不穏な気配


翌日、かたらが心配だった桂は早朝に松陽宅へ向かった。
玄関先で声をかけても返事もなく誰も出て来ない。きっとふたりともまだ寝ているのだろう。仕方なく中庭の縁側から勝手に上がらせてもらうことにした。閉められた雨戸を開ければ、朝の日差しが屋敷に入り込む。
桂はまず銀時の部屋を訪ねた。しかし銀時はいない。だとすれば、かたらの部屋で寝ている筈だ。

「銀時、入るぞ」

案の定、銀時はそこにいた。
看病しながら寝てしまったのだろう、かたらに寄り添うように横たわっている。相変わらず間抜けな寝顔だ。よだれまで垂らしている。
さて、と肝心のかたらを視察する。昨日と比べ顔色も随分と良くなった、順調に回復しているようだ。気持ちよさそうに寝息をたてているかたらを見て、桂はほっと一安心した。
それにしても、ふたりともなんと寝相の悪いことか。銀時はともかく、かたらまで乱れているではないか。まあ、熱でうなされて寝苦しかったのかもしれない。そう思うことにした。

「銀時、起きろ」

ゆさゆさと体を揺さぶると銀時が半目でこちらを見た。

「………んあ?…ヅラ?」
「ヅラじゃない、桂だ。悪いが勝手に上がらせてもらったぞ。かたらが心配だったものでな」
「あー…もうちょい寝かせて……朝飯できたら起こしてくれや…」
「銀時、貴様は病人ではなかろう!何故俺が貴様の朝餉を用意せねばならんのだっ」
「うるせーよ…かたらが起きちまうだろォ…俺ァ夜遅かったんだよ修羅場だったんだよォ…」
「何だと!?修羅場とは何事だっ!?」
「だぁからァァァうるせーって言ってんだろがァァァ!」
「なっ!貴様のほうがうるさっむぐっ!?」

銀時は桂の口を押さえて、そのまま台所まで引きずっていった。

「ぶはっ……なっ何をする銀時、はぁっ、鼻まで押さえたら、息ができんではっ、ないか…っ」
「おめーがしつこいからいけねーんだろ」
「で、修羅場とは何なのだ?」
「あーソレ訊く?いやアレだよアレ。看病って修羅場的な感じだろ?昨日の夜によ、あいつの熱がぶり返しちまって大変だったんだって」
「むっ、何故俺に知らせんのだ!?」

大げさに話したせいで桂が食いついてきた。本当のところ、熱はそれほど上がっていなかったのだが。

「あいつが大丈夫っつーから知らせなかった。ま、本当に危なかったら呼びに行ったけどな」
「そうか…大変だったのだな」

そう言って桂は懐から紙袋を取り出すと銀時に手渡した。

「ん?金平糖か?」
「うむ。ちゃんとかたらにも分けるのだぞ」
「ヅラ、あんがとよ」
「ヅラじゃない、桂だ」

いつもと同じ台詞は、癖というより合言葉のようなものだ。
桂は背負ってきた風呂敷を解いて広げた。中には林檎と梨が二つずつ入っている。徐に林檎を取って流しで軽く水洗い、包丁を拝借して丁寧に皮をむき始めた。それを見て、銀時もお粥を温めるべく鍋に火をつける。

「しかし……よかったな、銀時」
「何が?」
「かたらの貞操が無事だったことだ」
「なっ!?何で知ってんだ!?見たのか!?かたらのマn」
「みっ見る訳なかろう!俺ではない、父上が調べてくれたのだ」
「ヅラの親父が?あー、昨日着替えさせてくれてたもんなァ」
「ならず者に攫われたとあっては心配だろう?念のため…それも診察のうちだ」
「すまねーな」

桂に言われるまでもなく、昨日自分自身で確認したことだ。
銀時はそれを思い出して顔が熱くなり、気を紛らわせようと、鍋のお粥をおたまでぐるぐるとかき混ぜた。

コツン、コツン。
勝手口を叩く音がしたと思ったら、ガラッと無遠慮に戸が開けられた。そのまま、ずかずかと土間に上がってきたのは高杉だ。

「よう、晋ちゃん」
「晋助、早かったな。さては貴様もかたらのことが心配で」
「うるせーヅラ、黙っとけ」

言って、高杉は桂のむいた林檎を一切れ口に放り込んだ。しゃくしゃくと美味そうな音が鳴る。文句を言う桂を軽くあしらって、ごくりと飲み込んだところで急に鋭い顔つきになった。

「どうも湊屋って野郎は天人と繋がってるみてェだぜ」
「!…天人だと?」
「近々、江戸に繰り出して吉原にてめェの店を開くんだとよ」

かたらを攫った浪人たちの情報も、吉原に出店する話があった。しかし、天人とは一体どういう繋がりがあるのか。

「なーなー、そういや吉原って燃やされたんじゃなかったっけ?」
「確かに、先の戦において吉原遊郭は大火に見舞われたが…その後建て直したのだろうな」
「まァ、ヅラの言う通りなんだが…そいつァ地上でなく地中深くに建て直したんだとよ。名を吉原桃源郷、言わずもがな天人の支配下にあるワケだ」
「では、湊屋は女子を献上品として天人に差し出すようなものではないか!」
「湊屋は裏で奴らと取引して仲介者として働いてた。…実際、天人どもは地方から美しい女を調達して吉原に集めてるらしいからな」

高杉の持ってきた情報に銀時も桂も苦い表情をした。運が悪ければ、かたらも吉原へ連れて行かれたのだ。そう考えると不愉快にもなる。
天人の傀儡と成り下がった幕府は最早口も挟めず、手も足も出せない状態だ。自国の尊厳だけでなく、土地も、女も黙って差し出しているようなもの。

「けっ、いけ好かねーヤローどもだぜ」
「これ以上、奴らに未来を奪われる訳にはいかん」

ふたりの言葉に高杉はフッと片方の口角を上げた。

「まァ、そろそろ俺たちも攘夷戦争に参加するかどうか、考えてもいい頃合だが…」
「そーゆーことはさァ、先生に相談してからじゃねーの?」
「松陽先生はいつ戻られるのか……」

もしこのまま先生が戻らなかったら、と一瞬考えたのは皆同じだった。ただ口に出してしまえば、それが現実になるような気がして怖かった。

この日常がいつまでもずっと続くとは思わない。ずっと四人で一緒にいられる訳でもない。未来なんてどうなるのか分からないのだから。ただ、今できること、それは大切な人の帰りを信じて待つことだった。





俺が戦争に出たら、かたらはどうなる?

攘夷戦争に参加するかどうか。高杉の言葉がずっと頭の中をぐるぐると回っている。耳に纏わりついて離れないのだ。

かたらは女だ。たとえ戦いの才能があろうが、この先身につけようが連れて行くことはできない。
男は船、女は港。
男は戦場に赴き、女はその帰りを待つ。それが当たり前なのだ。生きて帰らなければ、かたらとの約束は果たせない。かたらは俺の帰りを信じて待っていてくれるだろうか?

いつかくる離別が今生の別れになるかもしれない、そんな不安が胸を締めつける。銀時は隣で寝ているかたらを見つめた。

なあ、俺はどうしたらいい?


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