遠くにぼやけた灯りが見えた。きっと浪人たちだ。
灯りが動かないということは、休憩を取っている可能性大だろう。三人は息を潜め、ゆっくりと近づいていった。
男たちは渓流近くの岩に腰かけて会話していた。傍には駕籠が放置されているが、人が入っている気配が感じられない。そこにかたらがいる筈なのに。
「かたらは眠らされているのだろうな…。さて、どうする?」
ひそひそと桂がうかがう。相手はただのチンピラ浪人二人。恐れることはない、が。
先に口を開いたのは高杉だ。
「なァ銀時、かたらの両親は殺されたって言ってたよなァ?」
「ああ、身売りに攫われる前日に家ん中で殺されてたらしーぜ」
「何故殺された?」
「俺が知るわけねーだろ」
高杉が顎を指で支えている。これは考えるときの癖だった。
「……最初から目的があって殺されたんじゃねーか?」
「目的とは、かたらのことか?」
「んじゃナニか?あいつを売りたいがために親を殺したってェのか?」
「…可能性はある。兎にも角にもあいつら捕まえて訊くしかねェ」
三人は頷いた。
作戦開始。
桂は前方から駕籠の近くまで移動して一時待つ。銀時と高杉がそれぞれ男らの背後に回り込み、準備が整ったら鳥を真似た口笛を吹く。それが合図だ。
ピュロロロ…ピュロロロ…
少し間を空けて桂は小石を投げた。小石は男らの足元近くで音を立てて転がった。
「ん?」
続けてもうひとつ投げて気を引きつける。
「!……何だ?」
「誰かいるのか!?」
男らが立ち上がったと同時に銀時、高杉が動いた。
『!!』
銀時は足技で男の背骨に一撃を入れ、そのまま体重をかけて押し倒す。
高杉は瞬時に腰の刀を奪い、男の首に押し当てた。
「うぐ……っ」
「なっ、何者だ…お前ら……っ」
「てめーらに名乗る義理はねーよ」
「だまってろや」
悪人に悪人面で脅すふたりであった。
一方、桂は駕籠に閉じ込められていたかたらを救出した。
案の定かたらは気を失っている。桂は布切れの猿轡と両手両足の縄を解き、かたらをそっと茂みに横たわらせた。
汗と涙で貼りついただろう横髪を手で整えると、頬が腫れて唇の端が切れているのがわかった。擦り傷もある。縄で縛られていた部分も痛々しく鬱血していた。
桂は怒りに震える手でかたらの着物の乱れを直した。もしやこの身に何かされたのではないか、疑問が浮くが怖くて調べることなどできなかった。
「ヅラっ、かたらは」
「大丈夫だ、眠っている」
銀時の問いに答えながら、桂は淡々と男らの手足を縄で縛り上げていった。
「少々手荒な真似をしてくれたようだから、こちらも手荒に扱うとしよう」
ゴキッ。
鈍い音がした。男の腕が、間接が折れた音だ。
「ぐがあァ……ッ!!」
桂が静かにキレている。銀時たちはそんな桂を初めて見た。
「…さて、答えてもらおう」
「何であいつを攫った?」
「理由を言え」
睨みをきかせる少年三人に男たちの顔色が変わる。
「……高く…高値で売れると思った、からだ…」
「正直に話さねーともっと痛い目みるぜ?三年前も同じことしてんだろ?」
「誰かに頼まれて攫ったんじゃねェか?」
『………』
「よし、銀時。足も折ろう」
「了解」
「まっ待て!話す!話すから…っ!!」
まったく情けない。自分が傷つくことに慣れてないあたりチンピラだ。
「では話せ。誰に頼まれてかたらを攫ったのだ?」
「……湊屋…湊屋の旦那に、頼まれたんだ…」
「湊屋?」
「オイ、そりゃ何やってる店だ?」
「港町の一画にある町遊郭……その中にある女郎屋だ」
『女郎屋だと!?』
銀時と桂の声が重なった。それを見て高杉がフンと鼻を鳴らす。
「まァ、俺はそうだと思っていたから驚かねーが。要はそこの旦那があいつを欲しがってた訳だな?」
「旦那は美しい娘を集めるのに執着しててよォ…娘どもを完璧な遊女に育てて、いずれは江戸の吉原に乗り出すって意気込んでた…」
「旦那の目に留まったら最後…娘は買われるか、攫われるかのどっちかなんだよ」
「どんなことをしてでも手に入れる、と?」
「ああ、だから俺たちに仕事が回ってくんだよ。…って、もう話したからいいだろ!解放してくれよォ!」
「娘は置いていく!連れて行かねェからよ!頼むっ」
ガンッ。
今度は銀時が男の頭を踏みつけた。そのままぐりぐりと詰る。
「じゃ、こっからが本題な。あいつの親、殺したのはおめーらか?」
「ちっ違う!俺たちは殺ってねェ!!」
「殺しはまた別の奴に頼んでんだよっ」
「正直に言えば命だけは助けてやるよ?十分の九殺しで許してやるよ?」
「ソレ殆ど死んでるゥゥゥ!!」
「ソレ瀕死状態ィィィ!!」
あわわと泣き叫ぶチンピラ。無様にも程がある。
「嘘じゃねェよ!俺たちじゃねェんだって!!」
「殺したのは湊屋に雇われてる用心棒だ!そいつが邪魔な人間を始末してんだよ!!」
「ふーん、用心棒で始末人ねぇー」
「イヤ嘘じゃないからねっ!?」
「俺らだって依頼しくじってそいつに半殺しにされてんだよっ!?」
「ふーん、だから?」
「え?だからって………」
パキッポキッ。
三人は無言で指の関節を鳴らした。
『ぎゃああぁぁあぁぁぁ……っ』
断末魔が闇夜に響き、驚いた鳥たちがけたたましく鳴き羽ばたいた。
嘘だろうが本当だろうが関係ない。かたらを傷つけた、それだけで万死に値する。殺しはしないが、十分の九殺しで勘弁しておいてやろう。
その断末魔を聞いて、かたらは目を閉じた。
すべて聞いていた。真実を知ってしまった。わたしのせいで母と父が死んだ、それが真実。
静かに零れ落ちる涙。今頃泣いたって、泣くべきあの日に戻れない。身も心も鉛のように沈んでいく、動けない。足掻く力も出ない。だからもう少し眠っていてもいいだろうか。
もう、何も考えたくなかった。
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