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アクババ



「塩見さん、何を見てるんですか?」
 ぼうっとしている彼の視線の先を追いかけながら、僕は尋ねていた。公園には甲高い声で叫んで走る子供達と、その親が集まっている。
 塩見さんは僕の方をちらりと見ると、すぐに公園に視線を戻して呟いた。
「アクババだ」
「アクババ?」
「悪婆……生まれたばっかりの赤ん坊を、殺して食っちゃう妖怪」
「えっ、そんな恐ろしいものが見えるんですか?」
「見えないよ」
 さらっと返した塩見さんは、まだ公園を見つめている。
「悪婆は人の目に見えないらしいからね。ただ、いるのはわかる」
「赤ん坊を殺して食べるなんて……どうにかできないんですか? 止めるとか、追い払うとか」
「僕にそういうことはできないって何度言ったっけ」
「あっ」
「駄目な作家だ。記憶力もない」
 息をするように僕のことを言葉で殴ってくる塩見さんに、返す言葉が出てこない。うう、と情けない声を上げている僕など知らぬ様子で、塩見さんは公園を見るのをやめてしまった。
 子供達の笑い声が響く。
 彼は無表情で歩いていく。
 僕は一度、公園を振り向いた。何も見えないし感じもしないけれど、赤ん坊を抱いている父親や母親を見て、せめて餌食にならないようにと祈った。それしかできなかった。

「塩見さんって、いつ頃から怪異と出会えるようになったんです?」
 街の大通りを隣り合って歩きながら、僕は彼に質問を投げかける。
 塩見さんはこちらを見もしない。ビルに内接されたスーパーマーケットの前を通り過ぎて、赤信号で立ち止まってから、ぽつりと一言漏らした。
「赤ん坊の頃からさ」
 普段以上に素っ気ない返答。どうしよう怒らせてしまったか、とうろたえる僕をよそに、彼は赤信号をぼんやりと眺めながら言葉を続ける。
「僕は生まれる予定じゃなかったからねえ」
「……え?」
 ぱっと青信号に変わった途端、塩見さんの口角が吊り上がった。きし、と声を上げた彼は横断歩道を渡っていった。
 今のはどういう意味だ?
 呆然としながらもついていく僕に、塩見さんは一度も視線をよこしてはくれなかった。

 いつものフライドポテトを出してくれる喫茶店にたどり着くまで、僕たちの間で会話はなかった。当たり前のように隅に座り、当たり前のようにコーヒーをすする彼を見て、僕はなんだか不安になってくる。
 家族のことも、怪異と出会う経緯も、軽々しく尋ねてはいけなかったのかもしれない。
 駄目な作家だ、僕は。
 塩見さんに言われるまでもなく駄目だったのだ。
「ねえ、鬱陶しいんだけど」
 不愉快そうな彼の声がした。
 弾かれるように色白な彼の方を見ると、塩見さんは僕を見て、眉間にしわを寄せているのだった。
「君はなんだい、犬かい。落ち着きなく僕の機嫌を伺ってるかと思ったら、これ見よがしにしょぼくれてさ」
「そんなつもりじゃ……」
「君が機嫌を取らなきゃいけない相手は僕じゃなくて読者だし、担当だし、出版社だよ」
「ご、ごもっともです」
 竦みあがる僕に、塩見さんはフライドポテトの皿を突き出した。
「お食べ、ポチ」
 きし、と声を上げて、僕の犬ぶりを笑いながら。