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ハンギョジン
 街灯が仕事をしていない、暗い道を二人で歩く。ここは自治会館や公園、倉庫などが並ぶ、人通りの少ない場所だった。
「こんな場所で何をするんですか?」
「初心者はなるべく知っておいた方がいい」
「えっ?」
「ヒトクチの頭に叩き込むつもりだから、よろしく」
 一年(ヒトトセ)です、という訂正も、もはや何の意味もないのだろう。半田さんは、基本的に僕の名前を覚えない。
 ごそり、と物陰で音がした。
「彼岸町何でも屋だ。待たせたな」
 何度か聞いた口上を述べて、半田さんは物陰からこちらを伺っているように見える何者かに視線を向ける。ややあって、何者かは姿を現した。
 ロングコートで体を隠し、フードをすっぽりと被って顔を隠した、得体の知れない人物だった。
「訴えたいんだ」
 その人物は突然言った。疑問符が大量に浮かぶ僕をよそに、半田さんはロングコートの人物をちらりと見て、それから口を開く。
「半人か?」
「……そう言われる類のものなんだろうな……ある日突然こんな姿に……」
「半人は、突然なるものじゃない。じわじわ魂から変質していくものだ。あんたは長期間に渡って、あの世の食べ物を口にし続けてしまったんだね」
「うう……」
 話が見えてこない。戸惑う僕に、半田さんは告げる。
「今回の依頼は、半人となった元人間からだ」
「は、半人っていうと、器は人間で、魂が化け物っていう……まさかその人は、幽霊柘榴を食べたんですか?」
「違う。あの世産の食べ物が、こっそり流通してるんだ。あの世産の食べ物は、この世のものより安いから」
 あの世の食べ物を口にする……ヨモツヘグイだ。半田さんは淡々としていた。
「ダンボール一箱で大体、六文。現代で言うなら百八十円から三百円」
「どんな食べ物も?」
「六文で地獄行きを免れるんだから、あの世の住人にとってはそれで充分なのかもね。で、その食べ物を使って、異様に安い飲食店を経営する者が出てくる」
「許されるんですか、そんなこと」
「許されない。違法だよ。現にこうして被害者が出ているし」
 被害者、と呼ばれ、ロングコートの人物は、ずるり、と袖をまくった。

 出てきた腕には、青緑に輝く鱗がびっしりと生えていた。

「これ……これって?」
「黄泉竈食ひを繰り返し、器は人間、魂は化け物の半人になったことに気づかずに、なおあの世の物を口にした結果だよ。体まで化け物に変質したんだ」
 高くも低くもない声が淡々と現状を説明していく。
「被害者は貧困層が多い」
「……食事にかけるお金が、ないからですか」
「そう。そして半人や怪物になってしまったら最後、二度と元には戻れない」

 そんな。
 何も知らずに食事をしていた人間が、蓄積したあの世のエネルギーで怪物へと変質してしまう。それだけでも悲劇だと言うのに、元に戻れないだなんて。
「この依頼人は、料理店を訴えたいんだ。半田はそれを手伝う」
 半田さんは、握り拳をぐっと固めた。依頼人の息遣いが荒くなっていくのが分かる。鱗が生えた彼は、半田さんの方へヨタヨタと近づいていくのだった。
「苦しい……風呂に、風呂に浸からなきゃ……」
「半魚人の怪異になったんだね、あんたは」
「二度と元に戻れない。あの店のものを食べたばかりに……悔しい……悔しい」
 依頼人の様子がおかしい。後悔の念に押し潰されているようにも見える。今にも半田さんに飛びかかりそうに見えて、僕は思わず半田さんに駆け寄った。
 その時だった。頭上から声が降ってきたのは。
「水が欲しいなら、くれてやるよ」
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