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割れる



 黒魔術?
 首をかしげる僕と湖沼さんは、同時に酢田みちるさんを見つめた。黒魔術というと、僕はネクロマンシーやら悪魔の生贄やらしか思い浮かばない。
 湖沼さんはというと、顎に手を添えて考え込む仕草をしていた。
「君、黒魔術の意味知ってて言ってるの?」
 塩見さんの高圧的な声が、酢田さんに降りかかる。酢田さんは大きなボストンバッグを開けて、中から何かを取り出し始めた。紫の艶めく布と、両手で包めるサイズのガラス玉だった。
「霊魂を呼び出して、超自然的な現象を引き起こす。それが魔術です」
「それだけ? 魔術というのは人の心を惑わす技術の総称。話は逸れるけど、エレファス・レヴィは魔術を理性に基づいた合理的な科学であると称した。魔術という言葉は決してスピリチュアルなもんじゃない」
 女子高生が相手でもバッサリと切り捨てる彼は、まさしく鬼なのではないか。
「黒魔術は、呪文や呪具で他者を苦しめることができるものでもある筈です」
 しかし酢田さんは引かなかった。
「確かに、文化人類学で定義された邪術と同一視するなら、そうだけどさ」
「私は霊魂の力を借りて呪うことも、護ることもできるんです」
「まあ、元々は善も悪もない一般的な精霊の力を借り受けて現象を操作するのが魔術なんだから、呪うも護るも基礎といえば基礎だよね」
 僕には酢田さんと塩見さんの会話を理解することができない。湖沼さんの方を見ると、彼は軽く頷きながら彼らを眺めていて、ある程度はついていけている様子だった。
 細やかな疎外感が生まれる感覚を抱いた。
「君は思い込みが強い様子だから、本当にそのうち魔術を使えそうではあるけどさ、困るんだよね」
「困る?」
「そういう人は僕の近くにいてほしくないんだ」
 これには酢田みちるさんも湖沼さんも眉根を寄せた。僕だって一瞬、何を言っているか分からなかった。
 だが塩見さんが僕の方へ視線をよこして、それから逸らしたことで思い出す。そうだ、彼の体質のことを言っているのだ。
 怪異とコンタクトを取れる。だが制御も解決もできない。それが塩見雪緒だ。
 特異な体質であることを知っているのは、この場では本人と僕だけなのだ。
「でも、黒魔術を使える助手がいれば怪奇作家としては安泰でしょう?」
 酢田みちるさんは食い下がる。なんなら証拠もお見せします、と強く言い放つ彼女に待ったをかけたのは、僕だった。
「塩見さんはそれを望んでいませんよ」
「そう、助手はいらない。家にも置かない。帰るべきだ、君は」
 塩見さんと意見が合った。それだけで、なんだか安心を覚える。
 湖沼さんが、では、とソファから腰を上げて酢田さんの肩を叩いた。
「駅まで送るから、さあ、行こう」
 酢田さんはその手を振り払う。
「実家とは縁を切ったんです」
「まだ修復可能だと思うよ」
 湖沼さんの一言に、彼女の周りの空気が張り詰めたような気がした。ガラス玉を持つ彼女の手に力がこもった瞬間。

 パンッと音を立てて、リビングの蛍光灯が割れた。

 動転した僕は思わず塩見さんを庇っていた。蛍光灯は天井の中央に据えられていて、猫足のテーブルは部屋の端に置かれているというのに。
「佐藤くん、ビビりすぎだよ」
 きしきしと笑うざらりとした声が、場違いに明るかった。
 酢田みちるさんを見る。彼女も驚いて落ちてきた蛍光灯を見ている。
 湖沼さんに至っては割れ落ちた蛍光灯の写真を撮り、自称霊能少女との組み合わせで記事が書けそうだ、と僕の方を見てくる有様だ。
 塩見さんの体質が、怪異を呼んでしまった。彼女を引き金にして。
 このまま酢田さんを一人で帰らせていいものか。僕はつい口を滑らせていた。
「い、一泊だけなら、していってもいいですよね、塩見さん?」
 塩見さんが不愉快そうに僕をジロリと見ていた。