二つの誕生日


十月に入ると急に肌寒くなるものだ。
昼間は暖かいのに朝晩はとても冷え込んで、体調を崩す者も多いだろう。

「ゲホッ……ゴホンッ…あ゛ー…」

銀時もそのうちの一人だった。
三日くらい前にのどが痛くなって、鼻水が出るようになって、段々と身体がだるくなってきたと思ったら、次には必ず頭痛がくるのだ。そして昨日の夜から高熱を出して、今朝は医者に熱冷ましと栄養剤の点滴を打ってもらった。

「銀兄、熱が下がって良かったね」

水桶で適度に絞った布を銀時の額にのせながらかたらが言う。医者の処方した薬が効いたのか昼頃には熱も引いてきて、随分と楽になったようだ。

「すまねーな……、つーか風邪うつるから…お前向こう行ってろ」
「大丈夫、わたし強くなったからうつらないよ」
「イヤ、いくら強いっつっても…こんだけずっと傍にいりゃ、うつるかもしんねーだろ?」
「でも…」
「後は寝てりゃあ良くなるからよ…」
「……本当に、大丈夫?」
「ああ…」
「…じゃあ、わたし講義室に行ってるね。でも、ときどき様子見にくるからね?」
「ん…よろしく頼むわ…」

そう言って銀時は目を閉じてしまった。かたらは後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にする。



離れの講義室には桂と高杉がいて、それぞれ読書を嗜んでいた。
かたらはふたりの傍に腰を下ろすと机に頬杖をつく。勉学に集中する気力など出る筈もない。

「熱が下がれば問題なかろう。まったく、毎年毎年よく風邪をひくものだ」
「…そういえば、小太郎が風邪ひいたところ見たことないなぁ」
「俺はそんな軟弱者ではないぞ。常日頃から予防していれば風邪なぞひかん。病気に負けるのは己の気が弱いからだ」
「そっか、病は気からって言うもんね」
「かたら。ヅラの場合、馬鹿は風邪ひかねェ、だろ?」

高杉の言葉に桂はムッと目を細めたが、いつもの口論には発展しなかった。

「こんな大事な日に風邪をひく奴こそ馬鹿であろう」
「…まァ、そうだな」

ふたりは互いに目配せして、がさごそと自分の荷物入れをあさる。桂は我先にとかたらの前に厚手の本を差し出した。

「かたら、誕生日おめでとう」

受け取った本は医学の教本だった。前に医学に興味があると話したのを桂は憶えていてくれたのだろう。

「…ありがとう小太郎!わたし、これでいっぱい勉強するねっ」

にっこりと顔を綻ばせるかたらを見て、桂はウムと頷いた。

「オイかたら。俺からはこれだ」

高杉が差し出した小さな巾着袋を開けると、中から髪留めが出てきた。
やや赤みを帯びた黄色のべっ甲で作られたもので、羽を開いた蝶の紋様がとても美しい。壊れやすい安物の髪留めしか買わないかたらには、一目で高価だとわかる品だった。

「きれい……ありがとう晋助。壊さないように大切にするね」

高杉はああ、と言いつつ照れ隠しでフイと顔を逸らした。

「ふたりとも、本当にありがとう。すごく嬉しい」
「うむ。銀時が風邪をひかなければ皆で甘味処に出かける予定だったのだが…」
「仕方あるめェ、治ったら行きゃあいい」
「…そうだな」
「うん……銀兄はあんな状態だし…わたしの誕生日を祝うどころじゃないし…今日が誕生日だって忘れてるかもしれないし……」

段々と意気消失していくかたら。本当は銀時にいの一番に言ってほしかったはずだ。
おめでとう、と。



夕方には桂も高杉も帰ってしまい、かたらはひとりぽつんと台所に立っていた。
食欲のない銀時にふろふき大根を出してあげようと茹でているところだ。やわらかく煮込めばお粥と同じで飲み込みやすく、大根は風邪にも効くという。早く回復して元気になってもらいたい一心だった。

「銀兄、……大丈夫?」

枕元に近づいて顔を覗き込むと、銀時はゆっくりと眼を開けた。

「んー…大分楽になった…かも」
「ご飯の前に着替える?汗かいたでしょ」
「ああ…そーだな…」

銀時はだるそうに上体を起こして、一息つく。

「じゃあ、お湯持ってくるから待っててね」

言って、くるりと背中を見せたかたらの腕を掴んで引き止める。

「!……どうしたの?銀兄…」
「…なァ…今日って何日?ああ、やっぱ今のナシ。今日は七日…だよな?」

かたらは向きなおし黙ってこくんと頷いた。それを見て銀時は頭を抱える。

「あー…今日七日だったのかァー…」
「うん。七日です」

心なしか念を押すように言うかたら。銀時は顔を上げて訊いた。

「かたら……怒ってる?」
「…別に怒ってません」
「ません、ってやっぱ怒ってんだろ?言っとくけど、忘れてたワケじゃないからね?」
「だから怒ってません。銀兄は寝込んでたから日にちもわからなかったんだよね。忘れてても仕方ないよ」

仕方ないと思う気持ちは本心なのに、かたらは目尻に涙を溜めて口をへの字にしていた。

「ちょっ、何で泣きそうになってんだよ…っ!やっぱ怒って」
「銀兄がっ…ぐだぐだ言うから…っ」

銀時はかたらの涙がこぼれ落ちる前にその体を胸に抱きしめた。

「あー…俺が悪かった。………誕生日おめでとう、かたら」
「…うん」

確かにぐだぐだと言い訳がましいことを口走っていて、かたらが怒るのも無理はないと銀時は思った。
きっと気づいたらすぐにでも、おめでとうと言ってほしかったのだろう。銀時はかたらの頭を撫でた。すると、爪の先がカチリと何かに触れた。

「!……この髪留め、晋助からもらっただろ?」
「…何で晋助だってわかるの?」
「わかるも何も……イヤ、何となくわかっただけだから気にすんな、お前は」

丸わかりだ。男は好いている女には装飾品を贈りたがるものだ。それで独占できるわけでもないのに、身につけさせれば優越感が湧いてくるという不思議。
銀時はかたらの髪留めを解いて外し、枕元に置いてある盆にのせた。

「すまねーな…俺、何の用意もしてねーけどよ…後で」
「今がいい」

すくっとかたらが見上げてきて視線が交わった。

「イヤだから今何も持ってないからね?風邪菌くらいしか持ってないから…」
「それでいいよ…?」

潤んだ瞳が近づいて吐息が触れた。

「それ、ちょうだい…」
「ちょ」

っと待て。という言葉は唇によって塞がれた。かぷりと。
かたらのやわらかい唇が、はむっと銀時の唇をついばんで、ちゅっと音をたててゆっくりと離れていった。

「銀兄の風邪菌もらっちゃった…」
「………っ!」

銀時は口を開いたが口元に力が入らず声が出てこない。

「銀兄…もっとしてもいい…?」
「っ!……何でそんな積極的なんだよ、おめーはっ」
「だって…十三歳になったし…銀兄に少し近づいたでしょ?」
「残念、俺ァ明々後日にゃ十六だ。永遠に追いつけねーんだよ、年ってモンは…」
「……」

むうっとかたらはふくれた。

「そーゆーところがガキなんだっつーの。まァ、俺もまだまだガキだけどよォ」
「じゃあ同じなんだから、いいよね?」
「オイ、人が弱ってるときにあんま調子のってっと、後で痛い目みんぞ?」
「うん、楽しみにしてる。…だから早く元気になってね、銀兄っ」

ちゅっ。
二度目の口付けは一瞬だった。そのままかたらは部屋を出ていって、後には放心した銀時が残された。


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