すぐ戻ると言って出ていったかたらはすぐには戻って来なかった。
やはりひとりで行かせるべきではなかったと、桂は息巻いて探しに出ていった。

「心配症なんだよ、ヅラはよォー」
「普通、てめェが一番心配するところだろーが。お兄ちゃんよォー」
「ああ?語尾マネすんじゃねーよ」
「真似してねーよ」
『………』

ふたりして何だか落ち着かない。そわそわと、ぞわぞわと、胸騒ぎがする。これが虫の知らせってやつかもしれない。

「……晋助、俺たちも行こーぜ」
「言われなくても」
「おばちゃーん!ちょっと買い忘れたモンがあってさァー、ちょっくら行ってくるから、荷物ここに置いといてもらってい〜い?」
「いいよいいよ、そこに置いときな〜」
「あんがと〜よっ、と」

勢いよく立ち上がってふたりは茶屋を後にした。まずは小間物屋まで行って、桂と合流しよう。



「銀時っ!晋助っ!」

付近まで行ったところで早くも桂に遭遇した。切迫したその表情が非常事態だと告げている。桂は手に持ったものを差し出して見せた。

「これは、かたらのものであろう?」

桃色花模様の巾着袋。それは紛れもなく松陽先生がかたらに買い与えたものだった。

「ヅラ、どこで見つけた?」
「店の裏の、林に落ちていた」
「……っ!」
「どこぞのならず者に攫われたとしか考えられん」

唯でさえ目立つ夕色の髪に、美しい容姿とあっては男共に目をつけられやすい。それが子供だったとしても、だ。
銀時は行き交う人間に目を光らせ、辺りを見渡した。

「……かたら…っ」
「まだ、そう遠くへは行ってないはずだ。手分けして探すぞ。かたらを見つけても見つけられなくとも一刻したらここに集合、…異論はないか?」

桂はふたりに目配せした。

「ああ」
「よし、では後で落ち合おう!」
「オイ待て」

高杉に腕をつかまれて、銀時と桂は出鼻を挫かれた。

「何をする晋助!」
「俺ァまだウンとは言ってねーぜェ」
「異論があるなら早く言え、事は一刻を争うのだぞ!」

手を払って向き直す。

「闇雲に探すより、まず駕籠屋を当たってみねェか?」
『駕籠屋?』
「攫った野郎もあんな目立つ風貌抱えてちゃあ怪しまれんだろ。移動手段に駕籠を使ってるかもしれねェ」
「身売り目的ならば、ありえるかもしれんが…」
「ここいらの村じゃあ奉公に出すことはあっても身売りを買うような縁はねェ。売るとしたら山向こうの町に連れてくだろーよ。ま、俺のカンだが」

銀時と桂は見合わせて小さく頷いた。
どの道かたらが見つかるまで隈なく探す予定だ。どうせなら怪しいところから攻めていったほうがいいだろう。

「行こーぜ」
「晋助、お前のカンとやらに賭けてみよう」



陽が暮れ始め、空はうっすらと淡い赤に侵食されていく。
三人は駕籠屋まで走ってきたが、主人は女子は見ていないとの一点張りだった。従業人に聞いても知らないという。聞き込みをしても手がかりがなかった。
それでも銀時だけが足を止めずに敷地内周辺をうろちょろと探り回っている。桂は視線を高杉にぶつけた。

「どうやら貴様のカンは外れだったようだな」
「いや、どうにもきな臭ェー。あのオヤジ…何か隠してるぜ」
「しかし脅すわけにもいかんだろう?……銀時っ!他を探すぞ、戻って来い!」

やや遠くの銀時に声をかけると、ものすごい勢いでこちらに走ってきた。あろうことかそのまま桂を突き飛ばして駕籠屋の店台に突っ込んだ。

「銀時!?どうしたというのだ?」

見れば主人の胸倉をつかんでいる銀時がいた。その顔は静かに怒りを抑えている表情。

「オイ、オヤジ。本当のこと言えよ?言わねーと…」
「うぐ……ぅ、や、やめ…っ」

ぎりぎりと胸倉を締め上げる。見かねて桂がそれを止めた。

「これでは言いたくても話せんぞ。…主人、何か知っているなら素直に話してもらおう」
「しっ、知らんよ」
「嘘だ」

銀時はそう断言して、片方の手に握っていたものを見せた。手のひらには髪留めがのっていた。もちろん、かたらが身に着けていたものだ。

「こいつは俺の妹のモンだ。てめーんとこの敷地に落ちてた。つーことは、てめーが妹を攫ったか、それとも……」
「ちっ違う、私はそんなことは、しない…っ」
「じゃあ誰だ?どこのならずモンが妹を連れてった?」

主人は俯いて観念したように息をついた。

「……最近、ここいらをうろつくようになった輩がいるのさ。…お前さんの妹を連れてったのはそいつらだよ。私は頼まれて…駕籠を貸しただけだ」
「そいつら、どっちへ行った?」

主人は山を指差した。

「港町まで行くと言っていた。何でも昔、奉公先から逃げた娘だそうだ。在るべきところに渡すと…」
『何だと!?』

松陽先生に助けられる前に、理不尽な身売りから逃れてきたということは皆知っている。これでは同じことの繰り返しではないか。

「ごちゃごちゃ言ってる暇はねーな」

我先に銀時が駆け出し、高杉も後に続いた。桂は走り出すその前にと、主人に向き合う。

「主人、礼を言う」
「まっ待ちなさい!向こうは刀を持っているんだ、返り討ちにでもされたらっ」
「大丈夫だ、心配はいらん。こうみえても俺たちは侍、丸腰での刀の対処法も心得ている。さて、チンピラ浪人どもを始末してくるとしよう」
「!……っ…」

さらりと物騒な台詞を吐いて少年は行ってしまった。
まっすぐで力強い目をしていた少年たち。否、侍と呼んだほうがいいのだろう。駕籠屋の主人は嘘をついたことを後悔した。願わくば無事に妹を取り戻せるように、そう祈るしかなかった。



山道にもいくつかの種類がある。
登山を楽しみ頂上へと向かう道、山菜取りを目的とした中腹にある道、起伏の緩やかな麓を辿る道。ここでは山麓を進むのが港町への近道だった。
三人は足元に注意しながら、できる限り早く駆けていく。夕焼けは色濃くなり、じきに暗くなってしまうだろう。
ボスンッ。
急に銀時と高杉が足を止めたので、後ろにいた桂はふたりに突っ込んだ。

「ん〜〜〜っ!急に止まるなっ鼻を打ったではないかっ!」
「ヅラ、静かにしろ」
「誰か来る……駕籠だ」

前方から駕籠を背負った男二人がやってくる。
よく見ればお揃いの羽織を身につけており、見覚えがあると思えば、先程の駕籠屋の従業人が着ていたものと同じだった。敵でないことに安心して声をかけ尋ねてみる。駕籠を持った浪人とすれ違わなかったか、と。

「ああ、さっきの奴らのことか。うちの店の駕籠だったから声かけたんだけどよ、うちの親仁さんから借りたとかどうとか言ってたな」
「兄ちゃんたち、何か問題でもあったのかい?」
「ああ、でもこっちのハナシだ。あんがとよ、おっさんたち!」

銀時は礼もそこそこに走り出した。
もう少しで、あと少しで、必ず助けられる。そう考えると急がずにはいられなかった。

「ちょいと待ちな」

桂だけ引き止められて振り返る。従業人のひとりが腰につけていた竹かごを投げて寄こした。

「持っていきな、提灯道具だ」
「!…すまない、あとで必ず返しにいく!ありがとうっ」


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