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ライジュウ
 連続暴行事件の犯人は、取り押さえられながらも幽霊柘榴を頬張った。一口、二口、三口と、乱暴に飲み込んでいく。あの世のものを食べてこの世から逃げたかったのか、それとも抵抗出来得るものなら何でも身につけたかったのかは、分からない。犯人の手が届かないように、幽霊柘榴のカゴを蹴り飛ばしたのは、茶髪をオールバックにした男性だった。
「白田さん! こいつ、大きくなっていく!」
 赤井さんが慌てたように声をあげた。
 犯人である男の体は、見る見るうちに膨張していく。幽霊柘榴を介して周りの怪異の力を取り込んでいるのだと、研修中の僕ですら分かった。
 おそらく鬼だったのだろう半人の体が毛むくじゃらになっていく。目の周りには隈のような黒い模様が浮かび上がり、ふさふさとした尻尾が生えてきた。
「化け狸だ」
 半田さんがスマホでどこかに連絡しながら呟く。
 狸と鬼が混ざった犯人の体は、まだまだ膨張していた。全体的に四角さを帯びていき、がっしりとした壁のような体つきへと変じていく。
「これは……塗り壁か……」
 白田と呼ばれた、茶髪をオールバックにしたタンクトップ姿の男性が、犯人の変容を見ながら眉を潜めていた。
「くそっ……置いてけ!」
 赤井さんは叫ぶ。足元が急激にぬかるみ出す。沈みかけた犯人の体から無数の長い布が飛び出してきたのに、僕たちは息を飲んだ。
 布は浮力を持っていた。空高く犯人の巨体が持ち上がる。ざぶんと水飛沫が上がり、置いてけ堀は犯人の彼を捕まえ損ねてしまった。
「一反木綿まで取り込んだ!」
 赤井さんの悔しそうな声。
 鬼、狸、塗り壁、一反木綿の融合体となった巨大な男が、空中から僕たちを見下ろし、睨みつけてくる。
「逃げろ、ヒトヒラ! トンネルに向かって走れ、早く!」
 半田さんが僕の背を押した。
 そして、転がる幽霊柘榴を拾い上げ、口に運ぶのが見えた。
「憑依!」

 落雷。

 半田さんに向かって落ちた雷が、ぢりりと音を立ててグレーの作業着にまとわりついている。
「雷獣とまで契約してたのかよ、半田……」
 赤井さんの苦々しい声。半田さんは多数の怪異と契約し、幽霊柘榴を介して力を借りている。その数の多さは赤井さんも知っていたらしい。
 茶髪をオールバックにした白田さんが、呆れたように呟いた。
「座敷童子が幸運を司っている分、あいつは理性を飛ばさずに怪異の力を借りられるんだろう……並みの半人なら理性が吹っ飛ぶところだぞ」

 並みの半人。

 僕はその言葉に寒気を感じた。
 今、目の前にいる、連続暴行事件の犯人は、半田さんのように座敷童子の恩恵を受けているのか? 答えは、否だ。
 理性が、飛んでいる……。
 獣のような姿になった半田さんが、空気を切り裂き、雷鳴を轟かせながら空を駆け上がっていく。理性が飛んでいるだろう相手に立ち向かっていく。
 僕が逃げるための時間を稼いでいるのだ。
 無数の布が半田さんを縛り付ける。しかしそれは、半田さんから発せられた雷撃によって、あっという間に燃やし尽くされていった。
「赤井、出来るだけあの怪物の足元に堀を作れ! 動きを止めれば、もしかすると勝てるかもしれん!」
 白田という、茶髪をオールバックにした、白いメッシュが入っている男性は、冷静だった。僕はトンネルに向かって走る。彼らの邪魔をしてはいけない。
 力になれなくて悔しい。けれど、そんなことを言っている場合ではない。薄く霧が立ち込める町並みの中、トンネルの向こうからエンジン音が聞こえた。
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