繋がる道


息苦しくて目が覚めた。
視界に入ったのは空の青。流るるは雲、ではなく戦場の硝煙だ。
鼻先をかすめる血の臭い、まとわりつく重い空気、それは飛散した脂肪だろう。どこかで死体が燃えている。
かたらは首だけ動かして周りを確認した。
案の定、死体だらけだ。共に戦った同志と敵の天人の屍、かたらはその中に埋もれている状態だった。

早朝からの酷い負け戦だった。
仕舞いには天人側の放った大砲の威力になすすべなく、皆散っていった。
撤退命令が出た途端、集中砲火を食らって、かたらは爆風に飛ばされ今に至る訳だ。

ズルズルと死体を押し退け起き上がる。
幸い怪我は軽かった。身体はあちこち痛むが骨折はなく、どうやら打撲だけで済みそうだ。
中腰のままにもう一度周囲を見渡すが、味方の姿も、敵の姿も見当たらず、すでに双方撤退済みのようだった。残されたのは焼け野原に散らばる死体だけだ。

かたらは今もなお、戦場に立つ。

大切な人を亡くした。
両親も、先生も、師匠も、この世から去っていった。
胸にぽっかりと空いた喪失感、それを埋めてくれる人は傍にいない。
何処にいるのかわからなかった。唯一わかっているのは、同じ空の下で、同じように戦っていることだけ。





かたらは焼け野原から林に入り、切り立った崖を下った。
深い森の渓流を辿り、沐浴に丁度良い小さな滝つぼを見つけると、周りに人の気配はないか慎重に確認する。
何の気配も感じられない、大丈夫だろう。
かたらは武器と防具、頭のかつらを取り外し、着ていた忍装束を一気に脱ぎ捨てると滝つぼに飛び込んだ。飛び込んだといっても音は静かに。
一度頭まで潜ってから上半身を出し、胸から腹にかけて巻いてあるさらし布を解いていく。

「ふう……っ」

かたらは深呼吸をした。
人並みに大きく、日々成長している胸を毎日さらしで締めつけるのは正直苦しいものだ。
さらしを丸めて束子代わりに、丁寧に身体をこすって汚れを落とす。こうやって全身水に浸かるのは久し振りだった。

ザザザザ。

滝に打たれながら髪を梳かす。
指先に絡まるのは痛んでいる証拠。長い間、髪油で手入れしてないから痛むのも仕方ないことだ。心なしか夕色の髪も色あせて見える、気がする。
戦場では男として生きなければならない。
しかし、こんな生活が続いたら、そのうち女の仕草さえも忘れてしまいそうだ。言葉遣いすら戻せるかわからない。

ザザザザ……パキッ。

「!?」

何か枝の折れるような音が聞こえた。
後ろから?
かたらは滝の裏側を覗いてみた。顔を伝う水を手の甲で拭って目を凝らす。滝裏は小さな洞窟になっていた。
湿った暗がりから、ザッ、ザザッ、足音はこちらに近づいてくる。
敵か、それとも…
ようやく目が慣れたとき、その姿を確認できた。頭と身体に防具をつけた人間の男。
同志だ!
男の羽織は血で赤く染まり、足取りは覚束ない。おそらく負傷しているのだろう。かたらは自分が全裸であることも忘れて駆け寄った。
否、駆け寄ろうとしたが。

「おっ……おなごじゃあああぁぁぁっ!!」
「わあああぁぁぁっ!!」

ガンッ。

急に襲いかかってきたので思わず急所を蹴り上げてしまった。

「!!……ガハァ…ッ」

男は横に倒れて苦しそうに胸元を抱えた。股間の急所より胸が痛いとはどういうことか、その呼吸は乱れてる。もしかしたら肺を損傷しているのかもしれない。

「おいっ!しっかりしろ!落ち着いて呼吸を…っ」
「むっ無理…じゃ…」

カクッ。
男は鼻血を流しながら気を失った。



かたらは軽く身なりを整えてから、男の怪我を調べた。
羽織についた血は本人のものではないようだ。防具を外して襟元を大きく開き、たくましい胸板の骨をなぞるように指診する。やや腫れて歪んでいる部分に触れると男が呻いた。

「う……うぐ…っ」
「気がついたか?……肋骨が三本折れている」
「……三本ばぁ…大したことないきに…」
「肺には刺さってないようだな……他に痛むところはないか?」

言いながら、かたらは男の身体をわさわさと触診していく。

「アッ、やめっ…こそばい…っ」
「……あばら以外は大丈夫みたいだな」
「あのォ……下のォ…アレがはち切れそうなんじゃが…」
「………」

先程蹴り上げたところはものすごく元気そうだ。うん、見なかったことにしよう。
かたらは自分の荷物から携帯救急箱を出して、そこから必要なものだけ取り出した。

「少し身体を起こせるか?…まずは痛み止めの薬を飲んでくれ」
「イタタ……はぁ…すまんのー…」

茶碗に水を汲み薬とともに手渡すと、男はそれをゆっくりと飲み下していく。

「次は湿布を貼って、さらしで肋骨を固定する。冷たいが我慢してくれ」

湿布はかたらお手製の、練った薬草を沁み込ませ乾燥させた布切れ、それを水で戻した代物だ。
かたらは男の胸に湿布を貼り、丁寧にさらしを巻きつけていった。この男、背も高くがっしりと筋肉がついている。余程の鍛錬者か、百戦錬磨のつわものか。
巻き終えて、かたらが顔を上げると間近で瞳が交わった。男はガシッとかたらの手を握る。

「わしと結婚しとおせ」
「………はぁっ!?」

訛った言葉だが、結婚してください、という意味だとわかる。
目は真剣そのものだったが、如何せん鼻血が垂れている。うん、無視する方向でいこう。
かたらは男の手を退けて、素早く襦袢を着せて襟元を整えた。布で鼻血を拭ってやってから、ひんやりと冷たい地面に自分の羽織を敷いて、荷物袋を枕に仕立てた。
ポンッと即席枕を叩く。

「ここに寝るといい。…もうじき陽も暮れる。今日は動かないほうがいいだろう」

かたらは立ち上がって鎖頭巾を被った。

「おまん…どこいくが?」
「食料取ってくる」





夕暮れの戦場は仄かにやわらかく幻想的だ。
地に伏せた者も、その赤黒い血も、何もかもが夕日に染まっているのだ。
この光景が夢ならば、幻ならば、どんなにいいことか。いつだって現実に引き戻してくれるのは死の臭いだった。

かたらはひとり、彷徨うように歩いた。
生存者を探すも途中であきらめた。殆どの者が瞼を明けたまま絶命している。かたらはその目を見るのが嫌だった。その目に映った自分を見るのが嫌だった。死に連れて行かれそうな気がするからだ。

死に絶えた戦場で、必要なものだけを手早く集めていく。
携帯食料に、ろうそくと火種、汚れの少ない羽織、刃こぼれのない刀も数本手に入れた。
かたらはそれらを麻袋に入れて背負うと、男の待つ滝裏へと向かった。


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