骨なしと骨しかないの | ナノ
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家から出ない

 で、だ。
「なんで涅槃さんは見えるんですかね」
「はい?」
「周りの人間すべてが涅槃さんを認識してるでしょ。妖怪や怪異って、あっさり認識されて目に留まるよりは、雰囲気や気配で感じられる程度のものでしょう」
「拙者は隠す気ゼロでござるからね」
「隠せよ。忍べよ。現代日本を何だと思ってるんですか」
 神戸(こうべ)涅槃(ねはん)曰く、妖怪などを見ることができる人にも、見えない怪異はあるらしい。例えば、元々の姿が存在しなかったり、透明だったり、視認不可能だという設定がついていたりするもの。
 アンテナの感度が良い人悪い人と様々で、見える人の中でも察しが悪い人というのは存在するし、一方向しか見えない人だっているのだとか。人間の事情を妖怪である涅槃さんから聞かされるのは複雑だが、そんなところだそうだ。
「匿名(とくな)殿、せっかく拙者と巡り会ったのでござるし、ほら、外にでも行って殺したい人間の一人や二人、見繕ってくるというのはいかがか」
「なんてこと言うんですか」
「さっきのキェーキェー言ってた女人とか、もう、ぜひとも握り潰したい」
「盛大に私怨が混じっている」
 レッツゴー外、と白いニットのワンピースと黒いサルエルパンツ姿で、二メートル強な骸骨が言う。だいたい、がしゃどくろの本性を発揮したいだけじゃないのか、それは。恩返しというのは、返される側が喜ばないと意味がないのだ。
「匿名殿は買い物などに行かれないのでござろうか? 生活必需品は? 近くのコンビニにも行かれないと?」
「だいたい配達サービスを頼みますから」
「ほかに必要なものができたらどうなさるので」
「通販サイトで注文を」
「ああー! 引きこもりに優しい時代が!」
 そういうことだ。文明の利器を有効活用しないでどうする、という訳で、私は今まで滅多に外に出ることなく生活できているのだった。
 学校は通信制で、仕事場イコール自宅。食材は毎日届けられ、散歩がしたかったらルームランナーがある。 至って健康的だ。
「外に出ないと日光が浴びれないではござらんか! セロトニンが分泌されないでござるよ? ビタミンDが生成できないでござるよ?」
「なんでやたら詳しいんだろう、この死人」
 ゴンゴンと玄関の引き戸が鳴る。
「ほら! お客さんだっていらしたではござらんか! 匿名殿、ちょっとは外の世界へ足を踏み出して、ね? そして憎っくき人は拙者が殺してですね?」
「そんな警察に追われそうな生活してたまるか」
 そうこうしているうちに、涅槃さんは勝手に玄関の鍵を開けてしまっていた。
 どちら様? と無警戒に引き戸をガラリと開け放つ。
 直後のことだった。

「おのれ栄(さかえ)えぇ!」

 祖母の名を叫びながら、何かが家に飛び込んできたのは。
 猫だ。
 巨大な猫。
 毛を逆立てて玄関から廊下に躍り出たそれは、私を見た途端に、ふしゃあっ、と怒りの声を上げた。
「貴様につけられたこの片目の傷! 忘れたことがなかった! 今こそ復讐を」
「それっ」
 ポーイッ。
 猫の二股に分かれた尻尾を掴んだ涅槃さんが、セリフの途中にもかかわらず、玄関から巨大猫を投げ飛ばしてしまった。
 呆気にとられた猫は、くるりと一回転して着地すると、そこで初めて涅槃さんを見た。今まで存在に気づかなかったらしい。こんなに大きいのに。
「えー、まあ、なんか、ややこしいのがやって来てしまったでござるけど、匿名殿。お外に出てみては?」
「嫌ですね」
 向かって左目に十字傷がある猫の化け物が、ポカンと私たちを見つめていた。

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