星の行方


銀時…

誰かが呼んでいる。この声は…

……松陽先生?

辺りは白霧に包まれて何も見えない。
ふと遠く頭上から一筋の光が降り注ぎ、次第に明るく照らされいく。まるで陽だまりの中にいるような感覚で目が眩み、結局視界はぼんやりとしたままだった。

『銀時』

再び呼ばれて振り向けば、自分が今どこにいるのかがわかった。自分は縁側に座っていて、隣には松陽先生が座っている。
先生はこちらを向き口元に笑みを浮かべていた。そんないつもの表情がやけに懐かしく感じられる。

『志があれば、自ずと覚悟もついてくるもの。…銀時、私は覚悟を持って行動しています』

その声も、その言葉すら懐かしく思えるのは何故だろう。

『たとえ私の身に何があろうとも、どんな災いが降りかかろうとも、どんな仕打ちを受けようとも、それは私が覚悟を決めた上での結果なんです』

死する覚悟あっての行動だというのか。

『人間、悔いのないよう生きようと思っても難しいでしょう。何かに思い入れがあれば…その思いが強ければ強いほど重くのしかかってくる。それは責任であり、執念であり、未練でもある』

ふわりと頭を撫でる大きな手。

『それでも、自分の信念を貫いて死ねるなら…私は本望です』

その手が、いつの間に小さく感じられるようになったのか。

『君が…、君たちがいたからこそ…私は迷いなく進んでいけた…』

先生、と呼びかける声が出てこない。

『人間らしく生きていけた』

急に強くなった光に耐え切れず、目を閉じた瞬間に聞こえた言葉。それは…

『     』





スッと目を開けたとき、銀時は暗闇に包まれていた。
しばらく放心していると見慣れた天井が薄っすらと見えてきて、自分は寝ていたのだと気づく。

「…銀兄…どうしたの…?」

かたらが上体を起こしてこちらを覗き込んでいる。

「怖い夢でも見たの…?」

言われて先程の出来事が夢だったと気づかされる。銀時は腕を伸ばしてかたらを引き寄せた。

「いや…何でもねぇよ……つーかどんな夢だったか忘れちまった…」

本当ははっきりと憶えている。けれど、頭の整理が追いつかない。夢と現実の狭間に取り残されたかのように。
ただ、今は抱きしめているかたらの温もりと鼓動だけが自分の存在を繋いでいる気がして、銀時は縋るようにかたらに口付けを求めた。



***



その知らせは初雪と共にやってきた。
土は霜、水は凍り、空気は肌を刺すように冷たい真冬のある日。松陽の死を知らせる文が届いた。
幕府の、その裏で手を引いている天人によって斬首刑に処された。粛清を受けたのだ。遠い江戸で、先生は帰らぬ人と成り果てた。

高杉も、桂も、嘆き悲しみ憤ったが、銀時は感情を失くしてしまったかのように静かだった。それでも皆が同じ気持ちを抱き前に進もうとしていた。
その日のうちに、三人は攘夷戦争へ参加する決意を固めた。



分厚い雪雲が夕日を隠している。
空はどこまで見渡しても暗い灰色で、昼から降り続いている雪は地面を真っ白に染めていた。

銀時が屋敷に戻ると、かたらは雨戸も閉めずに縁側で膝を抱えてうずくまっていた。長い間ここにいたのだろう。かたらの羽織っている半纏は冷たく湿っている。銀時はかたらを抱きかかえて居間に連れていった。
囲炉裏には木炭が点り、部屋のなかは温かい。座布団にかたらを座らせて半纏を脱がし、銀時はその小さな背中を抱き包んだ。

「……お前、…泣いてねーだろ…?」
「………」
「泣きたいときは泣けって…先生も言ってたじゃねーか。…我慢しなくていい…泣けよ」

ぎゅっと腕にやさしく力を込めて、かたらの横髪に頬を寄せる。

「銀兄が泣いてないのに、…わたしだけ泣けない…」

その言葉に銀時は息をついた。

「…俺はいいんだよ。悲しみを超えちまって涙も出てこねーんだ…」
「……あのね、一番つらい時って、無意識に我慢しちゃうんだよ。…感情がどこか遠くに行ってしまうの…」

両親の死を経験したかたらだからこそ、わかることがあった。

「一番つらい時に泣いておかないと…後でもっとつらくなる時がくるかもしれない。ずっと悲しみを引きずって生きてくことになるかもしれない……だから」

かたらは腕を振り解き向き直すと、銀時の頭を自分の胸に引き寄せた。

「泣いて…銀兄」

いつかの情景とは立場が逆になっていることに気づきながら、銀時は黙ってかたらの胸に顔を埋めた。
こうやって慰め合えるのは、分かり合えるのは、素直に自分を曝け出せるのは、かたらだから。
松陽先生がいて、かたらがいて、血の繋がりはなくともそこには確かな絆があって、それがここまでの自分を形成してくれた。愛情という人間らしさを教えてくれた。
ふと夢の中の先生の言葉が思い出されて合点がいく。

『人間らしく生きていけた』

先生は家族として感謝していたのではないか。故に最後に聞こえた言葉が…

「ありがとう…」

感謝したいのはこっちの方なのに、もう言葉は届かない。そう思うと自然に泣けて、ぽたり、ぽたりと雫が落ちていった。

「銀兄……」

銀時はかたらに寄りすがって涙を預けた。そして、同じようにかたらも泣いた。



降り続いていた雪は深夜にぴたりと止み、空には万遍なく星が散らばっている。
銀時とかたらは一緒に毛布に包まって星空を眺めた。

「あ、流れ星…」
「おお……すげーな」

流星はゆっくりと空を横切って青白い光の痕跡を残していく。

「ねぇ知ってる?流れ星が消えないうちに願い事を三回唱えれば」
「願いがかなうんだろ?」
「うん。さっきのみたいに流れが遅いのだったら、三回言えそうだよね…」
「んなガキくせーこと俺はやらねーぞ」
「…別にやれなんて言ってませんー。できそうだねって思っただけですぅー」

そうこう言っているうちに、また一筋の流星が横切る。

「…願い事なんか三回も唱える余裕ねーぞ?」
「星に頼んでも仕方ないかぁ…」
「じゃあ俺に頼んでみろ。俺がお前の願いをかなえてやる」
「…銀兄には無理、ぜったい」
「あっそ。…別に言ってみただけですぅー。かたらのばぁーか」

銀時は悔しくなって強く抱きしめた。しかし、かたらは空から目を離さない。

「ねぇ…星は流れてどこへ行くのかな?」
「……地上に落ちる前に燃え尽きんだろ。まぁ、稀に石が落下するっつーけど」
「燃え尽きる…」

それは命の終わりを想像させる。
星は命尽きる前に何故、人の願いを聞こうと思ったのだろう。今はそんな子供じみた疑問しか出てこなくて、かたらはただただ悲しくなった。

「お、また流れた。…ん?」

今度は次から次へと連続で星が放射状に流れていった。真冬の流星群は強く弱く一瞬だけ輝いて、闇夜に吸い込まれるように消えていく。

「きれい…」

かたらはすっと手を組み合わせて、ひとり心の中で願いを唱えた。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

どうか、その言葉を先生に届けてください。流星の消えた向こうに、きっと先生がいるはずだから。


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