三月に入って、ようやく春らしい季候になってきた。後ひと月もすれば桜も花開くだろう。
かたらが藤咲と旅立ってから約二年という月日が流れていた。

最初の一年間は修行の日々。
伊賀出身の藤咲から、ありとあらゆる忍術と戦法を叩き込まれ、役に立つ学識・知識はもちろん漢方医学も教わった。薬草と毒草の見分け方から始まり、煎じ薬の調合、毒薬の作り方までも会得した。
攘夷に参加するに至っては、ただの男装にとどまらず完璧に男に見せるため口調や仕草、心の持ち方も男らしく変えた。藤咲師匠曰く、女を捨てるのではなく、男を演じきることが重要だと教えられた。
そして、かたらの特徴である夕色の髪。
戦地で目立たないようにと、地毛をまとめ上げ、襟足を隠す長さの黒髪かつらを着用することになった。
成長していく身体には厳しいが、厚手のさらし布で胸を押さえ、腹と腰には重ね巻きでくびれをなくして男体形を作る。
それから忍装束に身を包み、小具足の籠手と脛当をつけて首には襟巻き、鎖頭巾をかぶれば若くとも立派な忍者風攘夷志士の出来上がりだ。
武器は戦の都度、得物が変わったりするが、かたらは好んで刃長の短い小太刀と棒手裏剣を使用していた。
天人を殺すこと。
敵とはいえ命を奪う行為。それを躊躇う者など戦場にはいない。苛まれるとしたら、死に逝く同志を救えなかったことだろう。

そんなこんなで攘夷戦争にひっそりと参加して約一年が過ぎた訳である。
過酷で地獄のような修行、それに耐えて経験を積んできたからこそ、今のかたらは自信に満ち溢れている。
正直、藤咲は驚いていた。かたらがたった二年弱でここまで成長できたのは、師匠たる自分の力量よりも、かたらの素質が恵まれていることのほうが大きい。才能がなければ努力だけで何十年とかかる技だからだ。
松陽は多分こうなると予想していたのかもしれない。
遺品を届けるよう頼んだのも、自分とかたらが師弟関係になるよう仕向けるためだったのではないか。今となっては確信をもってそう思う。



数日かけて新しい拠点へと辿り着いた部隊は、現地の攘夷志士たちと杯を交わす。
これは合併を祝う杯で、こうやって人数が減った部隊同士が合流して戦力を補うという寸法である。
戦の気配はどこへやら、真昼間から飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。酒に興味のないかたらは藤咲に断って、拠点周辺を散策することにした。

今回の拠点は山峡の小さな村の神社。
建物自体は大きくないのに、やけにだだっ広い境内で陣営を張るにはもってこいの場所だった。
敷地を出ると高台から農地を見渡せる。所々に家が建っているのが見えるくらいで、なんとも寂しい田舎の風景。でも、かたらにとっては懐かしさを感じずにはいられない。
荷物は師匠に預けてきたし、かたらは軽快な気分で緩やかな丘を下っていった。

「おいっ!チビ、止まれ」

と、無骨に声をかけられても無視。

「止まれって言ってんだよ、そこのチビ助!」

ぴたり。
かたらは足を止めた。
この辺りにいる人間は自分と同じ攘夷志士だろう。進んで揉め事を起こしたくはない。だけど、なめられたくもない。

「…何か用か?」

かたらは低音で言い放ち、振り向いた。

「お前、今日来た奴らの一人だろ?」

そこには青年というにはまだ早い、幼さの残る男子が立っていた。
少し長い髪を後ろにまとめ、着流しをだらしなく肌蹴させている。腰に差した得物は真剣、少年とて侍、一応は志士なのだろう。

「…そうだ」
「じゃあ新入りってワケだ」

言いながら少年は近づいて、かたらの顔をじろじろと眺める。

「人形みたいなツラしてんなァ…お前、年は幾つなんだ?」
「…十五」
「おう、オレのが先輩だな。オレは十六」

たった一つ年上というだけで、そのどや顔は如何なものか。

「…年なんて関係ない、立場は同じだ。すまないが、名前も名乗らない者に付き合ってる暇はない」

かたらが踵を返すと、少年は隣についてきた。

「悪かったよ、チビ助。オレの名前は弥彦ってんだ。よろしく頼むぜ」
「…チビ助じゃない、弓之助だ」
「弓之助、か。…で、弓之助はどこに行くんだ?」
「散歩」
「んじゃ迷子にならねーように、オレがここいら案内してやるよ」

絡まれて喧嘩でも吹っかけられたら面倒だと思っていたが、どうやらただのお節介くんのようだ。ありがたいことだが、それはそれで面倒になる。折角の息抜きを邪魔してもらいたくないからだ。

「……申し訳ないが、俺は独りになりたいんだ。案内はまた次に頼もう」
「独りに…ってアレか。隠れてナニでもするつもりかぁ?」

股間に手を当ててニヤニヤと笑う少年。その露骨な表現にかたらは小さく溜息をつく。
男だらけの中に身を置いていると、卑猥な話もたくさん耳に入ってくる。今となっては耐性がついたが、正直気分のいいものじゃない。

「…だったら何だ?何をしようが俺の勝手だ。人の自由時間を邪魔しないでくれ」

かたらはジロリと睨み、返事も聞く気がないという風に足取りを速めた。
後ろで少年が何か言っていたが、追いかける気が失せたのか次第に気配は遠くなっていった。



この村は迷子になるのが難しいくらい見通しが良い。
しばらく山辺を沿って歩いているが、離れても丘陵の神社はしっかりと見えていた。しかし一方で、村の市場らしき建物は見当たらない。あるとすれば農家屋敷が密集しているくらいだ。
まだ日の入りまでには十分時間もあるし、もう少し下ってみようと、かたらは歩き続けることにした。



それは途中、小川で水を飲んでいるときだった。
密生している樹木の奥から物音が聞こえてきた。初めのうちは野生の動物だろうと考えた。

「……?」

だが、獣にしては騒がしい。
バサバサと鳥が鳴きながら頭上を飛んでいく。その鳴き声に混じって一瞬、甲高い悲鳴が聞こえたような気がした。かたらは嫌な気配を感じて、森に足を踏み入れる。
樹木に隠れながら進むと、鮮明に男の声が響いてきた。声というより興奮した荒い息。
覗き見た光景にかたらはぞわりと鳥肌を立て、目を見開いた。

「………っ!?」

男が三人地面に屈んでいる。その中心には白い肌を剥き出しにされた女の子。
何が行われようとしているかは一目瞭然である。
男たちは少女の口を布で塞ぎ、か弱くとも抵抗する細い手足を押さえ込んでいる。薄地の着物は引き裂かれて裸も同然、両足は左右に持ち上げられていた。
男の一人が己の熱り立った一物をしごきながら、少女の未成熟な秘部の陰唇を指でまさぐって、今まさに挿入しようとあてがっている。

ヒュッ…!

「ぐあっ!?」

男の頭部に衝撃が走った。

「寄ってたかって女の子に乱暴しようなんて、男の風上にも置けないな」

かたらが投げたものは小さな石ころだ。

『!?』

男たちは一斉にかたらに視線を向けたが、小さなナリを見て鼻で笑った。

「ガキがしゃしゃり出てくんじゃねぇよ、あっちいってな」
「それとも何だ、おめーもヤリてぇのか?」
「チッ……痛えなオイ、あ…血ィ出てんじゃねーか」

石を当てられた男は頭部を押さえて立ち上がる。赤黒く屹立したモノは露出したままだった。かたらは目を細め同じように鼻で笑ってやる。

「その粗末なモノ、しまったらどうだ?」

双方、だらだらと話すつもりはなかった。

「ハッ…しまう必要なんかねーさ。お前の尻穴にぶち込んでやるぜ」

売り言葉に買い言葉の次は決まっている。
かたらは迫りくる男の拳をかわすと、その手首を掴んで捻り、当て身を入れて投げ飛ばした。すかさず、うつ伏せに倒れた男の腕を取り肩の関節を外す。
素早い身のこなしで二人目、三人目も関節技で伸していく。それはあっという間の出来事だった。

「男だったら真面目に働いて、その金で遊郭の太夫でも買ってみせな」

かたらは言い放つと、羽織を脱いで少女の肩にかけた。





夕日に照らされる自分の影を追うように、拠点へと向かう帰り道。
かたらは気分的には快いものの、どこか腑に落ちず考えながら歩いていく。

助けた少女は近くの農家の娘だった。
腰が抜けて歩けない彼女を背負って家まで送っていけば、お礼にと手厚いもてなしを受けた。
丁重に断るつもりが結局、彼女に丸め込まれて風呂まで頂いてしまう始末。女だと知ると打ち解けるのも早い。かたらは久し振りに同性と話す機会を得ることになった。
彼女はたくさんの家族に囲まれて平穏に暮らしていた。
けれども、彼女にとってそれは退屈でつまらない生活のようだ。だから、子供で女で攘夷志士のかたらの波瀾万丈な話を聞いて驚いていた。まるで夢物語のようだと言っていた。
かたらからすれば、平凡でも笑って暮らせるほうがとても羨ましいことだ。
しかし考えてみれば、人生に山があって谷があって、艱難辛苦を乗り越えてこそ、平凡な幸せを理解できるのではないか。戦争の残酷さを知っているからこそ、平和を心から望み、幸せを噛みしめることができるように。
冒険心の強い彼女はまだ十二歳。
自分と大した差はないが、これから大人になればきっとわかる日が来るだろう。

そうこう考えているうちに、拠点の近くまで来ていた。
神社の門前の階段を上ると、敷地を囲む白壁に凭れて腕組みしている少年が見える。少年はかたらを見るなり駆けてきた。

「弓之助!…お前ってすげーんだな!小さいのに大人三人も投げ飛ばしてよぉ」
「!…見てたのか?」

まさか尾行されて、目撃されているとは思わなかった。

「悪い、気になっちまって…つい、な。…まぁ、怒んなって」
「悪趣味だな。そんなに俺がナニするところを見たかったのか?」

かたらは軽蔑の目を向けたが、少年はまったく気にせず、むしろ喜んで食いついてきた。

「結構面白いんだぜ?人のやつ見るの」
「…最低」
「それよか、あの女の子に礼はしてもらったか?もちろん身体でよ」
「……」

最早あきれて言葉も出てこない。その代わりにかたらは手を出した。技のひとつでもかけてやろうと思った。

「わ…っ」

かたらは少年の胸倉を掴んで引っ張り上体を崩す。同時に相手の右脇下に肘を入れ背中を向ける。後は引き手となる右腕を思いっきり引けば終わりだ。

「っ!?」

決まるはずの背負い投げが決まらない。あろうことか少年はすんでのところで身体を捻り、足を絡ませてきたのだ。
かたらは持ち直す余裕もなく少年と一緒に横倒しになってしまった。

「…こっちも俺のほうが先輩かもな。ちなみに得意なのは寝技。…ま、戦場じゃ役に立たねーけどよ」
「………」
「そうツンケンすんなって。仲良くやろうぜ、弓之助」
「俺は馴れ合うつもりはない」
「あっそ。じゃ、寝技いきまーす。…ほっそい腕してんなぁ、すぐ折れそう」
「い…っ!」
「ほ〜れ、どこまで我慢できるかな〜?」

うつ伏せの状態で上から腕も足も押さえられて身動きが取れない。本気で骨折させるつもりはないだろうが、これ以上やったら筋を痛めてしまう。

「〜〜〜わかった!仲良くするっ」
「おっ?素直になった」
「違う!こんなものは単なる脅しだっ」
「悪気はねーよ」
「いや、どう考えても悪気あるだろっ」

かたらは不思議な感覚に囚われた。
目の前の少年は悪びれる様子もなく笑っている。それを見て懐かしいと感じた。

「よろしくな、弓之助!」
「……よろしく、弥彦。…俺の前で…下品なことは言うなよ」
「えええ〜なんで〜?いいだろ別に、男はみんな下品な生き物だろぉ?」
「違う」

かくして、かたらに風変わりな仲間ができた。たまにはこうして馴れ合うのも悪くないかもしれない。
ただ、そう思うことにした。


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