別れの日


初雪にして積もった雪は見事に白銀世界を作っていた。真上に昇った太陽を反射して、眩しいほどに煌いている。
銀時とかたらは屋敷の外回りの雪かきに精を出していた。この積雪では桂も高杉も来れないだろうし、きっと自分の家のことで手一杯になっているはずだ。

雪かきが一段落したところで、銀時は講義室の縁側に座り込んだ。床板の冷たさが服を通して伝わって、少し顔を渋らせる。かたらはというと、何やら雪を握って遊んでいるが銀時は構わず声をかけることにした。

「かたら。…お前に話さなくちゃならねぇことがある」
「うん、…何?」

雪を握ったまま、かたらが近づいてきた。吐く息は白く、寒さで頬と鼻先がほんのり赤くなっている。昨夜の涙で少し腫れた目元、それに追い討ちをかけてしまうかもしれない。銀時はそう思いながらも告げた。

「俺、……攘夷に参加することに決めた」
「………」
「ヅラと晋助と決めた」
「………」

遅かれ早かれ告げなければならないのなら、今のうちに言ってしまおうと、単純に考えてしまったのは浅はかだっただろうか。
かたらは無表情に固まって、手に包まれた雪が解け、水滴がぽたりと地面に落ちていった。

「覚悟は決めた」

銀時はかたらの手を取って雪を払う。するとかたらが口を開いた。

「…覚悟って何?…死ぬ覚悟ってこと…?」

表情を窺えば、既に溢れている涙。銀時は小刻みに震えるかたらの手を自分の両手で覆った。

「バーカ、ちげーよ。…覚悟ってのはよ、…生きて必ずここに戻ってくるっつー覚悟」
「…生きる覚悟…?」
「生き抜く覚悟、だ。……ナニお前、俺が信じられねーの?信じて待っててくれねーの?」
「………だって…っ」

顔を歪ませて、今にも号泣しそうなかたらを膝に乗せて抱き寄せる。

「だってもクソもねーんだよ。俺だってなぁ、お前と離れたくねーし、寂しいし、心配なんだよ。できりゃあ肌身離さず持ち歩きたいくらいなの」
「うう…っ」
「お前と同じ気持ちなんだって。…そうだろ?」

かたらは小さく頷いた。

「…だから、俺は覚悟して戦に行く。生きて帰ってくるから、…俺のこと信じて待っててくれるか?」
「……約束は…?」
「忘れちゃいねーよ。お前がここで良い子で待ってたら…ちゃんと嫁にもらってやらぁ。…あ、寂しいからって他の男と仲良くすんじゃねーぞ?俺ァ浮気は許さねーからな」
「銀兄だって浮気したら許さない…」
「安心しろ、戦場に女はいねーから。…つーか心配しだしたら切りがねーなこりゃ…」

ウーンと銀時が唸るので、かたらは顔を上げた。

「銀兄…そういうの全部まとめて信じてる、でいいんじゃない?」
「まぁ…そーだなウン。ごちゃごちゃ言ってても仕方ねーし…」
「じゃあ指切りして?」

言いながら右手の小指を差し出すかたらに銀時は苦笑する。

「お前ってホント、こーゆーの好きだよな」

互いの小指が絡まって繋がると、かたらは唱えた。

指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます

「指切った」

かたらは小指を離してにっこりと無邪気に微笑む。銀時はその細い小指を引き寄せて口に含んだ。

「んっ…何するの銀兄……あっ、何で噛むの!?」

ギリギリと歯を立てて吸いつく。
かたらは知っているだろうか。指切りの由来を。
遊女が心底惚れた男に対し、変わらぬ愛を誓う証として小指を切断し捧げたという話がある。それは遊女とその客との結婚の約束。血を流してまでみせた誠意を裏切るのなら、約束を破るのなら、拳万と針千本飲ませてやる。そういう意味合いだ。

俺は裏切らない。約束は果たす。
だから、お前の小指が欲しいんだ。

そう告げたらお前はどうする?俺を狂ってると思うだろうか。



***



春を待たずして旅立つ人たちがいる。
別れの日が近づいていた。

かたらは平静を装ってはいたが、内心気が気じゃなかった。
本当は皆に付いて行きたい。一緒に戦いたい。何よりも銀時の傍にいたい。幼子のように地団駄を踏んでひとりにしないでと、我が侭を口に出せたら楽になるだろうか。否、そんなことを口走ったら皆を困らせてしまい、自分の愚行を後悔するに決まっている。
そんなわかりきった自問自答を繰り返すのが嫌になって、かたらは銀時に黙って屋敷を飛び出した。



どこへ行くのかも決めず、行く当てもなく、とぼとぼと冬の畦道を進んでいく。
まだまだ寒い季節で、袴をはいていても足元から冷たい空気が入ってくる。かたらは体を温めるべく足取りを速めることにした。

「かたら……かたらっ!」

名前を呼ばれて、ふと無意識から我に返る。振り向くと桂が立っていた。

「かたら、ひとりでどこへ行くのだ?」
「小太郎…」
「銀時はどうした、一緒ではないのか?」
「………」

答えないかたらを見かねて、桂はその手を引いて自分の屋敷に連れていった。庭を回って縁側から部屋へと入る。

「…銀時と何かあったのか?」
「何も…ないよ…」
「そうか……」

さっぱりと整えられた桂の部屋。その隅に一括りにまとめられた荷物が見えた。

「…本当に…行っちゃうんだね…」
「ああ。……お前をひとり残していくのは忍びないが、」
「いいの、わかってる。…わたしは皆の無事を祈って…待ってるから…っ」

涙を見せる訳にはいかないのに、堪えようと思うことにさえ泣けてくる。

「かたら…」

桂は横からそっと肩を抱いた。艶やかな黒髪がかたらの夕色の髪に重なる。

「俺もわかっている。…お前が本当は一緒に行きたいことも、銀時の傍にいたいこともわかっている。…銀時から離れるとは己の半身を引き裂かれる思いであろうな…」
「……っ」

こうやって気持ちを酌んでくれるから、我が侭など言う必要も暇もなかった。いつだってそうだ。

「かたら、銀時のことは俺に任せるがいい。あいつが曲がらぬよう、しっかりと見張っておこう」
「……本当?」
「ああ、約束する」
「うん……ありがと、小太郎」
「お前のためなら一肌でも二肌でも諸肌脱いでやるぞ、俺は」
「うん。お母さん、ありがとう」
「誰がお母さんだ。お母さんじゃない、桂だ。…まったく、お前はもう少し男心というものを勉強したほうが…」
「男心?」

かたらが首を傾げて見上げてくるので、桂は体を離しゴホンと咳払いをした。

「いや、やはりお前はそのままで良い。男心なぞ理解できたら末恐ろしいことになりそうだ」
「?」
「それより、銀時に黙って出てきたのであろう?」
「あ…」
「何、銀時のことだ。お前がいないとなれば、まず先に俺の所へ訪ねてくるだろう」
「う……そうかも」

昔からそうだ。かたらに何かある度に銀時は桂の所へ行く。なんだかんだ言って頼ってしまうのは、頼りになるのは桂だった。
中性的な外見と違って、中身は兄貴肌で面倒見が良い。的確に言えばお母さん肌なのだが。

「かたら、少し頼みたいことがあるのだが…」
「?」

桂の頼みとあっては断れるはずもなく、かたらは二つ返事で引き受けた。


1 / 2
[ prev / next ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -