骨なしと骨しかないの | ナノ
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赤い猫曰く

「匿名殿に破魔の力がなくて良かったでござる」
「何を言ってる。破魔の力がなかったら押しかける妖怪に対処できないだろう」
 絶望的な情報を前に頭が真っ白になっている私を放って、がしゃどくろの涅槃さんと赤い化け猫の善次郎さんは、和やかな雰囲気と険しい雰囲気という対極な態度で会話をしていた。
「匿名殿にそんな力があったら、拙者は今頃お側に居られないではござらんか」
「お前はどうして匿名の側に居たがるんだ。なにか得でもするのか」
「拙者を供養してくださったお礼に、ご恩を返そうかと思いましてな。匿名殿の望む相手を殺す。つもりでござったが、匿名殿が望みませなんだ」
「警察沙汰待った無しだからな」
「がしゃどくろに生まれたからには人間殺したくない? みたいな」
「化け猫に同意を求められても困るぞ」
 祖母が死んで破魔の力が失われた今、家の中に閉じこもっていても妖怪はやって来る。涅槃さんみたいなのが? 善次郎さんみたいなのが? これからも?
 誰とも関わらずにのんべんだらりと暮らしたい。そんなささやかな望みすら、もう叶わないというのか。
「嫌だぁ……」
「あ、匿名殿がようやく覚醒なさった」
「また川に引きずり込まれて死にかけたり、落ち武者に首を狙われたり、ハサミで口を切り裂かれそうになったりするのは嫌だぁ……」
「えっ、何それエグい。匿名殿そんな過去が?」
「ううむ、引きこもりになった理由がよく分かった」
 妖怪が見えない祖母は、見えないからこそ、悪そうな気配を感じると手当たり次第に破魔の力で退治していたのだろう。退治された側の妖怪たちは祖母のことをめいっぱい恨んでいた。
 当時子供だった私は祖母の力のことなど知らなかったが、善次郎さんの言う通り、破魔の力には手も足も出なかった妖怪たちが私に八つ当たりしていたのだ。
 その八つ当たりの、命に関わることといったらなかった。
 だから閉じこもったのに。今度は閉じこもっても無駄だなんて、まったくふざけている。体に力が入らない。
「ばあちゃん、何してくれてるんだ……」
「栄を悪く言うな。栄には俺たちが見えていなかったんだ。怪しい気配はとりあえず払っておけばいいと思っていたんだろう」
 善次郎さんの耳がしょんぼりと垂れる。よほど祖母に認識されていなかったのが寂しいと見えた。
「ばあちゃんに復讐しに来た割に肩を持ちますね、善次郎さん」
「いや……それは、だな」
 善次郎さんの尻尾が床にたしたしと叩きつけられる。おそらく苛立っている。私の指摘にか、それとも祖母にかは分からないけれど。
 善次郎さんは向かって左目にある十字傷を前足で拭って、ぼそりと呟いた。
「……一目惚れだったんだ」
「あ、左様でござるか……痛っ!」
 涅槃さんの軽い返事が、善次郎さんの苛立ちを更に煽ったらしい。善次郎さんの鋭い爪が涅槃さんの手に襲いかかる。
 痛覚あるのか、骸骨なのに。

「それで、これからどうすればいいんですか」
 私は暗澹たる思いで尋ねる。
 命に関わる八つ当たりが再び始まるのか、という絶望で、表情筋が仕事をしてくれないままに。
「この骸骨が匿名を守るしかないだろう」
「お任せあれ」
「涅槃さん以外に戦力がないのは痛いですよ」
「俺もいるぞ、匿名」
「ああ、はい、善次郎さんも」
 二匹の妖怪だけで、祖母に恨みを持っている妖怪たちを退治できるとは到底思えない。この件に関して私はただただ無力である。善次郎さんはため息をつく。そして私を見つめて、こう言った。
「なぜ妖怪たちが匿名に手出したのかを考えてみるんだ。八つ当たり以外にも、理由があるかもしれないぞ」

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