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原稿は奇なり



 僕が不健康を擬人化したような青年に出会ったのは、先月のことだった。喫茶店の片隅に座っている彼の肌は青白く、背は高いが肉がついていない。髪は色を抜いているのか真っ白で、薄く開けた目でこちらを見ていた。
「僕は塩見(しおみ)雪緒(ゆきお)……お宅さんは?」
 ざらりとした声で淡々と僕に問う彼は、僕が怪奇小説を寄稿しているオカルト雑誌「ヌゥ」専属の挿絵画家である。対する僕はというと
「佐藤(さとう)里彦(さとひこ)……あ、ペンネームは天井(あまい)甜菜(てんさい)といいます」
「天井舐めと字面が似てるよね」
 僕とは目を合わさずに、塩見先生はさらりと言った。愛想笑いをするも、見てもらえていないので形無しである。
 こちらに一瞥もくれない青年を相手にただ恐縮する。
 僕が何故、塩見先生と顔を合わせることになったのか。それは塩見先生の特異的な体質が起因していた。
「先生は……」
「やめてくんない」
「は?」
「先生って呼ぶの、やめておくれよ。僕は誰かに何かを教えてるわけじゃないんだ」
 不愉快そうに先……塩見さんの眉間にしわが寄る。幽鬼に睨まれたような気になって背筋を凍らせた僕は、すみません、と一言口にするだけなのに、随分と噛んでしまった。
「それで、その、塩見さんは……怪異と出会えるんですよね?」
「君もその口なんだねえ」
「その口……と言いますと」
「あれだろう。怪奇小説のネタが切れたとか、斬新さが足りないとか、そういった理由で、ネタを求めて僕に連絡をよこしたわけだろう」
 ぐうの音も出ない。
 まさしくその通りで、ヌゥから「新しい原稿を」と催促されているにもかかわらず、僕の筆は遅々として進まず、それどころか一進二退していくばかりなのだった。
 どうすべきかと頭を悩ませていたところ、塩見雪緒という青年の存在を教えられたのである。

 彼は怪異とコンタクトをとることができる、稀有な体質の持ち主である。

 一度だけでいい。本当の怪異とは何かを見せて欲しかった。それで筆が一ミリでも進むなら願っても無いことだ。
「言っておくけどね」
 塩見さんは難しい表情のまま告げる。
「怪異とコンタクトはとれても、怪異を飼い馴らしたり、解決したりする力は、僕にはないからね」
 低いざらりとした声が、僕の背を這っていった。怪異に殺されても、文句を言ってくれるな、と。
「まあ、死んだら文句は言えないわけだけど」
 きし、と彼が笑う。今のは笑うところだったらしい。引きつった笑みを浮かべて愛想笑いをしようとすると、きしきし笑っていた塩見さんが真顔になって口を開く。
「僕の体質を言いふらしたら、怖い目に遭ってもらうので」
「え」
「君に僕のことを教えた作家も、ちょっと痛い思いしたと思うよ」

 これが、天井甜菜(あまいてんさい)あらため、二人で一人の怪奇作家、サトウトシオの誕生なのであった。