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二人は奇なり



 それから数日後のことだ。
 湖沼さんがファンレターとともに、一通の黒い封筒を持ってやって来たのは。

 塩見雪緒様

 黒バラが描かれた便箋に踊る青いインクは、間違いなく酢田みちるさんのものだ。塩見さんは声に出して読み上げる。

 前略、私は今、美術部に入部し、石膏像と向き合う日々です。
 絵画教室にも通う事ができるようになりました。そこで、同じクラスの女の子と出会い、友達にもなりました。
 彼女とは同じ美術大学へ通おうと約束をした仲で、もし目標の大学に受かったなら、その時は蛇見谷を出て部屋を借り、働きながら勉強をするつもりです。

「夢に向かって歩き出せたんだ……よかった」
 安堵する僕を見て、塩見さんは、きし、と声を上げる。
 そして、続きを読み上げた。

 佐藤さんには大変お世話になりました。
 失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません。
 どうか兄さんの隣で、支え続けて差し上げてください。

「ぼ、僕で良ければ」
「手紙に返事したって聞こえやしないよ」

 兄さん、といえば、私は自分の事を塩見雪緒さんの妹だと思う事で、救いを得ている気持ちになっていました。
 ですが、それも卒業です。
 本当の兄妹であろうとそうでなかろうと、私は私として生きていきます。
 お家に泊めてくださって、ありがとうございました。

 手紙はそこで終わっていた。
 塩見さんは彼女からの手紙を折りたたむと黒い封筒にしまう。そしてそれを、他のファンレターと一緒に、机の引き出しにしまったのだった。
「捨てないんですね」
「捨てる理由がないだろ」
「返事は書かないんですか?」
「僕は返事を出さない主義だから。佐藤くんだって知ってるだろうに」
 さて、と声を上げて、塩見さんはごそごそとファンレターを漁り出す。サトウトシオ様、と書かれた茶封筒を三つほど選り分けると、それを僕へと差し出した。
「これ、君への手紙ね」
「そういえば、なんで分かるんですか? どちら宛の手紙かなんて」
「手紙にこもった念がうっすら見えるからねえ」
 僕は自分に来た手紙を開封して、中身を確認した。怪奇小説に対する感想が述べられていて、塩見さんの見た念に間違いはないと再確認したのだった。

「そういえば、久しぶりに二人きりになりましたね」
 リビングでコーヒーをすすりながら僕が言うと、塩見さんは鼻を鳴らす。
「君が酢田さんを家に泊めなきゃ、ずっと二人だったさ」
「でも、家に泊めて良かったと思ってます」
「うん、今回は大した出費もなく、頑張ったと思う」
 前回、竜崎の神社に支払った多額の取材費を、僕は未だに塩見さんへ返しきれていない。このままずっと住み込みで返し続けるのだろう。
 コーヒーのおかわりを注いで、塩見さんは言う。
「遊園地にでも行こうか」
 それに僕は返す。
「いいですね。遊園地に現れる怪異なんてありますか?」
「あるよ。まあ、それは体験しながら説明するとしようか」
 男二人で遊園地だなんて、今までは考えもしなかっただろう。
 僕と塩見さんは同時に立ち上がり、外出の準備を始めるのだった。