成長過程


かたらが家族に加わって三年という月日が流れた。
年は十二歳、背も伸びて少女から大人の女性へと成長する過程に入ったところだ。
顔の輪郭は丸みが取れすっきりと、黒目がちの瞳は以前より意志をもって輝いている。淡いようで深い夕焼け色の髪は香油で手入れしており美しく艶めいて、後頭部に一纏めに結った髪束が揺れるたび花の甘い香りが漂った。
胸も少しばかり膨らんで成長期特有の疼くような痛みがあり、そろそろ初潮を迎えてもおかしくない年頃だった。
かたら自身気づいてないが、周りの男から見れば十分に『女』だと意識させる風貌をしている。それは恵まれた美しさもあるだろうが、清楚で上品な色香は男女問わず人を虜にするものだった。

一方、銀時は十五歳。桂、高杉と共に成長期真っ只中である。
この三人の中で一番成長が進んでいるのが銀時だった。背も高くなり、まだまだ線は細いが程よく筋肉がつき、たくましく男らしくなっていた。



***



松陽先生の講義が終わり、自由時間。
最近のかたらは専ら剣術の修行に勤しんでいた。桂や高杉のおかげで、既に読み書き等の文学、学問、松陽先生の教本の内容も会得できている。剣術に至っては力こそ足りないが、太刀筋は良い。向上心故の才能なのか、元々天才肌なのか、どちらにせよ色才兼備という言葉がかたらには相応しかった。

母屋の道場では竹刀の打ち合う音が響いている。
かたらは稽古着の袴に着替え、胸に胴当てをつけ、打ち込み稽古に挑んでいた。
稽古の先生はいつも桂だった。何事もまず桂が進んで面倒をみてくれるので、かたらは素直に甘えていた。

「手首に余計な力を入れすぎだ。指先でなく切っ先に力を込める感じでな」
「切っ先に?」
「そうだ。がたいの良い者なら腕から力任せでいけるが、お前にそれは無理であろう。身体が細く小さい上に女であっては男のように力は出せんからな」
「ん〜…」
「難しいことではないぞ。コツをつかめば簡単なことだ。まずは手首から…」

桂がぴったりと真横につき、竹刀を握るかたらの手首をつかんだ。

「ん…っ」

瞬間、かたらが顔を歪ませる。

「!……痛むのか?」
「大丈夫、ちょっと疲れただけ、だから」

安心させるように笑ってみせると桂はムッと眉を吊り上げた。
無言でかたらから竹刀を奪い床に転がして、手全体を触って調べだした。むにむにと指先で押さえられて手がこそばゆい。気持ちいいと思っていたが手首の付根をぐるりと回された瞬間、痛みが走った。

「いっ!痛…っ」
「………今日の稽古はここまでだな」
「えっ?まだ始まったばかりなのに?」
「馬鹿者、無理がたたって体に支障をきたしては意味がない。時には休むことも必要なのだぞ?」
「小太郎って先生みたい」

剣術の手解きを受けている時点で桂は先生であるが、かたらが言いたいのは松陽先生に似ているということだ。

「……まあ、この時間は俺がかたらの先生だからな」
「小太郎は良い先生になれるね。松陽先生みたいに…」

桂の頬が薄っすらと赤くなる。憧れの松陽先生に例えられて嬉しくない筈がなかった。

「……本当に、そう思うか…?」
「うん。だって真面目で努力家で、優しくて面倒見がよくて、困ってたら手を差し伸べてくれるし、相談に乗ってくれるし…」
「そう、か…?」
「うん。でね、すっごく愛らしいの!小太郎って」
「………ハァ!?男に向かって愛らしいはないだろう!それはむしろお前のほうではないか!」
「そうじゃなくて!そういう意味じゃなくて、…アレ?そういう意味もあるかな?」
「どういう意味なのだ!?かたら!はっきりせんか!」

桂先生を怒らせてしまい、返答にも困り、かたらは道場から逃げ出した。慌てて桂も後を追っていった。

一方で、その光景を盗み見ていたふたりがいた。銀時と高杉は手合わせを中断してその場に座り込む。

「………晋ちゃん。ナニアレ?何なのあいつら?」
「ナニって、てめェんとこの妹だろーが。完っ璧、ヅラに取られてんじゃねェか」
「………」
「てめェがちゃんと面倒みねェからこうなるんだ、バカ銀時」
「ああん?俺はちゃんと面倒みてますぅー、チビ助」
「ま、ヅラに懐くのも無理はねェ…」
「あいつ、最近ヅラに似てきてんだよなー…太刀筋なんかまんまだし」
「そりゃ教えてんのがヅラだから当たりめーだろ」
「兄としての威厳がね、もっとこう……」
「ククッ、だったら兄らしく振舞ったらどうだ?てめェがふわふわしてっから駄目なんだろ、天パバカ」
「ふわっふわが俺の取り柄なんだよ!バカ杉」



かたらからしてみれば、銀時はもちろん、桂も高杉も兄と呼べる存在だった。
銀時はかったるい表情を浮かべつつも、いつも傍にいてくれて共に生活し助け合っている。
桂は学問、剣術の先生であり、何でも話せるし安らぎを与えてくれる。高杉は交わす口数こそ少ないが、細かなことに気づき心配してくれる。
皆が兄であり、友と呼べる存在だった。



***



最近になって松陽先生が家を空けるようになった。
細かい理由は話してもらえなかったが、攘夷活動をしているのは明確だった。長引く攘夷戦争を早く終結させたい、終結させなければならない。これ以上この国の未来を担う者の命を散らしてはならない。けれど、国の尊厳を無視する天人の不平等条約は許しがたいものだ。このまま抵抗を続けるか否か、この先がどうなるのかも、今は誰も知らなかった。

先生が不在であれば、もちろん村塾も休みである。
昔と比べて塾生も少なくなった今では何ら支障はなく、休みをもらった塾生たちはそれぞれ別の習い事、または成すべき事を実行するまでだった。



そして、先生がいないと銀時は木偶の坊だった。うどの大木とも言えよう。
まず朝起きない。ひどいと昼過ぎまで寝ているのだ。起こそうとしても、寝る子は育つからお前も寝ろ、と二度寝を強要される始末で、かたらは困ってしまった。
そこで、助け船が来た。
桂と高杉である。こんなことだろうと思った、そう言ってふたりして銀時を引っ叩いて起こしてくれた。
それからというもの、ほぼ毎日ふたりがやってきて共に遊び、勉強に剣術修行、何でも四人でするようになっていた。

「何だか家族みたいで楽しいね!」
「家族…というより兄妹であろう?」
「ううん家族だよ!小太郎がお母さんで〜、晋助がお父さん」
「……」
「かたら、何故俺がお母さん役なのだ!?お父さん役が適任だろう?どう考えても」
「イヤ、どう考えてもヅラは母ちゃんだろ。小うるせーし」
「ククッ、違ェねー」
「何だと!?貴様らそこになおれっ」
「小太郎、お母さんが一番偉いんだよ?すごいんだよ?お父さんを尻に敷いちゃうんだからね!」
「かかあ天下かよっ!…つーか、俺は兄のまんまなんだな?」
「銀時、てめェは犬っころだろ?」
「そっかァ、白くてふわふわしてるもんね!じゃあ銀兄は犬でお願いします!」
「ホレ、犬ならワンと鳴いてみせんか」
「何だよてめーら…ぶっ殺されてーのか?ああ゛?」

お腹が痛くなるほど笑って、楽しい時間を過ごす。なんて幸せなことだろう。


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