前夜


無常にも時は過ぎ、別れは時々刻々と迫るだけ。
旅立ちは明日。今日が兄妹で過ごす最後の日。ふたりは互いに募る憂いを隠したまま、朝を迎えた。

遅い朝飯を取った後、かたらは銀時を縁側に招いて散髪を促した。

「少し短めに切ろうか?」
「いや、いつもどおりでいい」

ふわふわの白銀を梳かしながら少しずつ髪にハサミを入れていく。
こうやって大好きな髪に触れ、切って整えてあげることができるのも今日までだ。かたらはゆっくりと丁寧に作業を進めていった。深く考えなくとも、何をするにも、今日と言う日が最後なのだと否応なしに感じてしまう。



午後には近くの山へ花を摘みに出かけて戻る。
冬の時期安定して咲いている花といえば水仙で、昔からかたらは必ず黄色の水仙を選んで摘んでいた。
講義室に入ると、かたらは黄水仙の茎を整えて一本ずつ花瓶に挿していく。銀時は気になって今更ながら訊いてみることにした。

「…お前さぁ、この花好きなの?いっつも黄色しか取らねーよな」
「もちろん好きだよ…」

かたらは答えながら教壇に花瓶を置く。

「松陽先生が好きな花だから。…銀兄たちは知らないと思うけど、先生って意外と花好きだったの。花言葉とか詳しかったし」
「まじでか、つーかそれって話す相手がお前だからだろ?」
「そうかも。銀時には内緒ですよ?…って言ってたなぁ」

そのときの先生の照れた顔を思い出してかたらの口元が自然と笑む。

「水仙が実は毒草で、球根を食べると身体が麻痺するとか、球根をすりおろしたのは消炎・排膿薬として腫れ物に効くとか…」
「…それって別の意味での好きなんじゃ…」
「冬の雪にも負けず凛々しく咲き佇む姿から、雪中花という別名があるとか。先生は色々教えてくれた…」

かたらは懐かしむように指先で黄水仙の花弁に触れた。
その色は鮮やかなのにどこか謙虚で、姿は可憐なのに凛として咲く。その花の持つ雰囲気がかたらに重なって、銀時は思った。
きっと松陽先生も同じように感じたに違いない。だから、その花を好きだと言ったのではないか。

「で、そいつの花言葉は?」
「黄水仙の花言葉は…わたしの…わたしの愛に……」
「…愛に?」

銀時の相槌にかたらは振り向いてテヘッと言わんばかりに笑った。

「忘れちゃった〜」
「オイ嘘ついてんじゃねーぞ。人が折角訊いてやってんのによぅ」
「あれバレた?」
「見え見えだ」
「何か恥ずかしくて言えないし、…やっぱり銀兄には教えてあげない」
「つーか愛って単語が出てくる時点で恥ずかしーけどな」
「……銀兄はもう少し女心ってものを勉強したほうがいいかもねっ」
「女心ぉ?何だよ、お前以外の女と遊んで勉強しろってぇ?」
「なっ、何でそうなるのっ?銀兄のばか…っ」

かたらはむくれてそっぽを向くと、教壇に置いてある燭台のろうそくに火を点した。線香を数本出して火にかざす。銀時は横からかたらの頭を軽く撫でて、同じように線香に火を点けた。
ふたりは並んで香炉に線香を立てて手を合わせる。
ここに先生の亡骸はなくとも魂はある。講義室にも、己の心の中にだって先生の魂が息づいている。先生の教えを受けた者ならわかるだろう。
どこにいたって先生を感じることができるはずだ。


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