×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

異世界ハニー

Step.22 豪快なる誘拐

「……知り合い?」
 ヒメさんに尋ねられ、あずきは首を横に振る。目の前に座っているのは、燃えるように真っ赤なオールバックの長髪を肩甲骨あたりまで伸ばした男である。
 白目をむいており、眉毛がない。褐色の肌には筋肉がついており、腰布一枚のみを身につけていた。
「なんで、私の名前を……?」
 疑問を口にすると、褐色で白目の大男は大きく口を開いて笑った。
「火の国のことは何でも知っているのだ! アズキよ。お前が食べたパンの数も数えられるぞ!」
「こっわ」
「船に乗って火の国へやってきて、盗賊たちを捕まえる手助けをしたこと、しっかりと見届けさせてもらった!」
「こっわ」
「そして手当て、ご苦労であった!」
「声でっか」
 いちいち声を張り上げて話すものだから、あずきは思わず耳をふさいでしまっていた。大声に誘われたのか、近くの草むらが激しく揺れる。草むらから出てきたのは、体長三メートルはありそうな、緑色の熊である。
「おお! 蓄えし者ではないか! 久しいな! どれ! 久方ぶりの再会を祝して! 力比べといこうではないか!」
 緑色の熊は褐色肌の大男に向かって突進してくる。まるで男の言葉を理解しているかのようである。男も、蓄えし者、と呼ばれるそれに向かって走りだし、力の限り、組み合ったのだった。
 がはは、という大きな笑い声。蓄えし者の爪が男の肩を裂く。男は一瞬の隙をつき、緑色の熊を持ち上げた。
 筋肉がしっかりとついた猛獣が、ふわりと投げられる。地面に転がった蓄えし者が、体勢を立て直して赤髪の男に向かい合う。
 緑の獣は暴れることなく、大人しく草むらへと帰っていくのだった。
「なんだ! もう終わりか! 我輩はもう少し鍛えていきたいのだが!」
「き、鍛える……? 喧嘩じゃなかったんだ……」
 呆然とするあずき。そんな赤茶色の髪をした女のほうを振り向いて、赤髪の男はニカッと笑う。力こぶを見せながら、肩から流れる血を気にも留めないで、彼は口を開いた。
「うむ! こうして毎日のように魔物たちと手合わせをしている! 自らを鍛えるよい機会だぞ!」
 謎の男は晴れやかな笑顔であずきの首根っこを掴んだ。
 突然のことに目を白黒させるあずきと銀秘命(しろがねひめのみこと)だったが、男はそんな反応を全く意に介さず、がはは、と笑い声を上げていた。
「手当てを! してくれた! 礼が! したいのだが!」
 あずきを肩に担ぎ、大声で話す男。声を出すたびに周囲の空気がビリビリと震えるのに、銀秘命は言葉もなかった。ここで断ろうものなら、先ほど緑色の熊を投げ飛ばした腕力で、何をされるか分かったものではない。
「軽いな! アズキよ! 肉を! 食べよ!」
 大股で歩く大男。事態が飲み込めていないのか、担がれたあずきは不思議そうに連れ去られるのみだ。ヒメさんは呆れたようにため息をつき、二人を追った。
 森の奥深くへと、二人と一柱の姿は消えていった。

 草むらを歩き、大きく張った木の根を越えて、アーチ状になっている木の枝をくぐった先に、家屋はあった。建物の近くには小さな泉が湧いており、澄んだ空気があずきたちを迎える。
「ここは?」
「我輩の隠れ家である! 首都で暮らすのは、性に合わぬのでな!」
 大柄な男が暮らすには充分な、焼きレンガで組み立てられた頑丈そうな家だった。扉を開けて中に入る男の後を追って、ヒメさんもまた建物の中へ入る。
 硬そうなベッドが真ん中に堂々と鎮座し、テーブルも椅子もない殺風景な部屋だ。ベッドの枕元には、大きな水晶玉だろうか、半透明の球体が置かれていて、ほのかな輝きを放っている。
「この玉を覗き込んでだな! 火の国すべてを見渡していた! アズキよ、お前のこともよく見えたぞ! 気持ち良い活躍であった!」
「……豪快な占い師か何かかな?」