。…所属も何もない、志士の集まるところへ行くだけだ」
「ほう…皆、似たようなもんじゃのー。皆、地方から中心に寄ってくるもんじゃき。けんど、わしゃあ女子の侍は初めて見ちゅう。おまん年は幾つじゃ?」

かたらはふうっと溜息をついて俯いた。
確かに戦場に女がいるのは珍しいだろう。かたら自身も自分以外の女を見たことがない。
この坂本という男が質問攻めしたくなる気持ちもわかる。

「女子じゃない、男だ。年は十五」
「ん?どっかで聞いた口癖…じゃのうて、十五はわかる。けんど、おまんは女じゃろう。さっきはまっこと、すんばらし〜おっぱいじゃった。…あイカン、思い出しただけで鼻血が…」

かたらは更に頭を抱えた。
裸を見られたのは失敗だった。それにこの男、どうやら女好きのようだ。戦場の男なんて皆、女に飢えているものだが、一体どう言い包めればいいのか。

「……さっきのは見なかったことにしてほしい。戦場では男で通してるんだ」
「何か事情があるようじゃのう。…おまん、親しい仲間はおらんがか?」
「……ひと月前、師匠を失った。それからずっと、…ひとりのようなものだ。それに、今日一緒に出陣した同志も殆どの者が戦場に散った。……それより、あんたはどうしたんだ?」
「わしか?わしゃここから東のほうで戦っちょったが、突っ走るあまり迷子になってしもうての〜、仲間も見失ってしもうた訳じゃあ」

アッハッハッハッ、とのん気に笑っている。
何だか憎めない男だ。どこか母性本能をくすぐられるようで、かたらはふっと表情を緩めた。

「そうか。……坂本は帰る根城はあるのか?」
「坂本じゃのうて辰馬でええ。拠点はいくつかあるがで、東じゃ〜こじゃんと部隊があって連携しちゅう感じちや。一応わしも、隊長やっちゅうけどね」
「隊長っ!?」
「アレ?以外じゃった?隊長ゆうたち中隊長ちや」
「……隊長さん、か…」
「?…ほがーにかしこまることないぜよ」
「………」

白夜叉はどこにいる?
そう訊きたいのに言葉が出てこない。隊長ともなれば知っている可能性が大きい。かたらは口を開いたまま固まった。

「?…弓之助、どうしたが?」
「いや…何でもない。…た、辰馬?」
「おうっ、なんじゃ?」
「腹、減っただろ?食べて早く寝るとしよう」
「すまんの〜恩にきるぜよ」



坂本は惜しみなく笑顔を見せる男だった。
まるで無邪気な子供のようで、出会ったばかりなのに一緒にいて心が安らぐ。

夜、かたらが眠りにつくまで坂本は色々と話してくれた。殆ど一方的に喋っており、かたらは時折相槌を返しながら話を聞いた。
土佐で生まれ育った子供の頃や、夢と自由を求めて故郷を出たこと、攘夷戦争に参加してからの良し悪し、大切な仲間がいること。実は肋骨が折れたのは戦の最中でなく、自分の不注意で転んで骨折してしまったこと。

話を聞いて人柄がわかる。この男は己を飾らない人間なのだと。
一見すると、格好悪くて情けなく、お調子者で馬鹿に見えるかもしれない。でも、こういう男こそ、大きい器をもっていたりするものだ。隊長をやっているのも頷ける。

かたらは眠りに落ちる寸前、心の中で感謝した。
坂本の人間らしさに触れて温かい気持ちになれたから。少し元気をもらえたから。



***



早朝、荷物をまとめて身支度を整える。
かたらはいつものように髪を後ろに引っ詰めて、黒髪のかつらを装着した。

「何でヅラ被るが?」
「…目立つだろ?この髪の色」
「確かに珍しい色じゃ。まるで夕日を見ちゅうように美しい…」

それは嬉しい台詞だが、今のかたらには複雑なものだ。
かつらの留め具を地毛に固定して、その上に鎖頭巾を被り、顔半分を口当て布で覆う。じっと見ていた坂本はがっくりと項垂れた。

「あ〜折角の目の保養がなくなってしもうた……しっかし、忍者みたいじゃのう」
「一応忍術も習ったからそれなりに。得物も小太刀や棒手裏剣のほうが扱いやすいし…」
「忍術!わしにも教えとうせ〜組んず解れつ仲よおして、もっとお互いを知ったほうがええ!」
「……辰馬は下心を隠したほうがいいぞ。というか、男として接してくれ、頼むから」
「わしとふたりっきりじゃったら問題ないきに、ずっと男のフリも辛かろうて。のう、弓之助」

弓之助、を強調されて、かたらはムッとふくれた。

「本名は教えないからな。俺は弓之助でいいんだ、今は」



山道を東に進んでいく。
かたらは坂本の後ろを歩いていた。速度は速くも遅くもなく、かたらにとって丁度良いものだった。きっと坂本が歩幅を合わせてくれているのだ。時折、言葉を交わしたり、昼飯を食べたり、あっという間に時刻はお八つ時になった。
休憩といきたいところだが、坂本が言うにはあと少しで拠点に着くそうだ。ちらほらと同志の姿も見かけるようになった。
坂本が急に足取りを緩めて、かたらの隣に並んだ。

「のう、弓之助。おまんと出会うたのも何かの縁じゃき、わしのところへ来んか?」
「…それは辰馬の部隊に入れということか?」
「わしのところへ嫁に来てもろうてもかまわんきに。……アハ、冗談ぜよ〜」

ジロリとかたらに睨まれて訂正。

「いいよ。…ただし、一緒に戦うのはあんたが生きてる間だけだからな?」
「嫁に来てくれるが!?わしが死ぬまで一緒にいてくれるがか!?わしゃあ嬉しいぜよォォォ」

ガバッと坂本が両腕を広げてきたので、かたらは素早く手で払った。

「…いつ俺が嫁になると言った?」
「じょっ冗談じゃき〜。わしの嫁は無理でも…わしの補佐になってくれんかのう?」
「…補佐役?」
「そうじゃ。まぁ補佐ゆうんは女房みたいなもんやき、わしの傍におって、わしの管理ばしてくれたらそれでええ」
「…俺にできるかどうか…」
「弓之助はまだ十五じゃ、わしが色々教えちゃる、困ったことがあったらわしが護っちゃるき。寝食一緒、寝るときは腕枕もしちゃる。そのほうが安心、安全じゃき!」
「どこがっ!?」

こういう馴れ合いに飢えていたのだろうか。かたらは正直嬉しかった。でも、同時に切なさが募っていく。
皆に会いたい。
どうか無事で、元気でいてほしい。できるならば、その姿を一目でいいから見たいと思った。

「?…弓之助、どうしたが?」
「辰馬、……俺が攘夷に参加してるのは皆と同じ理由だけど、もうひとつあるんだ。…人を捜している…俺にとって大切な人なんだ…」
「ほう、大切な人……会いたいかえ?」
「会いたい。一目でも…」
「会うたとして、一目だけでいいかえ?ほいで満足ながか?」

かたらは俯いた。きっと満足なんてできない。

「この戦場で…その人が無事に生きているだけで、俺は満足だよ。それに、会えたとしても正体は明かせないし…」
「じゃから弓之助っちゅう訳かぁ…」
「約束を破ってここまで来たんだ…本当の姿で会える訳がない…」

坂本はかたらの頭を軽くポンポンとたたいて、ニカッと歯を見せて笑った。

「わかった!わしが応援しちゃる!おまんの大切な人とやらを捜しちゃるき〜元気出すぜよ!…で、捜し人の名は何とゆうんじゃ?」
「坂田……坂田、銀時という名前だ」
「ほうかほうか、銀時かぁ」
「白銀の髪で目立つ風貌をしている。噂では白夜叉と呼ばれているようだ」
「ふむふむ、白夜叉………」

足を止めて考え込む坂本。様子がおかしい。

「白夜叉を知っているのか?」
「知っちゅうも何も………わしの仲間じゃき」

かたらは固まった。

「………うそ」
「嘘じゃなか〜本当じゃ。……ほれほれ、噂をすれば何とやら」

坂本は前を見据えて指で示す。つられてかたらも視線を向けた。

「?」

ひらけた山道に石積みの階段が見えた。階段の上には寺の四脚門、周りは塀で囲まれている。どうやらそこの寺院が坂本の拠点のようだ。
その寺院へと向かう階段の途中。
キラリと光るものが見えてかたらは目を見開いた。白銀に輝くそれを見間違えることはない。

「……ぎ、ん…っ」

坂本はアッハッハッハッと笑った。

「どうやら捜し人は見つかったようじゃのう」


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