ドオォォォン…!!

爆音と共に突風が吹き荒れる。辺りは煙に包まれ視界が遮られた。
かたらは爆煙から逃れようとひた走る。これでは敵も味方もわからない。

「く…っ!」

突如振り下ろされた刃に重心を崩され、かたらは後転して受け身を取った。素早く小太刀を構えて前を見据えると、煙の中から現れたのは大柄な天人だ。
まるで西洋の死神のように黒い外衣をまとい、大鎌を手にしている。

「うぐっ…!」「ひっ…」

近くにいた同志の短い悲鳴が途切れていく。死神の一振りで肉も骨もきれいに切断されていた。
かたらは一旦距離を取るべく後ろに飛び退く。

天人の陣地に乗り込んでの戦いは厳しいものとなった。
小規模と見込んで攻撃を仕掛け、小競合いの末、陣屋を爆破することに成功したものの、天人側に兵士が追加されるとは思っていなかったのだ。ということは、この近辺にまだ敵陣があるのだろう。

シュッ!

かたらが放った棒手裏剣は狙った急所を外れて天人の肩に刺さった。間髪を入れず次を投げるが大鎌に弾かれてしまう。

「……っ」

ここは接近戦で片付けるしかない。
再び小太刀を抜いて敵の背後へと回り込む。大鎌の攻撃範囲が広いため迂闊には近づけないが、要は振り切ったその隙を狙えばいいのだ。

ブォンッ…!

大鎌が横切るのを見計らって、かたらは大きく跳ねた。大鎌を足場に二段跳躍して敵の首根っこに刃を深く突き立てる。引き抜き際に血飛沫が空中に舞い、天人は自分の鮮血を浴びながら倒れていった。

「撤退っ!撤退しろぉぉぉ…っ!」

遠く後方から撤退命令が出ている。
しかし、前方にはまだ同志が戦っているのだ。かたらは援護するために前線に足を向けた。

案の定、激戦地では小数の味方が苦戦を強いられており、敵に背を向ける余裕すらない状態だった。そこに師匠の藤咲と弥彦の姿を確認して、安堵するも気を引き締める。
かたらは棒手裏剣の切先に矢毒を塗りつけた。
稀にトリカブトの猛毒が通用しない天人種族がいるが、せめて神経を麻痺させるくらいには効いてほしい。

ヒュ…ッ!

味方に当たらぬよう慎重に投げていく。それは外すことなく次々と敵に突き刺さっていった。
かたらはすかさず接近戦の助っ人に入る。

「…弓之助!」
「師匠っ、撤退しましょう!天人に毒を打ちました、効けばじきに麻痺するはずですっ」

敵がよろけたところを斬りつける。どうやら毒が効く種族のようだ。
だがその後ろには新たな敵がこちらに迫ってきている。藤咲は周りの同志たちに叫んだ。

「撤退ー!撤退ーっ!」

それを聞いて一斉に身を翻す。
まだ身動きする天人を食い止めていると、弥彦がかたらの傍に寄ってきた。

「弓之助っ、無事だったかぁ!」
「まだ無事と言うには早いっ…弥彦、怪我を負っている者の手助けを!」
「わかってんよ!じゃ、また後でな、弓之助!拠点に戻るまで気ィ抜くなよっ」
「わかってる!」

周りを見渡して、散り散りに退避していく仲間の姿が森に消えていくのを確認した。

「師匠!俺たちも行きましょう!」
「わかった!ついて行くから先に走れっ」
「はいっ」

かたらは横に逸れて走り、森の中に飛び込んだ。
攘夷側が引けば、天人が追撃してくることは滅多にない。気性が荒く戦闘を好む種族を除いての話だが。何かしらの決まり事があるのかもしれない。
それでも安心するためには、できるだけ戦場から離れなければならなかった。弥彦が言ったように、拠点に戻るまで気は抜けないのだ。

「……っ!?」

ハッとしてかたらは足を止めた。後ろにあったはずの気配がなくなっている。
振り向けば、藤咲がいない。

「師匠?……師匠…っ!」

かたらは退路を引き返す。
樹木の間を左右に確認しながら小声で呼び続けた。ぞわぞわと嫌な汗が出て息苦しくなり、口当て布を外す。

「……師匠……何処にいっちゃったの…?」

返事がないことに呆然としていると、微かに声が聞こえた。

「…何故戻ってきた…」
「!!」

かたらは声を辿る。そこには大樹の根元に寄りかかる藤咲の姿があった。

「師匠っ!」

腹部を中心に忍装束が赤黒く変色している。かたらは跪いて傷口を探した。

「無駄さ……助からない…」

息をする度に小さく破れた布の間から鮮血が少しずつ溢れ出ている。止血しようと胸元を開くかたらの手を、藤咲は掴んで止めた。

「かたら…もういい……もう十分だ…」
「いやっ……ダメですっ……師匠…っ」
「このまま……静かに眠らせてくれ…」

血だまりが広がって、かたらの膝元を濡らしていく。
出血量からして助かる見込みなどなかった。藤咲の顔は蒼白で意識を保っているのが不思議なくらいだった。

「なあ…かたら……お前の幸せは…どこにある…」
「幸せ……?」
「お前には…それを求めて……生きてほしい…」

藤咲は弱々しくも口元に笑みを作る。かたらはそっと師匠の手を両手で包んだ。

「松陽は…祈っていたよ……いつか皆が…本当の幸いを、手に入れる日が…来るように、と…」
「!……っ」
「…俺も…同じだ…」
「……っ」
「かたら…生きろ……生きて…幸せに……」

言葉が途切れ、瞳孔が光を失っていく。

「はいっ…必ず生き抜いて…幸せを掴んで見せますよ……師匠と弟子の約束です…っ」

かたらは涙を堪えて笑顔で見送った後、涙も声もかれ果てるまで号泣した。



***



時代の流れに抗って、何度も大波にのまれては、大勢の仲間を失い、終には己の命も尽きてしまった。
国のために戦った?否、己のために戦った。
己の志のために戦ったのだ。たったそれだけのこと。

志無くしてこの国を変えることはできない。
世を正すなら、まず人の道理を正さねばならん。
人が人として生きることを忘れなければ、自ずと道は開かれる。

そんな綺麗事、夢物語が通用する時が来るのだろうか。
弱きも人、強きも人。
人はそのどちらも併せもっているもの。
正も悪も同じように、どちらに傾くかは己次第。
結局のところ、人は欲望という志に従って生きていくのだろう。



藤咲弦之助は死して想う。

幸せな人生だった、と。
かけがえのない友と出会えて幸せだった。弟子と巡り会えて幸せだった。
かたら、お前は俺にとって最初で最後の弟子だった。
俺を師匠と呼んでくれて、ありがとう。
生きて、幸せに。

藤咲弦之助は死して願う。


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