赤い兆し


昼飯にはまだ早い時刻。
かたらは台所に立ち、だるそうに野菜を切っていた。最近、どうも体の調子が悪い。そのせいで何をするにも身が入らなかった。
今朝に至っては、休んでいろと銀時に言われた。疲れが溜まっていると思われたらしい。それで一旦は布団に入ったのだが、眠気などなく退屈になり、昼飯の下ごしらえでもしようと台所まで出てきた訳である。
ザクザクと数種類の野菜を順番に刻んでいき、だし汁の入った鍋に投入。一緒に干し肉も入れて、沸騰したら灰汁を取り、かまどの火を弱めた。結局、下ごしらえどころか普通に作ってしまっている。

やるせなくて、かたらは土間の椅子に座って机に突っ伏した。
何だか体が重い。幽霊なんて信じないし、怖くないけど、何かに憑かれているような気分だ。

「かたら、大丈夫か?」

すぐ近くで声がして、かたらは覚醒した。どうやら少し居眠りしていたらしい。顔を上げると、目の前に高杉がいた。

「…うん。大丈夫…」
「オイ、どこが大丈夫だ?青白い顔しやがって…」

高杉は血の気のないかたらの頬に触れた。これは尋常じゃない。

「ちょっと待ってろ。ヅラァ呼んでくる」
「晋助…っ」

勝手口から出ていこうとする高杉を呼び止めようと、かたらは立ち上がった。
瞬間、脳が痺れて視界がぼやけた。自分の体重も支えられずに、前のめりに倒れていく。

「!…かたらっ」

咄嗟に高杉が身を翻してかたらを抱きとめた。地面まで間一髪だ。

「オイッしっかりしろ!んな状態で急に立つ奴があるか」
「ん……ごめ…」

意識はある。さて、どうしたものか。
このまま抱き上げて医者のところに連れていくか、それとも部屋で安静に寝かせたほうがいいのか。

ガラッ。
タイミングが良いんだか悪いんだか、後ろから銀時と桂が入ってきた。

「てめっ晋助!かたらに何してんだオイィィィ!」

案の定、入るなり銀時が叫ぶ。抱きしめていれば誰だって勘違いするだろう。

「倒れたから抱きとめた。勘違いすんなボケ」
『倒れたっ!?』

騒がしくなって、かたらは高杉の胸から体を離した。そのまま椅子に座り込む。

「晋助、ありがと…。皆、そんな心配しないで。ちょっと気持ち悪いだけなの…」
「だから寝てろって言っただろ!」
「待て銀時、そう怒るな。…かたら、どんな症状か俺に教えてくれんか?これでも少し医術を学んだ身だ。何かわかるやも知れん」
「……お腹、下の辺りが痛くて…気持ち悪い」
「お前、ソレうんk」

バシィッ!
桂と高杉は平手で銀時の下品な言葉を遮った。

「ヅラ、さっきは貧血で倒れたみてェだぜ?」
「そうか。……下腹部が痛くて、貧血といったら…アレしかあるまい」
「やっぱりアレか…」

ふたりして頷き合ってるので、銀時はムッとした。

「アレって何だよ?何の病気なんだ?」
「貴様、アレも知らんのか?…それにこれは病気じゃない、生理現象だ」
「女の、な」

女の生理現象。ポンッと銀時は手を打った。

「ああ、アレのことか!」
「もうっ恥ずかしいからいいよっ。それにまだ…なってないし…」

三人の視線が突き刺さり、かたらは穴があったら入りたい気分になった。

「かたら、別に恥ずかしがることはないぞ?大人になるための当たり前の現象だ」
「うん。わかってるけど……怖い、かも…」
「俺ァ男だからわからねーが、…死ぬわけじゃあるめェし、気に病むこたァねェよ」

高杉はかたらの頭をやさしく撫でた。

「うん…そうだよね。怖がってても仕方ないよね」
「よし、お前は布団直行な。添い寝なら俺がしてやる」

銀時は高杉の手を払って、かたらを抱き上げた。そのまま廊下へ消えていく。
それを見送って桂は口を開いた。

「晋助、知っているか?女子は初潮がきたら赤飯を炊かねばならんのだ」
「そんぐれェ知ってる。……つーか炊く気か?」
「当たり前だっ!俺たちは家族だからな」

やっぱり桂はどこまでいってもお母さんだった。娘のために赤飯を炊くつもりだ。
高杉はクッと吹きだした。家族ごっこも存外悪くない、そう思った自分さえ滑稽に思えた。





その後、かたらは初潮を迎えた。
初日からひどい貧血で寝込んでしまい、皆が心配になったが、五日もすればケロリと元気になった。初めての月経で戸惑っていたが、過ぎてみれば何てことはない。何も怖がる必要はなかったようだ。
初潮も無事に終わり、これから大人の女へと成長していくだろう。できることなら、その成長をずっと隣で見ていたい。皆がそう願ったのをかたらは知る由もなかった。

神のみぞ知る、願いだった。


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