真剣な面持ちで向かい合うふたりの間を春風が穏やかに吹き抜けていく。

「この屋敷を出なさい」
「!?……どうして…?」
「ここが危険だからだ。…天人が松陽の身元を洗っている。既に関係者も何人か捕まった。…じきにこの屋敷にも調べに来るだろう」

かたらは呆然と藤咲を見つめる。

「俺は警告に来たんだよ、かたらちゃん」
「……ダメです…わたし、ここを離れるなんてできません…!」
「たとえ子供でも深く関わっていた者は殺される。お前さんは彼奴らの残虐さを知らないから、」
「それでもっ、わたしは離れません…この場所が汚されるのを…黙って見過ごすなんてできない…っ」
「気持ちはわかるが、」
「何がわかるっていうんですかっ!約束したんです、ここで待ってるって…!先生の遺してくれたこの家を護るのが、わたしの役目なんですっ!……必ず帰るって…ここに帰ってくるって約束した…のに…っ」

乱れた感情が治まらず、不安と怒りが爆発する。こうやって人に怒鳴ったのは初めてだった。
よく知らない人間に、先生の親友に、泣き喚くという醜態を晒すなんて自分で自分が信じられない。

「銀時と交わした約束か…」
「…生きて…帰るって、だからっ…わたしが帰る場所を護らなきゃ…」

藤咲は軽く息を吐いてかたらを鋭く見据えた。

「お前さんはここを護るために死ぬのか?ここを護ろうと戦って死ぬなら本望だと言いたいのか?…落ち着いて、よく考えろ」

その視線は冷ややかで厳しい。かたらは負けまいと意地を張って睨み返した。

「…わたしにとっては、大切な場所です…っ!」
「ここで待ってる?ここに帰ってくる?この場所に囚われてどうする?」
「………っ」
「大切なのは命だろ?お前さんが死んだら約束も死ぬ……それがわからないのか?」
「………」

かたらは押し黙る。
わかりきっていることを指摘されて悔しくて、子供のように反発してしまう自分も悔しかった。

「お前さんさえ無事に生きていれば、それでいいんだ。銀時にとってお前そのものが帰る場所。お前がいるところなら何処だって…そこが帰る場所になるんだ」
「……わたし自身が…帰る場所…?」

ドクンドクンと心臓の拍動がうるさくて、かたらは胸を押さえる。

「自分の鼓動が聞こえるだろ?そいつが動いている限り、銀時の帰る場所は確保されてるってことだ」
「………じゃあ…わたしの帰る場所は…?」
「自分の胸に訊いてみろ」

言われて思い浮かぶのはただひとり。

「銀兄……っ」

たった今、かたらにとって銀時のいるところが帰る場所になった。
そう決めると無性に会いたくて堪らなくなる。恋しさが募って先程とは違う涙が込みあがってくる。
藤咲はかたらの百面相を眺めてニヤリと微笑んだ。

「やっぱり銀時とは恋仲か…」
「!…やっ、やっぱりって…な、なな何で…?」
「さあな」

かたらは頬を染めつつ深呼吸をする。

「あの、…取り乱してしまってすみません…」
「余程、鬱憤が溜まってるんだな。銀時がいなくて不満、…というより自分に不服と見た」
「!…何でわかるんですか?」
「そりゃ、お前さんがイイ子だからさ」
「??」
「わからなきゃ後で教えてやるよ。兎に角、早く……」

藤咲の言葉が途切れると同時に、何かの気配を感じた。ふたりは咄嗟に息を殺して外に視線を向ける。
ザリ、ザリ、庭の白石を踏む音が聞こえ、何者かがこちらに近づいている。

「……お前は動かなくていい、ここでじっとしていろ」

藤咲はそう囁くと、腰に巻いた革帯の箱から棒手裏剣を数本構え、スッと障子襖の向こうへ出ていった。

「………っ」

かたらは固唾を呑む。
ザザッ、ザザッ、と白石の荒らされる音。ドシャッと何かか倒れたような音。
それからシン…と静まり返る空間。
しばらく待っても藤咲は戻って来ない。
かたらは不安に包まれて部屋の隅までゆっくりと後ずさった。この居間には刀が置いてある。観賞用でも使えるはずだし、何もないよりはマシだろう。
かたらは刀掛台に手を伸ばして刀を取ると鞘を抜き捨てた。重い真剣を下段に構えながら障子襖の外を覗き見る。

「………!」

庭に人が倒れていた。
風変わりな衣装と肌の色を見れば一目で他民族だとわかる。天人が二人、息絶えているのを確認した。
縁側の踏み石を下りて辺りを見渡すが藤咲は見当たらない。もしかしたら講義室に向かったのかもしれないと、かたらは自分も向かうべきかどうか迷った。
否、今は無闇に動かないほうがいいはず…そう決めた途端だった。

「!!」

背後に何者かが降り立って、かたらはぞわりと総毛立つ。
振り向きざまに天人の一撃が振り下ろされて間一髪飛び退くが、すぐさま追撃が迫った。

キンッ…!

刀で受け止めるも、いとも簡単に弾かれて身体が宙に舞う。その瞬間がやけにゆっくりと感じられた。
脳裏をよぎったのは死の予感か、それとも…



『生き抜く覚悟、だ』
不意に銀時の言葉を思い出してかたらは目を見開いた。

ザンッ!

すんでのところで受身を取って刀を構え直す。
まともに攻撃を受け止めることはできない。どうにか上手く避けて仕留めなければならない。

わたしは生き抜く。

かたらは恐れという緊張を解いた。
迫り来る天人の剣の切先をひらりとかわす。冷静な眼で見れば天人の太刀筋が読めるとわかった。柔軟に、機敏に動いて急所を突く機をうかがう。
そして見つけた隙は逃さない。かたらは鳩尾を狙って天人の懐に飛び込んだ。

ズシュ…ッ

切先が肉体にめり込んで深くのまれていく。
横隔膜を裂き、奥の交感神経を切る。

「ぐがあぁぁあぁ…っ!!」

天人は激しい痛みに叫び、呼吸を乱す。
かたらは刀の柄を放し後ろに飛び退こうとしたが、苦しみにもがく手に捕らわれた。

「ひぐ…っ」

太い指がかたらのか細い首に食い込んでギリギリと音を立てる。抵抗するも力が出ない。相手が倒れるまで耐える余裕もなくて視界が揺らいでいく。
かたらはフッと笑んだ。
こんな弱いのに生き抜こうなんて、とんだお笑い種だ。そう自嘲して目蓋を閉じる。



「よく頑張った」

耳元で藤咲の声が聞こえて、身体がふわりと抱き上げられた。
ドシャリという音に横目を向ければ、倒れた天人の首から血が噴き出ているのが見える。

「…けど、最後の笑みは減点だ」
「ふ、ふじ、さ……げほっ…はぁっ…はあ…っ」
「落ち着いて、ゆっくり息を吸って……吐いて……そうそう」

縁側に座って、藤咲はかたらの背中をさする。

「……こいつらは偵察に来ただけだ…ということは、近くまで指揮官が来ている。もしくは既に外で身を潜めている可能性がある」
「……っ」
「直ぐ動けるか?大事な物だけまとめて支度しろ。金で買えるものなら後で揃えてやる」
「は、はい…」


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