生と死の岐路


「東の部隊にゃ、すげえ強い奴がいるんだとよぉ」
「そりゃあ江戸近辺に張り込むんだから、一騎当千の兵が揃ってて当たりめーだろ?」
「その調子で地方の剣豪が中心に集まってくれりゃいいよなぁ…そしたら天人に一泡吹かせてやれるのによぅ」
「お前人任せかよ!…ま、どうせ俺らは剣豪にゃ程遠いがよ」

男たちはガハハと笑い合う。
これはとある攘夷軍の野営風景。渓流沿いの広い岩場に集まって、それぞれ仲の良い者同士で焚き火を囲んでいる。夜も更け、支給された飯をつまみながら会話は続く。

「年配者や怪我した連中が引退するなか、若い奴らが頑張ってるからなぁ…俺ら中年も踏ん張らねーと」
「若者が参加してくれるたぁ嬉しいね、まだまだこの国も捨てたモンじゃねーや」
「…だからぁ、その若い連中のなかに一人突飛した奴がいるって聞いたんだってば」
「何だよ、鬼のように強いって?」

皆が話を切り出した男に視線を向ける。
戦いに参加している男たちの噂話といえば、第一線で活躍する猛者たちの噂だった。

「いやいや、鬼じゃなくて夜叉だ」
「夜叉ぁ?…鬼と夜叉ってどっちが強いんだ?」
「ばーか、鬼も夜叉も同じようなもんだ」
「何でも…若いのに白髪頭で目立つ風貌でよ、敵をばったばったと薙ぎ払い、白銀の髪を真っ赤に染めて、戦場を駆ける姿は夜叉の如く恐ろしきものなり…」

若いのに白髪頭、白銀の髪。
支給食を腕に抱えた少年は素通りするつもりだった足を止めた。

「…で、付いた二つ名が、」
「わかった!…血に染まるならアレだ、赤夜叉!」
「違うって、鬼夜叉とかじゃないのぉ?」
「ばかお前、鬼も夜叉も同じだって言っただろが。…赤はクレナイ、紅夜叉のほうがかっこよくね?」
「………お前らにがっかりだよ。ったく何の捻りもねーしよぉ」

いい年したオジサンたちは子供のようにはしゃいでいる。

「じゃあよ、何ていう二つ名なんだ?」
「かっこいい名前なんだろーなぁ、おい?」
「え、ああ、……白夜叉って呼ばれてr」
『そっちのほうが捻りもクソもねーだろがぁぁぁ!』

バシバシと仲間からツッコミを受けて、話を出したオジサンが撃沈する。
それを見て少年は歩き出した。



集団から離れて渓流沿いを下ると、大きな岩に隠れて焚き火の灯りがもれている。ゴツゴツとした渓流石を踏みながら少年は待ち人の元へ戻った。

「師匠、戻りました」
「…すまないな、弓之助」

弓之助と呼ばれた少年は椅子代わりの平岩に腰をかけて、持ってきた支給食を取り分ける。

「…つい先程、噂話を耳にしたんです…」

言いながら、師匠と呼んだ男に食べ物を渡す。男は受け取りつつ少年の表情をうかがった。

「ん?…そんな気になるような噂だったのか?」
「はい。……師匠は…白夜叉と呼ばれる男の噂を聞いたことはありませんか?」
「白夜叉…白い夜叉、か。…俺は知らないが、二つ名が付けられるくらいだ…余程の猛者なんだろう」
「………」

少年は俯いて焚き火を見つめる。黄赤の炎が少年の黒髪を夕焼け色に染めていた。

「……気をつけろよ、弓之助。その目…女の表情になってる」
「!……師匠は何でもお見通しですね、いつも…」
「それで、…白夜叉っていうのは白い頭だから?」
「みたいです。…白銀の髪に血を浴びて、夜叉の如く戦場を駆ける。…銀髪の人なんて、そうそういませんよね…」
「そいつが誰か、なんて会えばわかるさ。東には百戦錬磨の志士が集まっているからな」

今、ふたりが身を置いているこの部隊も戦で仲間を失い、新たな拠点へと移動中だった。

「そうですね…東に行けば、きっと……」

少年、弓之助はキリリと顔を引き締めた。

向かうは東、まだ見ぬ白き二つ名に、想い重ねて追いかける。


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