骨なしと骨しかないの | ナノ
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要引っ越し案件

「お前、栄じゃないのか」
「祖母ならもう亡くなりましたよ」
「栄だと思ったんだがなあ……顔の作りなんか、まんま栄だしなあ」
「それ、よく言われます。人間からも妖怪からも」
 私は涅槃さんに説明せざるを得なくなった。なぜ引きこもっているのか。なぜ妖怪に喧嘩を売られて平然としているのかを。
 話を聞き終えて、涅槃さんは言う。
「匿名殿、めっちゃ貧乏くじでは」
「そうですよ。しかも恩返しという名の人殺しがしたくて堪らない骨がいるし」
「あれ、拙者ディスられてる?」
「今のところ褒める要素ないですからね」
 真っ赤な毛並みを持った化け猫は、なんだか悔しそうな、寂しそうな顔をしていた。人間たちには見えないらしく、騒ぎを聞きつけた誰かが外に出てくる、といった様子はない。
「けど、それなら尚のこと外に出るべきではござらんか」
 涅槃さんは軽い調子で言い放った。
「は?」
「栄という御仁ではないのだから、その違いを周囲に理解してもらわぬ限りは、匿名殿はずっと同じ面倒ごとの渦中でござろう?」
「……ああ、まあ、言われてみれば」
「ならば早速外に出て、希望(のぞみ)匿名(とくな)ですキャンペーンでも開催したらいかがかと!」
「殺意が湧くほどテキトーですね」
「もう死んでるから怖くないでござる」
 希望匿名ですキャンペーン、ねえ。
 私は少しだけ考えてみた。私は祖母ではありません、と主張している自分と、その末路を。
 だからどうした、と祖母がやっていた拝み屋を継がせようとする人間たち。
 だからどうした、と祖母への恨みを私で晴らそうとする妖怪たち。
 うん、駄目だ。別人アピールするだけ無駄だ。やめよう。引きこもろう。
 引き戸をガラガラと閉めようとしたら、真っ赤な猫がするりと戸の隙間から身をねじ込み、家に上がり込んでしまった。
「ちょっと」
「栄は、俺のことが見えていなかったんだな」
 赤い猫は寂しげなままだった。
 出て行く気配を微塵も見せないので、私は仕方なく玄関の戸を閉めて、鍵をかけた。この動作、今日一日だけで何度しただろう。

「破魔の力がない?」
 赤い猫は呆れ返った様子で、私を見て声を上げる。
 破魔の力なんてもの、孫だからという理由でほいほい受け継がれてたまるものか。第一、祖母以外で拝み屋や祈祷師のようなことをしていた親戚なんて一人もいないし、私以外に怪異が見える親戚もいなかった。
「払う力がないんじゃあ、外に出た途端に危ない奴らの餌食じゃないか」
「それを危惧して引きこもってるんです」
「大丈夫、拙者がお守りいたす! 匿名殿に危害を加える輩をちぎっては投げ、ちぎっては投げ!」
「ちぎって投げたいだけでしょうそれ」
「バレ申した」
 家の客間で、赤い猫と白い骸骨と私の三名が、テーブルを囲みながらそんな会話をしていた。
「だが、もう引きこもることはできないぞ、匿名よ」
「なんでですか、猫さん」
「猫じゃない、善次郎だ。俺がこの家に乗り込んで来られた理由が分かるか?」
「乗り込んで来られた……?」
 俺もつい先ほど気づいたんだ、と善次郎さんは言う。
「栄の存在そのものが、ある種の結界の役割を果たしていた。だから俺たち妖怪は栄に手も足も出なかった。しかし栄は死んだ。破魔の力が失われた。つまり」
「結界がなくなったことに気づいた妖怪たちが押し寄せてくる可能性がござる」
 その通りだ、と善次郎さんが頷いた。

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